プロローグ① 父からの呼び出し
──リュミエール神聖国の始まりは、一人の異邦の男、“勇者”の神託からだった。
太陽神の血を引く旧王家に代わり、神に選ばれたその男が初代皇帝となり、新たな時代が幕を開けた。
それ以来、勇者の末裔と旧王家の血が交わって生まれた子は、“祝福の血”を継ぐ特別な存在とされ、国に繁栄をもたらすと信じられている
だが今、この神聖な王宮に鳴り響いていたのは、祝福でも神託でもない——
ドォンッ!!!
けたたましい爆音が、リュミエール王宮の中庭に響き渡っていた。
東側の城壁がひときわ白煙を上げ、石造りの壁面にぽっかりと巨大な風穴が空く。石片が四方に飛び散り、近くの木々はざわめき、空を飛んでいた鳥たちは驚いたように一斉に舞い上がる。
爆心地から少し離れた芝生の上には、すすで真っ黒になった二人の人影が倒れ込んでいた。どちらも身なりこそ上等なはずだが、今はとても皇族には見えない。
「姫さま、皇子さま…まさか……また、やったのですか……!?」
呆然とした声が、駆けつけた乳母の口から漏れる。
黒煙の中、ぱたぱたと手で顔を仰ぎながら立ち上がったのは、リュミエール神聖国の第一皇女フェリシア・リュミエール・アルストロメリア。
プラチナブロンドの髪には黒い煤が斑に付着し、フリルの施された白く可愛らしいはずのブラウスの袖の先は、可愛げもなく焦げていた。
「うわ、思ったより派手に崩れたな……」
その隣で、同じく煤けた顔の少年がため息を吐く。彼女の双子の兄であり、第二皇子のシンシア・リュミエール・アルストロメリアである。
「あっはは、でも完璧な軌道だったでしょ?」
フェリシアは悪びれもせず笑いながら、着ていた外套の裾を払いながら辺りを見渡す。
吹き飛んだ瓦礫の一部が植え込みに突き刺さっており、近衛兵らが慌てて駆けつけてくる様子が遠目に見えた。
焦げた芝、割れた噴水、呆然と立ち尽くす庭師……その光景を前にして彼女の顔が青ざめていく。
「……シンシアに脅されてやった」
彼女の口から真っ先に出た言葉は、謝罪でも言い訳でもなく、真っ先に片割れに罪をなすり付ける言葉だった。
「はぁ!?!?お前が貸せってうるさかったから貸してやたんだろ!?」
「お二人とも同罪ですからね!?!?!?」
言い合いを始めそうになったフェリシアとシンシアの会話に、眉を顰めた乳母であるアリサが割って入ってきた。
「このことは陛下や皇太子様に報告させていただきます」
「「レアだけには!!!」」
フェリシアとシンシアが、同時に同じ言葉を発する。
それもそのはず、彼らにとって最も恐ろしいのは、父であるリュミエール神聖国の皇帝リベルタ・リュミエール・アルストロメリアではなく、彼らの兄であるこの国の皇太子レアリテ・リュミエール・アルストロメリアだった。
フェリシアとシンシアは、説教から逃げようと周囲を見渡し、逃走経路を必死に探す。
二人は目を合わせ、タイミングを見計らい、茂みの中に走り出そうとした次の瞬間──
黒ずくめの制服姿の男が二人の前に姿を見せた。
「皇女様、皇子様、陛下がお呼びです」
”陛下がお呼びです”
その一言で、二人はその場で凍りついたように動くのをやめた。
皇室のピンバッジをつけた男は、正真正銘の皇族付きの使い。
フェリシアとシンシアが同時に父に呼び出されるときは決まって二通り。説教か、重要な要件か。
二人の脳裏に、未だバレていない数々の問題行動がよぎる。
夜の城下町へ遊びに行ったことや、勉強をサボって騎士団の訓練へ混ざったこと、さらには皇帝の許可なしには入れない禁書庫への侵入……。
(説教確定かも……)
そう勘づいた途端に二人の顔色はさらに青ざめる。
「お父様は怒っていらっしゃった……?」
「わかりません。陛下は私めに、お二人に”用がある”としか……」
「もしかして……心当たりでもあるのですか? 姫さま?」
「い、いいえっ!?」
慌てて否定しつつ、フェリシアとシンシアは急いで執務室へと向かった。
*
コンコンッ。
「お父様、フェリシアとシンシアでございます」
「入りなさい」
二人が部屋の中に入ると、そこにはリベルタだけでなく、既にレアリテもソファに腰を掛けていた。
一言も喋らず、ただじっと座りフェリシアを待つ姿はまるで嵐の前の静けさそのもの。
「フェリシア、扉の前に立っていないで早く座りなさい」
「はい……」
絶望の面持ちで立ち尽くすフェリシアは父に声をかけられ、レアリテの隣に座らされた。
レアリテは幼少期から感情を一切顔に出さない完璧なポーカーフェイス。
彼の表情からは、状況を何一つ読み取れない……が、向かいに座るシンシアの表情は、とても深刻そうだった。
そしてその時フェリシアは確信した。今から“説教”が始まると。
「やっぱり説教だ……」
「もしかして、シンシアと禁書庫に忍び込んだのがバレた…!? 絶対そう……。
でも、今回読んだのは“深緑の断章”ってやつだったけど…中身は童話だったし………大丈夫、たぶん……きっと……。」
フェリシアは、声に出してしまっていることに気づかないまま、怒られるほどのことじゃないと自分に言い聞かせる。
だが、隣にいるレアリテにはその声が聞こえてしまっていた。
「フェリシア、お前またあそこに忍び込んだのか……?」
(!?!?!?)
「ま、まさか...!怒られるのわかってるのに、私がそんな事するわけないでしょ…?」
明らかな動揺を見せながらも言い訳をするフェリシアを横目に、レアリテは小さくため息を吐き、無言に戻った。
「今回お前たちに集まってもらったのは、フェリシアの嫁ぎ先についてだ」
ここまでお読みいただきありがとうございました。
次回、【プロローグ② この国を守るために】