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三分ノ二ノ一

作者: はらけつ

はい、注も~く。


この度、この地域は、《三分ノ二法》特別区になりました。


昨今の格差拡大で、地域や国、ひいては世界で格差解消が、切実な問題となっています。

人々の間にある格差を解消する為には、まずは、人々の生活を必要限度おしなべる ‥ つまり、必要限平均化することが求められます。

それには、格差を引き起こしている三つの大きな要因、一に衣、二に食、三に住、の生活環境を平均化することが必要です。


そこで、政府は、通称《三分ノ二法》を成立させ、その施行を推し進めようとしています。

その施行の一環として、幾つかの地域が、《三分ノ二法》特別区に指定されてました。

これは、『衣・食・住の内、二つで生活をして行こう』という区を設けるものです。

このテストモデル区の状況を見て、政府は全国的に、この政策を展開する予定です。

もちろん、必要最低限の、衣・食・住は、保障されます。

言わば、必要以上の消費というか贅沢というか、そういうものは、『衣・食・住の内、二つに限ろう』というものです。


『衣・食・住の内、二つで生活をして行こう』 ‥ いわゆる《三分ノ二》の覚悟は、世帯ではなく、人に付随します。

つまり、三人家族の場合、母親は衣・食、父親は食・住、子どもは衣・住と、各人では《三分ノ二》でも、世帯ではバランスを取って生活することもできるわけです。

もちろん、三人全員が、衣・食だったり食・住だったり、三つの内一つに特化して、世帯として生活することも可能です。


しかし一方、一人世帯では、衣・食だったり食・住だったりして、どうしても、三つの内一つの生活が犠牲になります。

つまるところ、一人世帯より複数人世帯、一人家庭より複数人家庭の方が、人間らしい生活が営めることになります。

また、人々が寄り集まって生活することになりますから、少子高齢化の進展及び地域格差の解消への突破口、になるのではないでしょうか。



「ないでしょうか、って言われてもなー」


そう言われても。

そう言われましても。


この度、俺は、一人暮らしをすることになった。

そして、初、世帯主になった。

つまり、《三分ノ二》を、決めなくてはならない。

衣にするか食にするか、はたまた住にするか。

どちらにしろ、スタンドアローンで決断すると、どれか一つを犠牲にしなくてはならない。


一方で、住んでいるアパート内で、回覧が廻っていた。

まとめて言うと、「アパートの住民で協力して、《三分ノ二》を決めて、お互いに助け合って、衣・食・住の生活を充実させましょう」とのこと。

一理ある、っていうか、それはよい。

激しく賛成なので、他の住民達と話し合うことにする。


このアパートの住民は、こじんまりとして、四世帯。

間取りが間取りだけに、全部一人暮らし世帯。


・二十代らしき女の人の世帯× 1

・アラフォーらしき女の人世帯× 1

・八十路らしき女の人世帯 × 1

で、俺。


年代差に目を瞑れば、両手に花束、お花畑状態。

ある意味、逆ハーレム。


まあ、とにかく、話し合いを持たなくてはならない。

話し合いの日時は、先方の都合もあり、数日後の日暮れ後の予定になっている。



数日後。

日も、ほとんど暮れた頃、八十路さんの部屋へ行く。

アパートの入り口に近い一階に、その部屋はある。

一階奥にある、もう一部屋は、アラフォーさんの部屋。

二階の、入り口横の階段上には、二十代さんの部屋。

二階の、一番奥が、俺の部屋ということになる。

たいしたことではないが、俺が一番遠いことになる。

行くのにも、誤差の範囲内ではあるが、一番時間がかかる。


そういう訳でもないだろうが、八十路さんの部屋に着いたのは、俺が最後だった。

二十代さん、アラフォーさん、八十路さんは、ちゃぶ台を囲み、番茶を啜っている。


ここで、疑問に囚われる。

三人は、定期的に、会合を開いているのではないか?

三人の、なんとも馴染んだ雰囲気が、それを感じさせるが、理由はそれだけではない。


大きく感じさせる理由は、湯呑みと座布団にある。

まず、三つとも、湯呑みと座布団のデザインが一緒。

形的に、各、湯呑みと座布団のペアは、お揃い。

そして、各々、湯呑みと座布団が同じ色。

二十代さんが、緑。

アラフォーさんが、赤。

八十路さんが、青。

極め付けは、湯呑みと座布団に書かれた文字、だ。

二十代さんが、G。

アラフォーさんが、R。

八十路さんが、B。

分かり易い。


ああ、いつのまにやら、ハミゴにされていた。

されていましたとも。

談合済、これって談合済?

もう結論出てんの?


「こんばんわ」

「今晩は」

「こんばんは」

「コンバンワ、です」

「まあ、お座り」


八十路さんに促されるまま、指で示された位置まで行く。

その位置のちゃぶ台前には、みんなと同じデザインの座布団が容易してある。

座布団の色は、黄。

ご丁寧に、Yの文字付き。


八十路さんが、番茶の入った湯呑みを持って来る。

湯呑みの色は黄、勿論、Yの文字付き。

八十路さん、アラフォーさん、二十代さんの順に、確認するように見廻す。

三人が微苦笑を浮かべるのを確認し、再度、二十代さん、アラフォーさん、八十路さんの順で見廻す。


いいんですか?

いいんですね、皆さん?

ありがとう御座います。

過去の事例で言うと、黄色のポジションは、昔、、肥満体で力持ち、今、おきゃんな女の子。

そんなあいまいポジションですけど、文句なんか不平不満なんか、ありません!

今後とも、よろしくお願いします!


頭を、ペコッと下げる。

ペコリ、スラッ、スラリと、三人も、ほぼ同時に頭を下げる。


新しく設けられた定位置に座ると、なんか円卓会議のような気がして来る。

字面だけ追うなら、中世ヨーロッパ風。

実際的には、お茶飲み仲間雑談風。

まあ、円卓会議っぽいって言っても、その実、木製の丸いちゃぶ台やし。


改めて、三人を見る。

見て、認識して、印象を得て、イメージを掴む。


二十代さんのイメージは、とにかく丸い。


言うほど太っていないが、ぽっちゃり感は、充分ある。

○の上に、プチな○が乗っている。

○から、下方に細長太い楕円形が二つ、左右に細長太い楕円形が一つずつ突き出ているようなイメージ。


そして、表情のイメージも、とにかく○。

目も鼻も口も、ついでに耳も髪型も含めて、○を感じさせる。

なんか、その存在だけで、ほっこりする。


アラフォーさんのイメージは、とにかく闇。


あからさまに、『暗い』とか『根暗』とか『ネガティブ』とかの印象は無いが、なんかしら闇。

黒い筋が、ほっそりスラッ、立ち上っている感じがする。

ギトギト、ゴツゴツ、トゲトゲしてないゴスロリ系が、そのイメージ。

もっとも、全然、ゴスロリ系の服は着ていない。


メイクも、ゴスロリ系ではない。

至って、最近の流行を押さえた、フツーのメイク。

年齢の割りに、皺、シミ、湿疹が、全く無いが。

なんか、そこに居はると、緊張感が生まれ、心がザワザワする。

まあ、「アクティブな心向きになる」とも言うんやけど。


八十路さんのイメージは、とにかく『凛として』。


「おばあさんお婆さんしてない」と言うか、年寄りを必要以上に感じさせないというか、そんなイメージ。


背筋はピーンと伸びてるし、その体勢で、番茶啜ってるし。

三人を見てると、人類の進化の過程を思い出す。

人間に近くなるほど、背筋が伸びて来る。

ここでは、年齢を経るほど、背筋が伸びて来る。

二十代さん → アラフォーさん → 八十路さんの順で、背筋が伸びて来る。

フツーは逆だが、それぐらい八十路さんの、背筋は伸びている。

まるで、鈴が鳴り響くように、凛とした佇まいだ。


顔は、歳相応に、皺シミが浮かんでいるが、見苦しいほどではない。

どころか、親しみとチャーミングを、感じさせる。

この表情+背筋を含めた佇まいで、緩和感と緊張感がほどよくミックスされた雰囲気を醸し出している。


なんか、いい。

なんか、安心感、爽快感、涼やか感がある。

『いつもは飄々としてても、やる時はやってくれるやろなー』の感が、そこはかとなく、ある。


俺が三人の品定めをしているように、三人も俺の品定めをしているようだ。

痛い。

遠慮会釈の無い三つの視線が突き刺さり、上下左右、縦横に走っている。

視線が止まって、それぞれに引き上げられる。


『『『まあ、OK』』』


三人の胸の内がしのばれるように、視線が引き上げられる。


コクッコクッ

ゴクッゴクッ

ズズ ‥ ゴクッ ‥ ズズ ‥ ゴクッ

ズズズ、ゴクッ ‥ ズズズ、ゴクッ


番茶を啜るばかりで、誰も、次のアクションを切り出さない。

議題があって(しかも明確に)、集っているのに、次の展開が滞っている。

互いに様子見をしているのか?

出方を窺っているのか?

仕方ないので、こちらもとにかく、番茶を啜る。


「いや、私達は、もう決まってるねん」


八十路さんが、出し抜けに切り出す。

二十代さんとアラフォーさんも、ヒョコッとコクッでうなづく。


「あたしが、衣・食、で」


二十代さんが、言う。

この年代では、さもあらん。


「わたしが、食・住、で」


アラフォーさんが、言う。

この年代も、まあそうやろなー。


「で、私が、衣・住」


八十路さんも、言う。

そうか、そうなるか。

まあ、妥当な線だよなー。


「だから、困ったことになったな、と」


八十路さんが、再び、口を開く。

『えっ、なんで?』の顔を、八十路さんに向ける。

八十路さんは、俺の眼を、真っ直ぐに見つめる。

その視線に言葉を込めて、見つめる。

その視線言葉を受け止めて、数秒して気付く。


ああ!

丸く治まってんのか!


二十代さんが、衣・食。

アラフォーさんが、食・住。

八十路さんが、衣・住。


それぞれ、衣× 2、食× 2、住× 2、で治まっている。

だが、ここで、俺が衣・食・住の内二つを選んでしまうと、その二つは× 3 になってしまう。

つまり、このアパートでの衣・食・住バランスは、歪なものになってしまう。


この会合は、《両手にお花畑》や《大奥ハーレム》の皮をかぶった、「お前、どーすんね、おい」の、俺を糾弾する会合やったか!


なんて、なんて恐ろしい子 ‥ やなくて、人達。


八十路さんの視線に、二十代さんとアラフォーさんも加わる。

「どれにするんですか?」「どれするの?」と言外に込められた視線を受け止め、たじろく。

喉が、渇く。

冷や汗も少々。

グズグズせず、ここでバーン!と決められたらカッコええんやろうけど、そう上手くはいかない。

心体の動揺を押さえ込むだけで、いっぱいいっぱい。


とにかく目を中空にやって、必死で脳味噌急回転して考えている素振りをして、ゆるゆると無理せず考えてみよう。


贅沢したいものは?

それは無い。

衣であろうが食であろうが住であろうが、適度な分なだけあればええ。

ほな、必要以上に欲しいものは?

それも無い。

衣であれば、究極的に言っちまえば、着れて寒さ凌げたらええし。

食であれば、根本的に言えば、体調を維持できたらええ、グルメ欲は無い。

住であれば、誤解を怖れず言うならば、雨露凌げたらええ。

まあ、衣も食も住も、必要最小限、確保できればええ。


ってことは、何かい。

俺は、衣・食・住、どれでもええってことかい。

いやいや、違うやろ。

それは、なんか、スキッとせん。

スキッとしない以上、俺の中では、どれか選ばなあかんはずや。


設問を変えよう。

無くて、死ぬほど困るもんは?


衣は?

いや、確かに困るやろうけど、死ぬほどではないな。

最終的な手段として、裸族化しても、生きることはできそうな気がするし。


食は?

いやもう、死にますね。

無かったら、死ぬな。

生物的に、生きるの無理っしょ。

ふむ、無かったら、死ぬほど困るもんだ。


住は?

確かに、野宿とか手はあるけど、それは一時やから耐えられるもんで、死ぬまで野宿となると、かなりキツいなー。

しかも、雨露その他諸々防げへんかったら、頻繁に身体いわすやろしなー。

となると、これは、無かったら死にはせんけど、むっちゃ困るたぐいか。


となると、答えは出たな。

食・住で。

俺は、食・住で、いかせてもらいます。

図らずも、一番歳の近い(であろう)アラフォーさんと、同じ答えになったな。


結論が出て、中空を彷徨っていた視線を戻す。


「いやそこは、鶴翼の陣でしょ」

「魚鱗の陣という手も、あると思いますが」

「私は、車掛の陣がええと思うね」


何の話?

少なくとも、衣・食・住選択の話では無いことは、確実。


『ええ?!』と顔を歪ます俺に気付き、三人は会話を止める。

横目でこっちを見て、『やっと、か』とばかりに、こっちを向く。

ジワジワと、滲み渡るように、こっちを向く。

向き終えたところで、八十路さんが訊く。


「決まったかい?」

「はい ‥ 一応 ‥ 」

「で?」

「はい ‥ 食・住、でいこうかと」

「そうか、やっぱり、食・住か」

「予想したはったんですか?」

「まあ、薄々」

「そうですか」

「そうなると ‥ 」


八十路さんの視線の先には、二十代さんがいた。

目力炸裂の視線を、こちらに突き刺している。


痛い、痛い。

なんでそんなに、睨まれなあかんねん。

食・住、選んだだけ、やんか。

 ‥ だけ ‥ やないか。


思い至って、納得する。


俺が選んだことで、食も住も×3になるけど、衣だけ×2のままなんか。

衣を選んだのは、二十代さんと八十路さん。

切実に衣が重要事項なのは、おそらく、八十路さんより、歳若い二十代さん。

おしゃれ命の年頃、ど真ん中。

そんな年頃を迎えている人もいるのに、衣を疎かにする選択をすれば、そら睨まれるわなー。


納得すれど、後悔するわけがない。


でも、俺にとっちゃ、衣なんてどーにでもなるし。

食と住の方が、ダンチで重要やし、必要やし。

こんな、生活必需事項、生命維持に関わる事項に、遠慮なんかしてられるかい。


二十代さんの視線を、平気で受け止め ‥ ないで、受け流す。


そんな俺と二十代さんの視線の遣り流し、を見つめていた八十路さんは、提案する。


「ほな、損失補填でいくか」


えっ!

いきなり、経済用語、銀行用語、賄賂用語が出て、戸惑う。

何のこと?

何処に、何を、どの位、補填すんの?

そもそも、補填って何?

いや、補填の意味は知ってるけど、この場面で必要ある?


「一人頭、二千円で」

「そうですね。

 それくらいが、丁度いいと思います」


八十路さんの具体案に、アラフォーさんが同意する。

なに?

二人の間では、通じちゃってるわけ?


「 ‥ はい ‥ 」


不承不承ながらも、二十代さんも同意する。


三人の間でもか!

俺だけか!

俺だけなのか!


『分かんないっス。説明よろしくっス』の表情を浮かべ、八十路さんの方を向く。

八十路さんは、『ああ、そういうことね』と言わんばかりに、説明を始める。


「君の選択を取り入れると、このアパートの住民間では、

 衣だけ手薄になるやろ?」

「はあ」

「だから、みんなで一月二千円ずつ出し合って、

 『衣の部分を充実させよう』ってことや」

「はあ」


そういうことか。

二,〇〇〇円×4で、八,〇〇〇円。

月八千円の衣の恩恵を、みんなで蒙るってわけね。

ええです。

異議は、ありません。

で、その八千円の分配は、誰が決めるんですか?


「で、その、合計八千円の使い道やけど」

「はい」

「やっぱり、衣を選んだ人間が、相談して決めることにしてはどうやろ?」

「はい、掛け値無しに賛成です」

「そうですね」


二十代さんとアラフォーさんは、即々、賛成する。

衣の二人の内一人である二十代さんは、そりゃ即賛成するだろう。

衣の充実度が、他より劣ることになって、あからさまに不満を表明していたし。


しかし、アラフォーさんも、むっちゃあっさり、賛成したな。

改めて見ると、身体にフィットした飾り気の皆無の服、を着てはる。

デザインは少し凝ってそうやけど、模様は何も無い。

黒基調の生地に、所々、赤ラインが入っているぐらい。

服には、あまりうるさくない人なんかもしれん。


三人の視線が、俺に集まる。


「あ、俺も、異議無いです」

「ほな、そういうことで」

「はい」

「分かりました」


サッ

スッ


「「お茶、ご馳走様でした」」


トン トン

サッサッサッ

ガチャ


パサッ パサッ

スッスッスッ

パサンッ


二十代さんは、自分の分とアラフォーさんの分の湯呑みをまとめ、台所に持って行く。

アラフォーさんは、自分の分と二十代さんの分の座布団をまとめ、部屋の端に運ぶ。

その際、アラフォーさんは、ちょっと、よろめく。

踏みとどまるが、数瞬、息を整える。


「大丈夫かい?」

「はい」

「ちゃんと、摂取してるのかい?」

「ここ一週間ほど、取ってないので」

「それは、あかんわ」


八十路さんは、木製の棚を引き出し、カチャカチャやる。

卓上サイズくらいの棚の中をかき廻し、細長い棚の奥から、赤いそれを取り出す。


「はい。

 サプリメントやけど、それで二、三日はもつやろ」

「いつも、ありがとう御座います」


キョトンと見守る俺を他所に、やりとりは続く。


「では、帰ります」

「ああ、気い付けてな。

 おやすみ」


俺も慌てて、付け加える。


「お疲れ様でした」


アラフォーさんは、スッと頭を下げて、ドアを開けて去る。


じゃ、二十代さんもお帰りか。

挨拶しとこ。


「お疲れ様でした ‥ って、速や!」


もう、いない。

既に、いない。

『退去後、数秒経っている』ような感じすらする。

『ドアが開く音が、聞こえなかった』ような感じすらする。

どころか、部屋に漂う雰囲気が変わらなかった、ような感じすらする。

風さえ動かなかった、ような感じすらする。


驚き、つかの間フリーズしていると、八十路さんが声を掛けて来る。


「これから、よろしくな」


八十路さんは、スラリと、右手を差し出す。


「こちらこそ、お願いします」


八十路さんの右手を、握り返す。

確かに、皺だらけで所々にシミがあるけれど、引き締まった印象の手。

少なくとも、弛んではいない。


握手後、湯呑みと座布団を片付け、八十路さんの部屋を出る。

八十路さんの部屋を出るやいなや、中から声が聞こえて来る。

俺が退出するのを待ち受けていたらしい。


「わしは、鋒矢の陣がええな」

「はいはい」


なにこれ。

長年連れ添った夫婦間や、長年付き合っている恋人間のような、言葉とツッコミ。

誰や?

隠れてた?

八十路さんとこも、ウチと同じ1DKタイプみたいやから、隠れるとこないやろ。

押入れか、トイレか、風呂か。

八十路さんも、案外やな。


男を連れ込んでいるであろう八十路さんに親近感を覚え、自分の部屋に戻る。

帰り際、二十代さんの部屋に明かりが灯り、物音がしていることを確認する。

やはり、あの僅かな時簡に帰ったらしい。


『スゲエな』


物音に、人の会話は混じらない。

こちらは、案外では、無さそうだ。



《三分ノ二》、を選ぶ。

衣・食・住の内、二つを選ぶ。


具体的に言えば、選択した二つの年間使用金額上限割合が、残り一つに対し、大幅に緩和される。

衣・食・住それぞれ、年間使用金額の上限割合は、設定されている。

NBAやNFLのサラリーキャップ制のようなもの、と考えてくれればいい。

それをオーバーすれば、オーバー金額(割合)の程度によって、罰金、禁固、懲役、国外追放等、ペナルティが課せられる。


一見、市民生活を管理し、経済規模を縮小させかねない経済発展を停滞させかねない政策だが、そこには抜け道もあった。


一.世帯ではなく、個人に課せられるということ。


つまり、一人世帯なら、どれかが犠牲になるに等しい。

が、既に言われているように、三人家族一世帯なら、衣・食・住どの項目も、同程度に緩和され、丸く治まる。

実質、複数人家族である限り、衣・食・住の充実度向上は確実。


二.贈与は、可。


衣・食・住の選択権の売買は、禁止される。

これは、「選択権市場のコントロールに、政府側が自信が無い為」と、もっぱらの噂だ。

ブラックマーケット創設の危惧も、抱いているらしい。

じゃあ、一切の選択権は、各個人のみに帰するのかと言えば、そんなことはない。

選択権の贈与は、可だ。

金銭とか取引とか伴わず、無償なら可、ということだ。

贈与自体は、片方向的なものだから、モデル地区外への贈与も、可だ。

だから、贈与は活発になる。

だから、無償で済むはずが無い。


なまじ、贈与を認めた為に、血縁関係とか姻戚関係とか、友人関係とかに関係無く、選択権は行き来している。

裏取引やブラックマーケットの活動も、囁かれる。

ま、なまじ、中途半端な政策にしてしまったことで、恐れていた事態が早々と具現化した形だ。

まだ、モデル地区で実験中で、この様だ。

いつものことだが、見通しが甘過ぎる。


抜け抜け、甘々の、《三分ノ二法》政策。

が、一方では、格差解消以外の効果も見受けられて来ている。


一.消費の集約化。


現代においては、消費対象は多岐にわたり、様々なものに金銭は使われる。

が、このように、衣・食・住に制限を設けることで、衣・食・住の大事さが見直される。

制限を掛けられるほど、人間はそれに反発する。

大事なもの程、人間は精査眼が甘くなる。

結果、モデル地区では、衣・食・住に消費金額が集中している。

《三分ノ二法》を、本格的に全国に施行した場合、『国内の衣・食・住消費金額は、上がる』と思われる。


二.自給率の向上。


国内の食料自給率は、急上昇するだろう。

衣・食・住の内、食への消費金額増加に伴い、現状の食料供給体制では不充分となるのは明確。

政府は大きく方針転換して、本腰を入れて、食料自給率を増加しないと、食料需要に応えられないだろう。

確かに、輸入という手もあるが、現状以上に輸入を増やすのは、現実的でない。

食料確保が不安定だし、世界ローカルの環境変化に影響され過ぎる。

なにより、他国との関係において、自国民の食料に関することを外交カードに使われ、国益に反する。


デメリットもメリットもあるが、《三分ノ二法》政策は、モデル地区では、まあ満足すべき結果をはじき出している。

都市部のモデル地区と地方部のモデル地区では、衣・食・住のカバー度に偏りが出て、項目によっては格差が出ることも考えられた。

が、現状ではそんなこともなく、多少の偏りはあれど、充分許容範囲内だった。

よく考えれば、都市部と言っても、二、三代前に移住して来た人々が、約八割。

約八割が元々、地方からの移住者なので、「困った時は、お互い様」や《相互補完》のマインドは、普段意識せずとも、持っているらしい。

この点に関しては、全体で見る分には、取り越し苦労に終わりそうだ。


モデル地区の結果を確認し、概ね満足すべき結果が出たことで、《三分ノ二法》の施行は、正式決定される。

来年度から一斉に、全国展開される。

微小な、マイクロな力とは言えど、自分の力が役立てられたことは、満更でもない。

このところ、ごく少数の人が大きく得をして、多大な人数が大きく損する政策ばっかりだった。

が、今回は、みんなちょっとだけ得して、みんなちょっとだけ損する感じの政策で、それに協力できたので、気分がいい。

爽やかだ。



「♪ サプラーイズ 世界中がドライブ」

爽やかな気分で、爽やかな唄を口ずさむ。

口ずさんで、町中をゆく。

辻々に、街頭募金が立っている。

今日は、どっかの団体の、街頭募金デーらしい。


「「「「「ご協力お願いします!」」」」」

「「「「「お願いします!」」」」」


子ども達と若い女の子達を前面に立てて、募金を集めている。

本や雑誌、ニュースや報道特番で仕入れた情報を、思い出す。


ザクッと言えば、街頭募金の約二割は、集めた募金を、自分達のものにする、と云う。

残りの約八割は善意だが、それでも半分以上が、必要経費+自分達の手間賃を引いて、残った金額のみ寄付する、と云う。

つまり街頭募金は、約五割~六割しか、寄付されないということだ。

約四割~五割は、募金集金者の手元に残るということだ。

あなたが、百円募金した場合、五十円~六十円ほどは寄付できるが、四十円~五十円ほどは寄付できず、募金活動している人々に支払うということだ。


『なんだかな~』


その事実、現状を知って以来、寄付はもっぱら、銀行振り込みかネット募金を利用している。

銀行振り込みなら、振込み済み用紙が残る。

ネット募金も、振込み済み用紙の画像を、サイトに掲載するものがほとんどだ。

確かに、ネット募金でも、抜かれた金額を振り込まれたり、加工した画像を掲載される懼れはある。

だから、そんなことした方がワリに合わないような、信用性の高いサイトからしか募金しない。

そのサイトと、よく分からない団体がやってる街頭募金の信用性を比べたら、どちらが信用性が高いか、明々白々。


『でも、なんだかな~』


でも、スッキリしない。

なんか、爽やかでない。


部屋に帰って、思い耽る。

少し、悶々とする。


街頭募金が、全面的に信用できないのは、明白。

銀行振り込みやネット募金の方が、確実性が高いのも明白。

だが、なに、このシックリ来ない感は?

なんか滞っていて、スッキリしない感は?


いや、分かってるんや。

理由には、気付いてるんや。

街頭募金せんかったからやろ。


頭では、『街頭募金は、あかんやろ』、と分かってる。

けど、心では、『一概に、そうとばかり決め付けんなや』、と思ってるんやろ。

その、頭と心のズレが、苦しみを生み出しているんやろ。

その苦しみが障害物になって、スッキリせんのやろ。


でも、今後も、街頭募金には、信用性を置けない。

今後も、『街頭募金をすることは、無い』、と思う。

でも、他に、街頭募金みたいな、みんなが募金とか寄付し易い、身近な方法とか無いんかいな?

街頭募金自体は信用性低いけど、その身近さ、寄付行為のハードルの低さは、『むっちゃ有効や』と思うんやけどなー。

寄付行為を、街頭募金的な容易さで、国や役所が、奨励してくれたらなー。

国か役所か ‥


溜め息を、つく。

一つ、つく

二つ目をつこうとして、止まる。

脳からの伝達が、溜め息を止める。


『あるやん。

 ってか、発想の転換?』



次の茶話会。


あれ以来、一週間に二~三回の茶話会が、恒例になっている。

全員揃わなくても、行なっている。

もっとも、全員揃わないなんてことは、ほぼ無いんだが。

みんなの中で、茶話会出席の優先順位は、かなり高いものらしい。


いつの間にか、二十代さんは、参上する。

スッと、アラフォーさんも、入場する。

スラリと、八十路さんは、お茶を運ぶ。


みんなが揃ったところで、手を挙げ、三人を見廻す。

三人は、感情の高低の違いはあれど、『おやっ』という顔をする。

思えば、四人での茶話会開催以来、率先して意見を述べたり提案して来なかったので、『どういう風の吹き回し?』とか、思われているのだろう。

怯むことなく、声を上げる。


「はい」

「はい、どうぞ」

「提案があります」

「どうぞ」

「衣・食・住の選択なんですけど」

「はい」

「選択はするんですけど」

「はい」

「使い道を、振り替えできないかと思って」

「はあ?」


八十路さんの怪訝な顔に、少し怯む。

が、二十代さんもアラフォーさんも、食い付きつつあるので、少し安心する。

気を取り直して、続ける。


「衣・食・住を、改めて選択はするものの」

「はい」

「この国に住んでる限り、必要限度の衣・食・住は、

 保障されてるわけやないですか?」

「そやね」

「だから、改めて選ぶ衣・食・住の内二つは、

 《贅沢分》とも言えるわけやないですか?」

「そうとも言えるな」

「そこで、お饅頭半分こ」

「はあ?」


八十路さんが、理解不能の声と顔をする。

二十代さんが、理解不能の顔を向ける。

アラフォーさんが無表情ながら、理解不能の雰囲気を醸し出す。


「三人の人間がいれば、衣・食・住の贅沢分、

 二まわり分カバーできるやないですか?」

「?」

「3(人数)× 2(選択数) = 6 (衣・食・住(3つ)×2)」

「ああ」

「お饅頭半分こみたいに、選択二つを一つに分けても、最低三人いれば、

 衣食住の贅沢分一まわり分は、カバーできるやないですか?」

「ああ、なるほど」

「今の生活共同体単位って、三人一家族が基本単位になっていて、

 大人数に見えている生活共同体も、三人ユニットの組み合わせ方次第やと、

 思うんですね」

「ほお」

「だから、衣食住の選択権は、『一人一つあったら、事足りるな』、

 と思うんですよ」

「なるほど」


八十路さんは、感心する。

二十代さん、アラフォーさんも、興味津々で、聞いている。

油断すると、つんのめりそうになる気持ちを抑えて、言葉を続ける。


「で、半分こした、残り一つの選択権ですけど」

「ふん」

「募金とか寄付できひんかと」

「は?」

「街頭募金とか見てて思い付いたんですけど、残り一つの選択権、

 募金とか寄付に使えへんかと」

「は?」

「衣・食・住の選択権、一人一つで事足りるんなら、もう一つは、

 他の国とか地域の、衣・食・住が事足りてないとこに、

 募金とか寄付すればええんやないかと」

「ほお」

「衣・食・住そのまんま、募金とか寄付することになるし、

 政府とか役所の公の機関からんでるから、

 『ヘンになることは、ほぼ無い』やろうし」

「むっちゃええ考えや」


八十路さんが、激しく共感する。

二十代さんが、目を輝かす。

アラフォーさんが、静かにスラッと、親指を立てる。


「具体的には、どうするつもりや?」


八十路さんが、みんな考えているであろう問いを、発す。


「そうですね。

 まずは、役所に意思表示することかと」

「ほお」

「これから選ぶ人は、選んだ片方を募金するなりなんなり、

 既に選んでいる人も、今からでも、選んだ片方を募金するなりなんなり、

 役所に意思表示するのが、手始めかと」

「それだけでええんか?」

「最初は、少数ですから無視されるでしょうけど、これがジワジワ広がって、

 無視できない数になったら、役所側も動くでしょ」

「ふん」

「動かんと問題になりますし、問題にしますから」

「ほお」

「そうしたら、下り坂道ライドみたいに、自動的に加速度ついて、

 『物事進む』と思います」

「なるほど。

 ジワジワと、時には起こすでムーヴメント、やな」

「で」

「ほお」

「役所への意思表示は、『比較的容易にできる』と思うんですが」

「ふむ」

「問題は」

「ふむ」

「賛同者を募って、ジワジワと広げて展開する方法で ‥ 」


八十路さんは、一瞬、止まる。

止まって、中空を見据える。

そのまま、数秒。

目に光りが戻り、フリーズが溶ける。


「ああ、それなら」

「はい」

「私らが、手分けするがな」

「手伝ってくれはるんですか?」

「ふむ。

 二人とも、OKやな?」

「「はい」」


大きくハリのある声と、小さくスラッとした声がする。


「ほんじゃ、どうすっべか?」


『どこの人だよ』と、心の中でささやかに、八十路さんにツッコむ。

二十代さんんが、「はい!」っと手を挙げる。


「はい」


当てられる。


「あたしは、全モデル地区を廻って、主旨を説明して、

 協力を取り付けて来ます」


いやいや。


口を挟む。


「モデル地区いうても、各県に最低一つ、多かったら三つくらいあるから、

 「それは無理」、と言うもんでしょ」


二十代さんは、ニッコリ微笑んで言う。


「二、三日あれば、楽勝です」

「は?」


この人は、俺の言うことを聞いていなかったのか?

聞こうとしなかったのか?


「楽勝やな」

「そうですね」


俺の疑問を他所に、八十路さんとアラフォーさんも、サクッと同意する。

聞く聞かない以前に、取り上げる疑問にもならなかったらしい。

どこから来るの、その自信?


「じゃあ、わたしは」


アラフォーさんが、続いて言う。


「モデル地区に力を持つ、各地の旧家と知り合いですので、

 そちらを廻って来ます」


えっ?

各地の旧家も、モデル地区が全県にまたがっている以上、各県にまたがっていますよね?

しかも、旧家なら、事前手続きとかなんやかんや、ややこしいのと違いますのん?


「そうやな」

「そうですね」


引き続き、不信感も露な俺をさておき、八十路さんと二十代さんはサクッと同意する。


何これ?

俺だけ、蚊帳の外ですか?

ハミゴですか?

スタンドアローンですか?


俺から漂う、孤立感を深める雰囲気に気付き、八十路さんは、言う。


「ま、そのうちに、分かるわ」


えっ?

何が、そのうち?

自然に分かる、ってこと?

自動的に悟る、ってこと?

今、説明してくれる気、皆無?


「ほな、私は」


俺を放ったらかしにして、八十路さんも、提案する。


「各モデル地区の、なんやかんやの身近なお祈り関係にツテあるから、

 そっちを廻ってみるわ」


意味が分からん。

《なんやかんやの身近なお祈り関係》って?

曖昧模糊、玉虫色過ぎて、意味が分からん。

で、これも、各モデル地区って、全国的な話やん。


「次の茶話会には、結果出てるやろ」

「楽勝です」

「ですね」

「まあ、ええ結果やろうけど」


八十路さんは、二十代さん、アラフォーさんと、微笑みを交わす。

その微笑みを向けられ、慌てて、問う。


「あの、僕は、何もせんでええんですか?」


八十路さんは、二人と、目で言葉を交わす。

その言葉を口にする。


「あんたは、いい考え出してくれたから、今回はええやろ」

「でも」


考えるだけ考えて、大変なことを三人に丸投げしている気がして、なんか居心地が悪い。


「ほな、今後起こりそうな事態を想定して、作戦でも立てといて」

「はあ」


いや、予測が立ちません。

三人の動きと、それらからもたらされる結果が、全然、予測が付きません。


『むちゃ振りすんなー』と思いつつ、三人から向けられる顔々を眺め、『もしかして、信頼されてる?』とも思う。

なんや分からんけど、腹を括る。

兎にも角にも、とりあえずの方針を決める。


最悪の事態を想定して、最高の結果を期待する。


具体的には、次の茶話会で、三人の結果を聞いてから、突っ込んで考えていくことにする。



「OKです」

「こっちも、OKです」

「こっちも、OKや」


二十代さん、アラフォーさん、八十路さんと、快い答えが続く。

二十代さん、どや顔。

アラフォーさん、無表情どや顔。

八十路さん、ニコヤカどや顔。


いや、分かってましたけどね。

既に、分かってましたよ。


その日の朝、テレビのニュースは、ある話題で持ち切りだった。

テレビ欄の見出し説明的、番組の説明テロップ的に言うと、


【衣・食・住の《三分ノ二法》政策モデル地区が、一斉に、世界全体に目を向けた、助け合い運動に乗り出しました!】


その日の夕刊の一面トップも、同じだった。


【《三分ノ二法》政策モデル地区が、世界助け合い運動へ!】


テレビも新聞も、論調は次の如く。


諸手を挙げて、喜ばしいこと。

しかし、各モデル地区が一斉に、このような行動に出たことは、腑に落ちない。

自然発生的とは、とても考えられない。

何か、仕組んだ地下組織や、裏で暗躍している人々がいると思われる。

そこに、一抹の不安を感じる。


茶話会がアンダーグラウンドな組織で、四人が裏で暗躍する人々か。

二十代さん、アラフォーさん、八十路さん、そして自分の姿を思い浮かべ、そのギャップに、心で苦笑する。

テレビ新聞バーチャルと、日常生活リアルのギャップ。

まさにここは、ほのぼのアンダーグラウンド。


『まあ、えてして、現実はこんなもんや』


諦めているわけでもないし、悟っているわけでもないが、『そうやから、そうやん』ってな感じで思う。


思考から我に帰ると、三人の視線が集中している。

いつのまにやら、ヘンな振る舞いやヘンな顔をしてたのか?


「 ‥ え~と」

「ほんで、次は、どうする?」


視線が集中していたのは、ヘンな様子を見せていたからではなかったらしい。

三人とも、次の手を示唆する、俺の言葉を待っていたらしい。

いつのまにか、俺は、軍師ポジションに居るらしい。


う~ん。

考えてない。

ってゆうか、「考える必要が無い」ってゆうか。


「どうもしません」

「はあ?」

「いや、もちろん、僕らも、

 【三分ノ二のそのまた二分ノ一募金活動】とも言うべき活動を、

 各地のみんなとしますし、続けます。

 でも、「特別なことはしいひん」って言うか」

「ふむ」

「フツーに活動してたら、「もう国全体でなんかなる流れになってる」

 って言うか」

「ふむ」

「フツーに活動してたら、放っといても、政府が動き出すでしょ」

「政府が、日和見決めて無視してても、

 今のムーヴメントが、大きくなるだけですし」

「ふむ」

「何もしなかったら、「また、無策かよ」って、

 世論調査の支持率がも落ちるだけですし」

「鈴やな」


八十路さんが、左斜め上の発現の、返事をする。


「リンリン」

「鈴ですね」


二十代さんもアラフォーさんも、その左斜め上に付いて行く。


三人は、解せない表情の俺を、一通り楽しむ。

そして、二十代さん、アラフォーさん、八十路さんの順で連携して、謎解きをする。


「リンリン」

「鈴は、いいですね」

「なるほど(鳴るほど)」


 ‥ めんどくせー。


まあ、たまには、こんな無駄や遊びが行なわれるのが、ここの茶話会クオリティなのかもしれん。

ならば、めんどくさいけど、乗っとくか。


「柿もいいですね」


ん?

ん?

ん?


三人が、不思議そうな顔をする。

しめしめ、分かっていない。


「赤く熟して」

「ふむ、そのココロは?」


八十路さんが、《謎とき》に掛けて、返答を促す。


「なるほど(成るほど)」


 ‥‥‥‥‥


「あー」

「う~ん」


二十代さんとアラフォーさんの、言葉にならないコメントを受けて、八十路さんは言う。


「あんま面白くないな」


でしょうね。


『やっぱりね』苦笑形態に、顔を強制変形させる。


「まあ、でも、ギリOK」


八十路さんの言葉と共に、三人のにこやか苦笑に迎えられる。

にこやか苦笑形態に、顔を自然変形させる。



思った通りに。


思った通りに、【三分ノ二のそのまた二分ノ一募金活動】は、一大ムーヴメントと化す。

モデル地区の、ほぼ一〇〇%が、同意と共感を示し、行動を執ってくれる。


ここに至り、静観、楽観、軽視していた政府は、慌てる。

このままでは、《三分ノ二法》モデル地区が成功したとは言えず、《三分ノ二法》政策そのものが、いつのまにやら変容している。

だが、民意と言うか、市民の意識そのものは高くなっているし、高まっている。

《三分ノ二法》を廃案して、新たに政策案を打ち出すことは、得策でない。

世論の反発を受けるに決まっているから、得策でない。

流れに棹差すことになるから、ああ、得策でない。


どうする、政府?

どうした、政府?

こうした。



コクッコクッ

ゴクッゴクッ

ズズ ‥ ゴクッ ‥ ズズ ‥ ゴクッ

ズズズ、ゴクッ ‥ ズズズ、ゴクッ


ちゃぶ台の上に、湯呑みが四つ乗っている。

ちゃぶ台の廻りを、人が囲んでいる。

ちゃぶ台の上には、今日の朝刊が乗っている。

ある日の、茶話会である。


「まあ、成功ですね」


朝刊は、政府の政策変更を報道していた。

モデル地区で火がf噴いた一大ムーヴメント、【三分ノ二のそのまた二分ノ一募金活動】を鑑みて、政府は《三分ノ二法》の政策方針を変更する。

《三分ノ二法》成立・施行を止め、《三分ノ二法》を新たに改訂したものの、成立・施行を目指す方針にする。


新たな改訂法、その名は、《三分ノ二ノ一法》。


なんのことはない。

【三分ノ二のそのまた二分ノ一募金活動】に、法的根拠を、明確に持たせるものに過ぎない。

過ぎないが、【三分ノ二のそのまた二分ノ一募金活動】に国のお墨付きが付いたようなもんだから、民衆には、熱狂的に迎えられる。

なんせ、政府支持率が、一挙に約三〇%も上がる。


海外の国の、日本に対する好感度も、半端なく急上昇する。

《三分ノ二ノ一法》は、その二分ノ一の募金先に、国内のみならず、国外も認めていた。

これが、国内外のネット・テレビ・新聞・雑誌等で報道され、いい意味で、えらい騒ぎになる。


世界中を巻き込んだ一大ムーヴメントは、《三分ノ二ノ一法》の成立・施行を、固唾を飲んで、見守る。

全世界注目の的の我が国政府は、経験したことの無い状況に、乗せられる。

いい気持ちで、浮き足立つ。

《三分ノ二ノ一法》は、ろくに審議されることもなく、超あっさり、ハイスピードで成立する。

まあ、反対したり、停滞させようものなら、その議員は炎上どころの騒ぎではすまないことは、火を見るより明らかだったが。


新聞は、法の成立にあたって、そのように今までの経緯をまとめて、記事をまとめている。


コクッコクッ

ゴクッゴクッ

ズズ ‥ ゴクッ ‥ ズズ ‥ ゴクッ

ズズズ、ゴクッ ‥ ズズズ、ゴクッ


四人は、茶を飲む、啜る。

茶話会は、続く。

世界中を巻き込んだ一大ムーヴメントの発祥地は、ここである。


「ふむ」


八十路さんは答えてくれるものの、素っ気無い。

二十代さんとアラフォーさんは、口を閉じたまま。

「今は、茶を飲んで楽しむタイムなんだから、邪魔すんなよ。もっと、メリハリ付けて、話振れよ」と、言っているかのようだ。


沈黙は続く。

耐え難い。

話の接ぎ穂になるように、そっと差し出す。


「あの、これ」


ん?

ん?

ん?


「おばあちゃんのとこに行って来たんですけど、皆さんにお土産です」

「すまないねー」


八十路さんが、レジ袋を受け取る。

袋から、取り出す。

八十路さん、アラフォーさん、二十代さんの顔が、固まる。


いやいや、フェイクかもしれん。


八十路さんは、包み紙を外す。


やっぱり。

やっぱりですか。

やはりな。


中身を見た、三人のガックリ感が、手に取るようだ。

一斉に、『なんで、よりによって、《行って来ましたクッキー》やねん!』の心の声ツッコミが聞こえるようだ。


でも、まあ、一応、気使って、買って来てくれたんやしな。


心の葛藤を思わせるかのように、八十路さんは、口を開く。


「兎にも角にも、ありがとう。

 早速、お茶請けに使わせてもらお」


箱からクッキーを出し、各自に配る。


《行って来ました》

「はい」


《行って来ました》

「はい」


《行って来ました》

「はい」


《行って来ました》

『いや、俺が買って来たクッキーやし』


カサカサッ ‥ ポリポリ ‥

カサガサッ ‥ ポリパリ ‥

ガサガサッ ‥ ポリバリ ‥

ガガササッ ‥ ボリバリ ‥


しばらく無言で、クッキー食べに、いそしむ。


コクッコクッ

ゴクッゴクッ

ズズ ‥ ゴクッ ‥ ズズ ‥ ゴクッ

ズズズ、ゴクッ ‥ ズズズ、ゴクッ


「まあ、フツーの味やな」

「「はい」」


八十路さんの言葉に、二十代さん、アラフォーさんも、即座に同意する。


「ですよね」


ちょっと凹んだ俺を見て、八十路さんが、助け船を出す。


「いや、不味いとかじゃなくて、フツーに美味しいってことや。

 みんな、基本、何食べても美味い人達やから」


最後の言葉は、フォローになってませんが。

傷口に塩塗りこめるようなコメント、になってますが。


でも、八十路さんの、俺に気を使ってくれている心は、充分察せられる。

八十路さんのコメントにウンウンうなずく、二十代さんとアラフォーさんの心も、充分察せられる。


ありがとう御座います。


では、本題に。


「成功して良かったな。

 これで、一段落やろ」


終~了~。

ハイ、終わり。

そこまで。


経過報告、事後報告、反省会とか、一切無しかよ。

「終わり良ければ、全て良し」スタイル?


「ですね」

「そうですね」


二十代さんは、にこやかに、アラフォーさんは、にこやかな無表情で、同調する。


なに、この人達。

いさぎよ過ぎる!


でも、そこには、無責任な『後は、放ったらかし』は無い。

『やることやったんやから、後は野となれ山となれ』の潔さが、感じられる。


終わったこと、ぐちゃぐちゃ言っても始まらんやろ。

未来は、始まっとんねん。

なんか不都合あったら、その時考えて、修正したらええねん。


ってことですよね。

なんや、分かった気がします。

なんか、訳分からんけど、爽快感、涼やか感がします。


茶話会の、恒例集合時間は、日もしっかり暮れた頃。

吹き抜ける風に、爽やかさを感じる時間帯ではない。

でも、開け放した窓から吹き込む風は、木蔭の風のように、爽やかさを感じる。


これって、俺だけ?

俺だけやないですよね?


『『『ないよ』』』


とでも言うように、三人は揃って、窓から吹き込む風を見ている。


窓の外の景色に、見とれる。


今日は、満月だ。

煌々と光る丸い円に、街並みが照らされる。

そりゃ、昼間より暗いけど、満月から射し込む光りは、畳の和書斎の、丸窓を連想させる。

和紙を通して、丸窓から射し込む、そこはかとした光りが、なんとも似ているような気がする。


風が二筋、吹き抜ける。

感覚に誤りがなかったら、部屋の中から吹き抜ける。


数瞬、満月に見とれていたが、意識を現状に戻す。


「いやー、いい月ですね。

 そう思いません?

  ‥ って、速やっ!」


部屋の中へ振り返ると、既に、二十代さんとアラフォーさんは、いない。


「ああ、行ったで」

「速いっスねー。

 まだ、話、完全に終わってないのに」

「まあ、終わったようなもんやからな」

「挨拶、できませんでした ‥ 」

「二人がしてたから、大丈夫やろ」

「聞こえませんでした ‥ 」

「まあ、挨拶ゆうより、ビューンとバサバサッ、やったからな」

「?」


八十路さんの言うことが、イマイチ掴めない。

そういや、ドアの開く音、閉じる音、聞いていないような気がする。


窓の外では、変化があった。

煌々と光る、まん丸お月さんに、シルエットが重なる。

飛び走るピクトさんと、蝙蝠傘の柄が無い部分のような影が、二つ並んで重なる。

往年のSF映画の、自転車に乗った少年と宇宙人のシルエットが、月に重なった場面を思い出す。


「 ‥ メルヘン、ファンタジー ‥ 」

「え?」

「いや、なんか、

 『浮世離れした、小説とか漫画っぽい景色やな』、と思って」

「そうやな、《事実は小説より奇なり》やからな」


八十路さんは、含み笑いをしながら、さもおかしそうに答える。


おかしいことをしたのか、俺?

この歳で、満月を見て、メルヘンチックでファンタジックな思いを、つい口にしたのがいけなかったか。

まあ、まだ、少年マインドの部分多いからなー。


「興味を占める大部分が、政治スキャンダル、金儲け、エロ、プロ野球、芸能ゴシップなのが、大人」って言うのなら、そういうの、即拒否。

こうして見ると、週刊誌のネタ、そのものやな。

これらにプラス、健康自慢、病気自慢、酒、子ども自慢が加わるのが、真っ当な大人ってか。

まあ、「子ども自慢は許せる」って言うか、「してくれしてくれ」って感じやけど。


並んで重なる、ピクトと柄無し傘のシルエットは、縮む。

月に近付いて、こちらからは遠くなって、小さくなっているのだろう。

と、重なる。

ピクトさんに、翼が生えたみたいに見える。


「肩を掴んだか」


八十路さんが、言う。


「そうなんスか?」

「デビルウィ~ング、ってなもんやな」


『いや、意味が分かりません』の顔を向けると、八十路さんが溜め息をつく。


「いや、あんた、デビルマン知らんの?」

「はい」

「昔の漫画で、アニメにもなったけれど」

「知らないっス。

 世代的に、全然カスってもないし」

「世代を超えて、受け継がれてゆく作品やと思うんやけどねー」

「そうなんですか」


何?デビルマン ‥ 悪魔の男って。

ホラー?サスペンス?

悪魔が主人公のやつって、聞いたこと無いなー。

吸血鬼やったら、知ってるけど。

ああ、映画にはあったりするか。


「ほな、僕も、おいとまします」

「ああそうか。

 ほな、また」

「はい、次回」


ドアを出て、二階への階段を踏み上り、自分の部屋に辿り着く。

部屋に入って、一息付いて、気付く。


『あっ、忘れてた』


この間、おばあちゃんちに行った時、クッキーとは別に、八十路さん用のお土産を買ったんだった。

八十路さん用に買った《長寿守》を手に、部屋を出る。

階下に降りて、八十路さんの部屋の前に立つ。


部屋の中から、声が聞こえて来る。

八十路さんと、八十路さんと同年代と思しき、男の人の声だ。

この短時間の間に、速攻で、来客があったらしい。


「《行って来ました》クッキーかよ」

「ふむ」

「しかもよりによって、出雲か。

 俺、定期的に行ってるやん」

「そやけど、あんた、土産買って来てくれたこと無いやん」

「そやったっけ?」

「土産買って来てくれるだけ、嬉しいやん」

「いや、今、それとこれとは、別の話やろ。

 クッキーの話と、俺の行動の話題を、ゴッチャにするなや」

「誤魔化さんといて」

「いや、そっちこそ、話スリ替えるなや」


噛み合っていない。

話が、すれ違っている。

典型的な、男女の会話すれ違い。

道理と現実の、せめぎ合い。


どうやら、相手は、八十路さんと余程親しいらしい。

っていうか、旦那レベルに聞こえる。

八十路さんって、旦那いはったっけ、生きたはったっけ?

そういやそこらへん、八十路さん始め、二十代さん、アラフォーさん、みんな知らんなー。


「でも、ばーさんとこ行っただけやのに、土産をこうて来るとは、

 男にしては気の付くやっちゃな」

「まあ、私等が認めた、ウチの新入りやから」

「まあ、土産のセレクトに難有るけど」

「それは、大目に見てあげて」


《行って来ました》クッキーだけじゃないんです。

八十路さんには、《長寿守》も買ってあるんです。

あ、でも、この状態で渡したら、八十路さんの会話相手さんの分が無いから、あかんか。

なんか、雰囲気的に、拗ねはりそうな気がする。


「そういや、メール来てたえ」


八十路さんの声と共に、キーボードを叩く音がする。

どこにあった、パソコン!


「誰から?」

「オオクニヌシさんから」

「げっ」

「[トヨウケヒコ 様

  お疲れ様です。

  この度、人間界で衣・食・住に関わる法律が、新たに施行されます。

  当方でも、それに関する対応を協議して、決めておかねばなりません。

  また、海外の神々とも連携する必要のある法律なので、

  それに関しても、早急な協議を要します。

  ついては、臨時出雲総会を催しますので、万障繰り合わせて、

  ご参加ください]

 やて」

「総会かー」

「まあ、今までも、年に一回くらいは臨時総会あったんやから、

 ええやん。

 それに、今回の議題は、モロあんたの業務範囲やん」

「でも、十月以外かー」

「なんかあるん?」

「ほら、十月って、暑くもなく寒くもなく、涼しい感じでなんかええやん」

「季節的な問題?」

「そう言うけどな、腰を上げて行動するには、

 それなりのモチベーションがいんねん」

「なんやそれ」

「なんや、モチベーションが無いと、キッツイわー」

「ほな、ジーンズとか?」

「それ、児島やし。

 しかも、島根やなくて岡山やし」

「妖怪ロードからの水木しげる記念館とか?」

「ええけど、惜しくもそれギリ、鳥取やから」

「そばとか?」

「出雲そばね。

 うん、確かに。

 でも、もう、食った」

「ああ、もう!

 ほな、松江城は?」

「 ‥ それ、ええやん。

 近くの松江歴史館で、たまに、

 鷹の爪とコラボした展示やってるらしいし」


やっと、その気になったか。

世話の焼ける親父や。

いや、この年代の男は、みんなそうか。


八十路さんの心の叫びが、聞こえるようだ。


なにわともあれ、八十路さんの旦那(相方?パートナー?)の、トヨウケヒコ(と言う名前らしい)さんは、臨時出雲総会に行くことになる。

そして、定期的に、割合頻繁に、出雲に行っているらしい。

どうも、今緒、おばあちゃんのとこに行っても、土産を買って来なくてもいいらしい。


う~ん。


手にしている《長寿守》を見る。


どうも、八十路さんは、要りそうに無い。

あれだけ、旦那らしき相方が、頻繁に出雲に行くのなら、《長寿守》の一つや二つ、持ってそうな気がする。

それでなくても、「もう充分長生きしてるし、今さら必要ないわ」とか、言われそうな気がする。


じゃあ、他の人にあげるか。

歳の順から言えばアラフォーさんだが、あの人には必要無いような感じがする。

雰囲気が、それを物語っている。


残るは、二十代さんだが、《長寿守》を渡すや、食らわされそうな気がする。

地球の裏のブラジルまで行って距離取って、助走付けて、なんか食らわされそうな気がする。

あくまで、イメージですけど。


『なら、自分で持ってたらええやん』

『そやな』


ええ?

八十路さん?相方さん?


頭に響く声に、思わず反応する。

が、八十路さんも相方さんも、部屋から出て来た形跡は無い。

八十路さん達の声を使った、心の自問自答らしい。


《長寿守》を手に、部屋に戻る。

自分が買って来た土産を、自分で使うことになったのは、少し釈然としないが。



コクッコクッ

ゴクッゴクッ

ズズ ‥ ゴクッ ‥ ズズ ‥ ゴクッ

ズズズ、ゴクッ ‥ ズズズ、ゴクッ


ちゃぶ台の前に、首を揃えている。

四人で、ちゃぶ台を囲んで、輪になって座っている。

湯呑みと座布団は、当然セットである。


天気予報待ちのテレビは、ニュースを流している。


[日本の《三分ノ二ノ一法》政策によって、世界に広まった、

 衣・食・住ムーヴメントが、一つの成果を引き起こしています。

 まずは、これらをご覧ください。]


イギリス系と思しき人への、インタビュー。

フランス系と思しき人への、インタビュー。

スペイン系と思しき人への、インタビュー。

アフリカ系と思しき人への、インタビュー。


訳のテロップとか、同時通訳の音声とかは、入っていない。

地の言語のままのインタビューだ。

でも、どのインタビューにもカブっている、聞き覚えのある親しみのあるワードが、聞き取れる。


[加えてこちらも、ご覧ください。]


アジア系と思しき人への、インタビュー。

中東系と思しき人への、インタビュー。

南米系と思しき人への、インタビュー。

オセアニア系と思しき人への、インタビュー。


こちらも、訳のテロップとか、同時通訳の音声とかは、入っていない。

地の言語のままのインタビュー。


[何か、気付きませんか?]


レポーターは、スタジオに問い掛ける。

スタジオ内には、一瞬、?マークが浮かぶ。

でもすぐに、メインキャスターが、レポーターに答える。


[みんな、何か同じ言葉をしゃべっていたような]


レポーターが、『得たり!』とばかりの笑顔を向ける。


[そうです!

 正解です!

 みんな、ある同じ言葉を、しゃべっていました。

 それは何か、分かりますか?]


レポーターは、スタジオに、再び振る。

シナリオ通りだろうが、スタジオ内には再び、?マークが浮かぶ。


[分かりませんか?]


シナリオ通りだろうが、スタジオ内にはもう一度、?マークが浮かぶ。


[教えてくださいよー]


メインキャスターが、フランクな関係を装って、レポーターに問い掛ける。

レポーターは、『しょうがないなー』とばかりの雰囲気を醸し出し、回答を示す。


[答えは、衣・食・住、です。]


レポーターは、微かに笑みを浮かべ、若干胸を反らし気味にして答える。


[[[ほお!]]]


スタジオ内の人々は、答えに(少し大げさに)驚く。


[今、世界のあらゆる言語間では、日々の生活に必要なものに関しては、

 i(衣)・shoku(食)・ju(住)で、相互理解が可能です。

 これこそが、日本の《三分ノ二ノ一法》政策が発端となった、

 “日々の生活を大切にし、毎日を丁寧に生きる”をスローガンとする、

 《衣・食・住ムーヴメント》が、

 世界に浸透している事実を表わしていると思われます。]


レポーターが、少し、気負い込んで言う。


[いやー、いいことですね。

 このところ、日本は世界から軽視されていたんで、

 『少し見直してくれたかな』という感じですね。

 特に、アジア系の人が、i(衣)・shoku(食)・ju(住)、

 と言ってくれているのは、嬉しいですね。]


『発音は、フランス系の方が、面白くって好きやけどね』


メインキャスターのコメントを引き継いで、俺は思う。


ボン・ジューとかシルヴ・プレとか、はたまた、セ・シ・ボンとか。

そんな感じで、イ・ショク・ジューとかええやん。


「なんや、《mottainai》みたいなことになっとるなー」


テレビの音声を背に受けて、八十路さんがつぶやく。


「あの、ノーベル平和賞を受けたアフリカの女の人が始めた、

 《「物を大切にしよう」のムーヴメント》ですか?」

「そやな」


八十路さんは、続ける。


「まあ、なんにせよ、それで世界が一つになってくれたら、ええわな」

「一つ、ですか?」

「一つ、は、言い過ぎか」

「言い過ぎ、ですか?」

「「お互いのハードルが、低くなる」って言うか、

 「不必要な垣根が、無くなる」って言うか、

 「ヘンな偏見が、ワヤになる」って言うか、

 そうなってくれたらええわな」

「ああ、それは、むっちゃええですね」

「国籍とか人種とか、

 持ってる能力の高い低いとか、属してる種族の性質とか超えて、

 みんな、それなりに仲良くなったらええわな」

「はい」

「ヘンに、ベタベタ仲良くする必要はないし」


八十路さんの「国籍とか人種とか ‥ 」のくだりで、目を輝かせてこちらを向いた、二十代さんとアラフォーさんも、一様にうなずく。


「まあ、なんにせよ」

「はい」

「今回は、グッジョブ、やな」


八十路さんは、俺を見つめて言う。


「グッジョブ」

「ですね」


二十代さんとアラフォーさんも、同意する。


「いや、僕は、思い付いただけですし」

「思い付くのが、スゴいんやろ」

「みなさんの、実際的な手助けが無かったら、何にもなってませんし」

「じゃあ ‥ 」


二十代さんが、発言する。


「四人の共同作業のチーム成果、ってことでええんやないですか?」

「そうですね」

「そうやな」


二十代さんの提案に、アラフォーさんと八十路さんも、即、意を同じくする。

元より俺に、異は無い。

『茶話会№1ミッション、無事、良好な成果を上げて終了』ってとこか。


コクッコクッ

ゴクッゴクッ

ズズ ‥ ゴクッ ‥ ズズ ‥ ゴクッ

ズズズ、ゴクッ ‥ ズズズ、ゴクッ


ニュースが、終わる。

天気予報に、切り換わる。

明日は、「曇りのち晴れ、時々雨か雷雨、所によっては、強い風に注意してください」らしい。

まあ、そんなもんやな。

天気予報は、流れる。

茶話会は、続く。


{了}

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