約束
「ふぁえくん、ふぁえくん。朝ごはんだよ!」
朝を告げる声が部屋に響く、うるさい。昨日夜ふかししたんだもう少し寝させろ。そもそもお前そんな健全な生活していなかっただろ、こっちに来て変わりすぎだ。勝手に自分の変化に他人を巻き込むな。
「私怒ってるよ!いくら可愛い皆の弟のふぁえくんだって、私はそんな子に育てた覚えはないよ!そんな格好して、風邪引いたらどうするの!」
お前に育てられた覚えはない。思春期以降変人しか周りにいなかったんだ、悪影響なら山ほど受けたよ。
「朝ごはんできたからね!起こしたよ!二度寝したらご飯ないからね!」
こうも朝からうるさいのは、なぜか母親きどりの元同僚カマリである。今はこんなだが昔はこんなやつではなかった。育てるどころか会話をしたことも数度しかない。寡黙で喋らない、そもそも行動をしない。部屋の隅で膝を抱えているだけだった。世にも珍しい異世界デビューを果たした人物である。昨日久々に対面した時の驚愕と恐怖を思い出しつつ、渋々と起床し服を整える。リビングに入ると何故かそこには動揺を隠せていないマキの変な顔があった。視線を追うとそこには謎の物体がある。カマリはそれを見ながらニコニコとしていた。はぁ、そりゃ料理何てしたことないよな。そこには黒こげた球体のようなものがあった。よくよく見るといくつかの物体で構成されている。上から目玉なし目玉焼き、焼いた肉、魚の切り身、パン、ハンバーグ、レタス、目玉なし目玉焼き。全て黒焦げである。
「じゃーん!ハンバーガー!いつも皆で食べてたでしょ。昨日ふぁえくんの顔見たら懐かしくなって作っちゃった」
記憶を捏造するな、こんな物を食べてた記憶はない。自分の料理の下手さに人を巻き込むな。確かに元チームでは日常的に料理をするまともなやつはいなかったので、食事内容はジャンクであった。というか、それぞれの素材はともかくこんな全部のせハンバーガーは邪道である。魚にするなら揚げろ。焦げはともかく、何を考えてこんな構成にした。パンで挟め、目玉はどこに落とした目玉しゃぶりか。
「いつもパンさんが外側で寂しそうだったから、真ん中にしてみたの」
反論は口に出さない。わざわざ見えているヘビをつつく必要はない。
…………詐欺師はいつものことなのか、この奇妙な物体を平然と食べていた。こいつ味覚も騙せるのか?マキはお行儀よくナイフで切り分け、勇気を振り絞って口に入れている。昨夜、黄色の構成員達をバッタバッタとなぎ倒していた時の格好良さはどこへやら瞳には涙が滲んでいた。
「……お、美味しいです」
「無理するな、ちょっと待ってろ」
俺の席にある黒焦げ球体を詐欺師に、マキの分を地獄の元凶に押し付けキッチンへ向かう。そこには昨日俺を値踏みして去っていったメイドがいた。地獄の料理とは比べるべくもなく、美味しそうな料理が二人分並んでいた。俺等の分ってことは……ないよな。ヘビにも神に触るものではない。仕上げに入っていたのを確認し余っているスペースを指差す。
「この辺、借りるよ」
一瞥、睨まれはしたが文句はなかった。黙認されたと思ってよいのだろう。電気では動いてないだろう冷蔵庫を開け、中の素材を見る。色々と揃ってるじゃねえか。カマリのセンスか元の世界で見たようなものが多い。
いくつか欲しい素材を貰うことを詐欺師に断り、料理をする。あの二人に囲まれて長い時間を待つのは酷だろう、簡単なものにする。こっちの世界に来て料理をするのは初めてだ。温めれば食えるようになる米を温め、ウインナーとピーマンもどきを炒める。粉からできるスープ、いくつかの謎の野菜の葉をちぎり添える。これだけインスタントな素材があるなら使えよ。二人分の簡易な料理を机に置く。
「ふぁえくん料理できたの!?私も食べたい!」
「美味しいです」
自作の方を食え、カマリとの攻防の隙に興味のなさそうだった詐欺師にも取られた。欲しかったのかよ、やっぱり不味かったんじゃねえか。
「うん、今日から君、料理担当で」
新たなお役目に文句を言い元の担当が張り切りだしても困るので、意気揚々と二回目の仕事をこなした。それなりに好評ではあった。
夜まで料理担当も本来のお役目もなく、時間をもて余す。できるだけマキと一緒にいることも仕事の内らしいので、俺の部屋で例の本を読みながら、マキは日記を書いたり、瞑想をしていたり、時折他愛もない話をして過ごした。
本を読み切り、パタンと閉じる。目をつむり読後感にしばし身を任せる。この読後感にはタバコが合う、タバコに火を付けようと目を開けるとマキがこちらを見つめていた。俺が気付いたことに気付き照れくさそうに床を見る。釣られて照れくさくなりタバコに火を付ける。
「いかがでしたか。面白かったですか」
「嫌な本だった、憂鬱になる。でも、面白かった」
「そうですか、私の兄も似たようなことを言っていました」
「そうか、俺にも妹がいる」
「……どんな人でしたの?」
「そっちこそ」
「優しい人でした」
「我侭なやつだった」
「本が好きでした」
「本から学ぶことなどないと豪語していた」
「賢かったです」
「賢しかったな」
「堅忍力行」
「快刀乱麻」
「体を動かすのは少し苦手そうでした」
「得意なことしかない」
「食事に好き嫌いはありませんでした」
「偏食家」
「誰とでも適度に友誼を結んでいましたが、本当に心を開いたのは数人でしょう」
「誰に対しても心を隠さないが、友達たりえたやつはいなかった」
「お金を持っているのに自分に使うのは必要最低限でした。他人のためのお金を渋ることはありませんでした」
「金なんか持たせたことはないが、宵越しの金なんか持たないだろうな。他人は私のために金を使える喜びがあって羨ましいと、相悪その他人の役を他に譲ったことはないが」
「尊敬していました」
「……嫉妬していた」
「いつも私を導いてくれました」
「追いつくのが精一杯だった」
「守られてばっかりでした」
「後始末を押し付けられてばかりだった」
「私を守って死ぬくらいなら守られたくなかった。生きてて欲しかった」
「勝手に死にかけて、俺の気持ちも知らずに」
「す、素敵な妹さんですね」
「いい兄だな」
それから一息つきマキは外の景色を見る。
「私はその本が嫌いです。…………一つ約束をしませんか。あなたは癒やしの魔法が使えるのでしょう。絶対に私に使わないでください。私がどれだけ怪我をしても絶対に」
「それだと俺の仕事が半分なくなるが」
「道案内だけで十分です。そもそも怪我をする予定なんてありません」
「なら、約束も不要では?」
「いいえ、駄目です。私魔法が嫌いです、その本を読んだならわかりますよね」
「まあ、わからなくもない。いいよ、約束しよう。こっちは仕事が減るだけだ」
「ありがとうございます。約束ですからね。そろそろ日も傾いてきましたね、夕食を作るのでしょう。私に料理を教えてくれませんか」
「料理できないのか」
「一度もしたことないです」
「優しくはしないぞ」
「望むところです」
その後、仲良く料理を作った。
―――――
今日も彼女は赤く染まっていた。予定どおり怪我をする気配もなかった。駆け回り、近付くたびに相手が倒れてく、わざわざ宴会の最中を狙わなくても余裕なのではないか、それほどまでに圧倒的だった。どんな人生を歩めばあの様になるのだろうか。守られてばかりだと言っていた、あれを守る兄とはいったどんな武闘派な家系だ。今は後片付けに息をしているかを確認し、奪った獲物で方を付けている。後片付けが始まったのを目安に俺が姿を表したのに気付いた彼女はこちらに駆け寄ってきて、とびきりの笑顔を見せる。
「どうですか、予定どおり怪我一つありませんよ」
「かっこよかったよ、怒らせないようにしないとな」
「であれば、食事にデザートを付けてください」
「仰せのままに」
明日の献立を考えながら、俺も片付けを手伝う。このまま簡単に仕事が終わるわけがない。約束を破った時の機嫌の取り方を考えておこう。
嫌な予想は当たるもので、仕事は順調に進んだのはこの日までだった。