リファクタリング
……妹以外の事を考えるな、か。そんな事したことないっての。
俺には十離れた妹がいる。まだ、普通の人生を過ごしていた頃、俺はこれでもかと可愛がり、家族以外が引く程度にはベタベタだった。
ある日一緒に遊んでいた時、突然妹が倒れた。すぐに病院へ行き、数日の検査を待ったあげく、医者からの言葉は残酷だった。何故か死にはしないものの、回復の見込みはない。何故まだ生きているのか不思議だ。実に歪曲に歯に十二単衣でも着せたかのようにそう言われた。放心に明け暮れていた頃、どこからともなく現れたのが元リーダーである。
「そこ行く君、話をさせてくれないか。私の天秤が君がちょうど良いと言っていてね」
そこから先は、まるで誰かに導かれているかのような既定路線だった。知識にしか興味のない元リーダーについて行くのは不安しかなかったが、高度な医療を報酬にされれば断る理由もなく俺はチームに入った。最盛期には世界の三分の一を支配した。七人の変人による地獄みたいなチームに。
そして、チームが積み重ねた悪行への罰なのか、今そのチームの七人は異世界にいる。元の世界ではチームが突如消えた以上、いつまで妹の無事が保証されるかは分らない。両親は健在であり、それなりの金を融通しているので多少は何とかなると思いたいが、不明である。不明なのは怖い、今なら知識を求めた元リーダーのことも少しは理解できる気がする。
怖いとはいえ、ただ帰ればよいというわけでもない。全員で帰る事ができない以上、チームは事実上解散である。俺一人では元の医療体制を維持する事はできない。何も希望がないのであれば、せめて側にいてやりたかったが希望があった。魔法である。俺にも使うことができたし、何の因果がそれは癒やしの魔法であった。元リーダーの見立てでは魔力さえあれば、元の世界でも使えると言っていた。あの人の見立ては悔しいことに信用できる。ならば俺はもう一つ、その魔力を確保するための魔石を集めなければならない。妹を治すために。
そう決意を新たに、けれどしぶしぶ、俺は目の前の扉をノックした。
―――――
この街の名はプベルという。プベルには、四つの悪党集団がいる。チームとは比べるべくもないがと、皮肉も聞こえてくるがそれなりに悪行を重ねている集団である。それぞれ、猫、教会、四家同盟、黄色と呼ばれる。そもそも、プベルに悪人が多いのは街の成り立ちとして、政治的にそうなるよう意図された街だからである。プベルは悪人たちの理想郷である。
過去の悪法かは分からないが、人一人が持つ悪の量は限界がある。つまり、この世の悪の総量は決まっているのだから、一点に悪人を詰め込んでおけば必然的に他の街の治安が向上する。悪人をこれでもかと詰め込んだのがこの街である。
悪人ばかりの街の治安が良いはずもなく、それなりに勝手に自浄作用がある。そんな、治安向上と犯罪対策費用削減を意図した政策により生まれたのがプベルという街である。
プベル内の派閥関係として、猫と教会はその特殊性から中立である。この街のどこにでもいるが、消して他派閥と争うことはない。つまり悪人らしく仲が悪いのは、四家同盟と黄色であり、争いが絶えない。それは、黄色の生い立ちによるところが大きい。
元々、この街では黄色は存在しなかった。猫と教会以外の普通の悪人は、四家同盟とその他に分類されていた。そんな折、その他の勢力を黄色の衣類をトレードマークにまとめ上げたのが、何を隠そう元リーダーである。これにより、プベルに二つの暴力集団が生まれた。にらみ合いをしている時も多いそうだが、短気な奴らが多いのことも、それ故の終着点もお察しのとおりである。何やってんだよ。
そして、これら四つの勢力が絶対に敵対しない、このプベルで全ての勢力と和平と友好を結んでいる勢力がいる。勢力と言うより、一人である。何を隠そう、目の前でお茶とお菓子を食べている最弱の万屋とのあだ名を持つ、暴力にまみれたこの街で暴力を利用せず生き、ましてや敵対したくないと思われることの異常性は、同僚の子女をなど比べるまでもない。万屋とはいうがこの人に関わってまで解決すべきことがある依頼人などそうそういない。せいぜい大きな抗争の仲介くらいで、そしてその実態は、ただの詐欺師だといわれている。
「人が他人と分かり会えたことなんて歴史上無いだろ。そんな難しことを言わないでくれよ、ファエくんだっけ、世界観の平行線についての話は、前に魔法について説明した時に言わなかったけ?…………なんちゃって。あまり認めたくはないけれど、詐欺師としての肩書がある以上、もう少し歪曲に難解に話をして煙に巻きたいところだけどね。今回の僕は雇われの身でね、ストレートに物事を話すと実際のところそんな説明できるところはないのさ。彼女の街案内とケアをする。言われた仕事以上のことは、別にやらなくても誰も文句を言わないよ。確かに、裏も含みも多分にあるけど、それは強制じゃない。好きにしなよ、我儘なお子様じゃないんだ、契約もなしに人に何かを期待するなんて傲慢だって学ばなかったのかい。つまり、みんな大好き自由さ、故に、自身の選択に自身の責任を持つ、それでいいよ」
濁った魚の目を百匹分集めて煮詰め、底の濁りを目に詰めたかのような男が興味もなさそうに言う。
少し報酬と仕事が釣り合わないのでは?と言った返答がこれだ。めんどくせぇ。
俺が不穏な同棲生活を初めてから、うっとおしい元同僚を部屋から追い出すのに三十分、席に付きお茶をすすり、勇気を振り絞って話しかけるまで五分、その結果がこれだ。もう口を開くのはやめだ、黙って話を聞こう。
どうやら説明によると、同棲というよりシェアルームらしい。元は小さな家だったが、住人が増えるたびに開いた土地を利用し増築したらしい。
この街で馬鹿を探すのは簡単だが、この家に自分から住みたいなどという、飛び切りの馬鹿はそうそういない。そうそういない馬鹿を詰め込んだのがこの家である。何を隠そう、望むに関わらず今は俺も飛び切りの馬鹿の一人である。
一緒に来た同情すべき現同僚の子女を除き、現在は五人が住んでおり、ちょうど二部屋余っているとのことである。
恥ずかしい話その内の一人は、元同僚である。気が狂ったのかこの世界に来て数日後、この詐欺師にこの街を案内された際に一目惚れし、それ以来のシェアルーム生活である。詳しくは思い出したくないので、割愛する。
五人の内もう一人姿を見た人がいる。メイド服を着た変な人だった。共用のリビングに入るなり品定めでもしたのだろう、じっと見つめられた後、そそくさと自室に戻った。メイドとして雇われているかと思いきや、お茶を注いだのは詐欺師だった。
残りの二人は、不明。絶対に開けるなと言われた部屋にいるのだろうか。そもそも、リビングなどを除き個室の数は、五つだ。俺、子女、詐欺師、元同僚、メイド、部屋の数が足りない、一体どこにいるのか。今もいるらしいのだが、ハクビシンよろしく天井裏にでもいるのだろうか。
「さて、必要な話が終わったところで仕事の話だ。よく我慢したね。まずは、敵の話をしようか。敵はこの街の新参者、黄色だよ。黄色を徹底的に潰す。とはいえ、所属している全員を殺して回るのは現実的ではない。実際に倒すのは半分くらいさ。集団として保てなくなり、四家同盟が後片付けをできる程度にしてくれれば、それでいい」
「仕事の期間は七日、しかも戦闘は日に一回だったな、現実的には聞こえないな」
「黄色の中に裏切り者がいる。あいにくと人を騙したり、唆したりするのは得意でね。立場の割にすぐに裏切ってくれたよ。そんなわけで君たちが今日から通うのは、敵が腐るほど居る宴会場さ。酔っ払いな上に分かりやすく目印まで付けてくれてるんだ、余興のをサービスをしてあげよう。この街では皆殺し合いが大好きさ」
「酷え話だ……」
横に座る子女を見るそこまで強そうには見えないが、特に文句を言う気配はない。そこまで気にする義理もないか、こいつが死んだら俺はお役御免なのだから。
「導入の説明はこんなものかな、質問はなさそうだね。何かあればいつでも聞いてくれ、同僚として真摯に答えよう」
ひとまず顔合わせは、お開きになった。
―――――
「は?あの本好きだったんじゃないのか?」
「いいえ、そう言った覚えはありません」
「でも、気にしていたろ」
「……否定しませんが、その本は私が持つべきものではありません」
人との友好を築くには、賄賂が手っ取り早い。誰かの受け売りよろしく、子女が気にしていたらしい本を手土産にしようとしたのだが、どうやら余計なお世話だったらしい。
「……その本はあなたが持っている方が相応しいです」
意味の分からないことを小声で言う、聞こえているぞ。
まあ、いい。わざわざ勧めて不興を買うことはない。安くなかったのでもったいないが、どうせ日一回の道案内以外は暇なのだ。自分で読もう。
「名前がないのは、不便だ。これからなんて呼べば良い?」
「何度も言わせないでくださいまし、名乗るべき名前などありません。お好きにどうぞ」
名乗るべきでない名前はあるということだ。言葉にするほど無粋はないが、どうしよう。悩みながら、手に持った本のタイトルを見る。そんな名前の付け方があるかと昔漫画を見て思ったものだが、迷った時にする行動はどうやらそういうものらしい。そもそも、悩むのがめんどくさい。適当でいいや。月光…………ソナタ…………14………………月、マキかな。
「この仕事の間、マキと呼んでいいか?」
「お好きにといったのは私です。センスがなくとも断りはしません」
人のセンスを馬鹿にするな。日本では一般的な部類だと思うが、異世界の価値観か?
「…………まあ、そういうなよ。一週間とはいえ、これから一緒に仕事をするんだ。よろしく」
そう差し出した手がなにかに触れることはなかった。
初仕事を無事終えた彼女は気まずげに手を隠した。そんなことを気にするなんて、まだまだ子供である。気まずかったので足元の水面を見ながら月を探す。月はでていなかった。