愛食
「シェル。さあ、ご飯ですよ」
「んにゃ!」
刺繡が美しい絨毯の上を歩き、ソファーテーブルに白い皿を置く。すると、鈴音が近付き白い猫がテーブルの上に飛び乗った。彼女が口いっぱいにご飯を頬張る、その姿を微笑ましく見守る。
私は、このお屋敷で住み込みのメイドとして働かせて貰っている。孤児で身寄りがなかったが、綺麗な服装と暖かいご飯。読み書き、生活におけるマナーや教養も与えてくれた。屋敷の主である、奥様には感謝してもしきれない。
更に彼女は心優しく、保護動物を引き取り世話もしている。白猫のシェルも怪我をしたのを保護したのだ。拾われた時は小さく痩せ細り、毛は黒く汚れ硬かった。
「奥様に拾われて良かったわね」
「にゃぁ!」
すっかり大きく健康体になり、柔らかい毛になったシェルの頭を撫でる。すると、彼女も同意するように鳴き声を上げた。幸せな生活である。
〇
「おはよう、シェル」
「んなぅ」
小鳥の囀りで目を覚ますと隣に寝ていたシェルを撫で、カーテンを開け朝日を浴びる。境遇が似ていることから、シェルとは気が合う。その為、彼女とは寝食を共にしている。可愛い妹分だ。
「……嗚呼、今日は奥様がお料理をなさる日だわ」
カレンダーには花丸が付けられており、特別な日であることを表している。本日は奥様が月に一度料理をなさる特別な日なのだ。この日の私の仕事は、ディナーに向けて美しく自身を磨くことである。
シェル以外の動物達は、何時の間にか檻から姿を消した。如何やら奥様の知り合いの、動物愛好家の方に譲られたようだ。その為、自分磨きに集中することが出来る。
「今日のディナーは何かしらね?」
「なぅ?」
不思議そうに首を傾げる、シェルの柔らかな体を撫でる。夕食を楽しみに、身支度を整える準備を始めた。
〇
「ご馳走でした」
シックなドレスに身を包み、磨き上げた銀のカトラリーを皿の上に置く。指先を彩るのは、ピンク色のマニキュアである。美は細部まで拘るのが奥様の信条だ。自信を持ちディナーの席に着けるのは、テーブルマナーを奥様に教えて頂いたからである。
「どうでした? 今回の料理は素材に特に拘ったのよ?」
奥様お手製のコース料理を食べ終えると、向かい側に座る奥様が微笑んだ。初老の女性だが、何時も気品を感じさせる。そんな彼女と会話をする時は、些か緊張をするのは仕方ないことだ。
「はい、とても甘く美味しかったです。以前に頂いた鳥肉や豚肉も好きです」
「ふふ、喜んで貰えて嬉しいわ」
手料理を振る舞って貰えることに嬉しい。今日のステーキは特に美味しかった。前回の鳥肉や豚肉も美味しかったが、甘味が薄かったのだ。今回のステーキは蕩けるほどに甘く、あっという間に食べてしまった。奥様の料理は肉料理ばかりだが、一番美味しかったというのが素直な感想だ。
「あれ……?」
不意に両目から涙が溢れ、頬を伝う。
「あらあら、泣くほどに美味しかったのかしら」
「……あ、はい」
美味しい料理を振る舞って貰えて嬉しかった筈である。涙が出る理由に困惑していると奥様の言葉に、この世界には嬉し泣きというものがあることを知る。初めてのことに困惑しながらも、奥様が言うのならば多分そうなのだろうと頷く。彼女は私に様々なことを教えてくれる。
「来月も楽しみにしていて頂戴」
「はい、奥様」
目尻に皺を寄せ優しく微笑む、奥様の言葉に笑顔で返事を口にした。優しい奥様の下で、生活をすることが出来て幸せ者である。
自室に戻るとシェルが居なかった。




