前編
もう、幾日に及ぶのだろう。
閉じきる前の瞳に、あなたの姿を焼き付けた日々は。
肌にかかったまつ毛の微々たる影が愛おしい。
少し湿り落ちた前髪が愛おしい。
背筋の伸びた正座に、手のひらを上にして重ねられた骨張った両の手が愛おしい。
閉じられた瞼の中で反芻するのは、数秒前に瞳に映った先輩の姿。
「やめ!」
皆、先輩の掛け声と共に目を開ける。
「正面に、礼!」
前方にいる先生に膝前で指先を揃えて深々と礼をする。
頭を下げながら考えていることはただひとつ。
阿吽の呼吸で上げた視線の先には。
「今日もお疲れ様でした」
そう発する先生の隣で正座している、藍染の紺色道着と袴に身を包んだあなた。
主将、真中先輩。
私はあなたを、想っています。
稽古後に行う『黙想』という心を静める時間に、今日も先輩のことを考えていた私は、白色道着に紺色袴姿のままで部員の女の子と談笑していた。
私がクラブ活動をしている剣道部は、運動場を挟んで中学の校舎の真向かいにある道場で活動をしている。道場入り口の外にはステンレス製水飲み場がひとつ設置されており、他のクラブの生徒が利用することも多々ある。今日も道場の玄関であるガラスの扉が両開きされてるところから、男子テニス部数人の中にいるあいつのおちゃらけた姿が見えた。
「三浦―っ」
小学校から一緒のあいつが、無意味に私を呼ぶ。
「もうーっ、呼ぶな、呼ぶな、呼ぶな」
「今日も道場から独特の匂いするわー」
「うるさいなぁ!汗の匂いは青春の結晶だぞ!!!」
自分で発してしまった大きな声と恥ずかしい内容に思わず周りを、真中先輩を見た。あ、また真理ちゃんといる。そして真中先輩が今視線を注いでいる先は、私だ。
「もおおお、あんたのせいで注目されちゃったじゃぁぁん」
「だってほんとに独特の匂いするんだもん、しょうがねぇべ」
真中先輩ーっ!!!聞かないでー!!!
せめて真中先輩は良い匂いですからねぇぇぇぇ。
そう、今こいつがした失礼な発言だって、どんな出来事だって、日々私は心の中で真中先輩と結びつけて、本人に向けて叫び続けてしまう。でもひとつとして声という音にはならないんだよ。
恥ずかしくて、恥ずかしくて。
「好き」という音は、一生出ないよ。