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夢か現か  作者: 髙田龍
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帰郷

外堀通りから坂を上り、中ほどを右手に入ると石畳みの路地が続いている。

《SAKA》という古く小さな立看板が店の前に出ている間口の狭いその店は、ケーキ屋の息子、徳田修二が大学を卒業後、就職もせずにアルバイトを転々とした挙句、家族全員の反対を押し切り二十六歳の時に始めた酒と軽食を出す店だった。


周りの予想に反して店は繁盛し、気がつけば四十年近くが過ぎた。


『徳ちゃん、居るか。』

店が開くのは、午前10時。

開店までは、まだ30分もある。

《SAKA》の玄関先立った本田広宣は店の中に向かって声をかけている。

店の主人の徳田も、やって来た本田も中学時代の小田尊の同級生だ。

『まだ開店の時間じゃないぞ、うるせぇなぁ』

『それどころじゃないんだよ、徳ちゃん。』

『なに、どうせ大した話じゃないんだろ。まあ入れよ。』


二人は店のカウンターに並んで腰掛け、徳田は本間の話の続きを聴いた。

『尊が帰って来るぞ。』

徳田は本間の言っていることが直ぐには理解出来なかった。

『たけるって。』

『エッ、何言ってんだよ、たけるだよ、小田尊。』

『尊?尊がどうしたんだ。』

『尊、出所したぞ。』

『そうか永かったなぁ、そうか出てきたのかでもなんで本間がそれ知ってるんだよ。』


『実はさ、昨日なんだけど、俺、伊勢丹に行ったんだ。それで、いろいろ周って地下に降りたのよ。驚いたよ〜地下が変わっててさ、俺、ふだんデパートなんか行かないし、人混み嫌いだし、多分この前行ったの二十代だったと思う、うん。』

 本間の話は、中学時代からまとまらない事で有名だったが、それは今も変わらない。

歳を重ねている分まとまらなさに凄みが増している。

『デパ地下って言うんだろ、今は。』


徳田はいつ迄も本間の話を聴いていては終わらないと判断して、『伊勢丹の地下が尊の出所になんか関係有るのか。』

『すまんすまん、伊勢丹を出て近くの喫茶店で一服してたんだよそうしたらさ、ゾロゾロと一目であっちの奴等だって判るのがさ入って来たの。』

本間は、人差し指で頬にスジを引いた。

『そいつらの話を聴いてたのよ、そしたら尊が出所したって言ってるの、驚いたよ。』

本間の話では、出所する尊を迎えに行ったが、既に尊は一日前に出所していてその後の所在も判らず連絡もつかないらしい。

何日かが過ぎて、組事務所に尊が姿を見せ会長と話し合って引退を決めたという話だった

本間の言う話を整理するとそういう事らしい。

『徳ちゃん、尊は帰って来ると思うよ。もちろんこの街にだよ。』

『なんで、ここに帰って来ると思うんだよ。』

『当然でしょ、だって十六年、中に居たんだよ尊は、すっかり変わっちまった世の中の事だって解んないだろうし、足を洗ったってことは組の後ろ楯だって無くなっちまったんだからさ、それに彼奴は二親ともとっくに死んじまってるし兄弟もいないんだ、ここに戻るしか行く宛なんか有るわけねぇさ。』


 時計が昼を告げる頃、店内は馴染みのサラリーマン達で満席の状態になった。

二杯目の珈琲を飲み干すと、本間は帰って行った。

午後1時を過ぎると、客はいなくなり、店は静けさを取り戻した。


昼食時の混雑も終わり、夜の営業の為の仕込みが始まる。

厨房の責任者とバイトの女性が二人、それに取り掛かっていた。

徳田はカウンターに腰掛け、古い映画でも観るように懐かしい思い出に浸っていた。


 中学校の入学式で、初めて小田尊を見た時。

五月の終わり、全校あげての体力テストで抜群の身体能力を見せた尊。

毎朝一緒だった笑い声の絶えない通学路。

修学旅行の奈良で不良に絡まれた自分を助けてくれた尊。

水泳大会のリレーで、飛び込んだ途端にパンツが脱げてしまい、尻を出したままで泳いでいた尊。

尊を中心に皆んなが笑っていた。

その尊がヤクザになり人を殺し、長く刑務所に入り還暦を過ぎてカタギに成って帰って来る。

いずれ自分の前にやって来る尊に、どんな言葉をかけたら良いのだろう。

徳田の指に挟んだ煙草の先から、堪え切れなくなった灰が落ちた。

我に返った徳田は、心を決めた。

俺達は仲間だ、あの時もそしてこれからも。













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