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夢か現か  作者: 髙田龍
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《盃》

幹部会が終了した仁和会本部。

広い会長室中で佐々木と小田尊が二人向き合っていた。

『尊、堅気になるつもりか。』

『懲役も長かったんで、今の稼業のこともまったく判りませんし、歳もとりました。』

表情も変えず、尊は言葉を選び話し始めた。

佐々木が予想していたことだったが、あらためて尊本人から言葉として聴くと、思いは複雑だった。

尊は、話を続けた。

『勝手を言いますが、お願い出来ないでしょうか。』

佐々木は、ついにこう云う時が来たのかと思いながらも尊の気持ちを思いとどまらせる気持ちはなかった。

煙草の火を灰皿で揉み消してから、『中でおまえもじっくりと考えたんだろ、俺からどうこう言うつもりはない。』

『ありがとうございます。』

『なに言ってるんだ、おまえに礼を言うのは俺の方だよ尊。』


『あの時、おまえが俺と出っくわしてなかったら、間違いなくおまえはヤクザになんぞに成ってない。それに俺も、間違いなく殺されていた。もちろん組も無くなっていたろう。おまえは、俺の命だけじゃなくて、仁和会を救ってくれた。恩人だよ。』

尊は、佐々木の話を静かに聞いている。

『俺は、今でもあの夜の事ははっきりと憶えてる。』

『自分も憶えてます、人生何処でどう転がるか判らんものです。』

そう言うと、背広の内ポケットから紫の袱紗に包んだ物を佐々木の前に置き、ゆっくりと袱紗をめくる。

中の物は盃だった。

佐々木は、黙って手に取り懐に入れた。

二人の間には沈黙が横たわっていた。



〜昭和四十七年〜


小田尊は、大学受験を終えたばかりだった。

一週間を過ぎた辺りには結果も出る。

始まろうとしている学生生活を楽しみにしていた。

ある日の夜、杉並の住宅街に小田尊はいた。

尊は車がすれ違うことも出来ないような狭い道路を親類の家へ向かっていた。

街路灯もまばらな道路は暗く、先もよく見通せない。

その道路を尊の背後からすり抜けて行く黒塗りの外車。

それが左折して尊の視界から消えた直後のことだった。

パン!パン!という乾いた破裂音に続いて怒声が響く。

尊は音のする方に駆け出す。

乾いた破裂音がまた響く。


この音が銃声などと尊には想像もつかない事だった。

ただ、曲り角の向うで大変な事が起こっているという直感が、尊をつきうごかしていた。

角を曲がった時、その光景に尊は立ち尽くす。

黒塗りの高級車の窓ガラスは粉々になっている。

運転席の男は顔面から血を流していて動かない。

助手席のドアは開いていて、中から出ようとして道路に倒れている男の周囲は血溜まりが出来ている。

まだ中にいる男は、生きているようだった。

車を取り囲む男達は四人、それぞれが拳銃を手に中の男に狙いを定め、引鉄を引こうとしていた。

『佐々木!往生せいや!』

一人が車に向かって怒鳴ったとき、尊の身体が宙を舞いながら背中を向けている二人のうちの一人の首に腕を絡ませ、それを支点に体全体を振り子のように横回転させてもう一人に蹴りを入れる。

二人は飛ばされ、一人がブロック塀に激突して昏倒する。

もう一人は車の中に突っ伏していた。

尊は、間髪を入れずに車の屋根に飛び乗ると、反対側の二人がたじろいでるうちに、一人の顔面に正拳を打ち込み、最後の一人がわめきながら逃げようとするのを飛びついて倒し、馬乗りになりながら、拳銃を握る手を押さえながら殴りつづける。

下から反撃していた男も、やがて力尽き動かなくなる。

その男の歯が折れてとび散り、鼻は潰れ、口からは血が噴き出している。

尊は狂ったように拳を撃ち下ろし続ける。

『もういい、止めるんだ』

尊の身体を背後から抑える人間の声に、我に返ったとき、尊の下の男は、絶命していた。

この夜の抗争は、仁和会の会長が対立抗争中の関西の組織に襲撃されるという事件としてテレビや新聞が大きく取り上げた。

仁和会側の組員は二人が死亡。

襲撃した関西の組織の四人は、一名が死亡。

重体一名、二名が重傷だった。

死亡した一人を含めて四人全員が尊の攻撃による被害だった。

マスコミは、尊を仁和会の組員と報道した。

警察がそう認識していたからだ。

誤認である。

拳銃を使用した暴力団同士の抗争に一般の市民が、飛び込んで鎮圧しようなどということは普通あり得ない。

警察やマスコミが間違えたのは、仕方のないことなのかも知れない。

やがて捜査が進み小田尊は逮捕される。

過剰防衛と判断された。

死亡者がいるために、暴力団同士の抗争に巻き込まれた事なども考慮されたが、執行猶予は着かなかった。

世間が思うほど、《正当防衛》は免罪符とはならないらしい。

そこに《過剰》という文字が加われば、絶対に無罪放免とはならない。

彼が空手の有段者だという事が彼の身を護り災いとなった。


懲役五年。


人は、一瞬の先に起こる事も予知する事は出来ない。

宿命という抗えないものに縛られているのかもしれない。

尊の人生は、彼が予想もしていなかった方向へ転がり始めようとしていた。









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