第九話 六年前
三階建てとなっている冒険者ギルドの一階。
医務室、と書かれたドアプレートのある扉を潜ると、そこには一触即発の空気が漂っていた。
桃色のツインテールをユラユラと揺らし、鬼の形相で襲いかかろうとする少女、レナ。
それを押さえ付けているのは若葉色の髪の少年、レック。
そしてレナに敵意の籠った目で睨まれているのは初老の男性、テルウ。
ベッドで横になるカインはオロオロとどうすればいいのか分からない様子。その後ろでは魔法使いの女性、クリシュナと猫耳の少女、フィーナが騒ぎをのんびりと眺めていた。
「どうしてこいつも来るのよ!」
「落ち着け、レナ。あれには訳が─」
「どうだっていいのよそんなこと!いきなり現れて殴るなんて、あんまりじゃない!」
「お、落ち着いてくださいよ!ここには怪我人がいるっスよ!?」
レックの必死の説得で幾分か落ち着きを取り戻したレナ。そもそもレナは別に殴られた訳では無いのだが、それは置いておいて。
改めて、とテルウはカインに頭を下げる。
「先程は突然の無礼、失礼した。こちらにも訳があることを理解して欲しい」
「……気にしてない。油断した、俺の負け……」
「クックック、面白いな、君は」
未だテルウの目から警戒は消えない。消えないが、不信感は無くなっていた。
「さて、ではこれで失礼するよ。邪魔者は消えた方がいいんだろう?登録する時は受付に言えば受理されるはずだ」
では、と言い残して出ていったテルウ。
後には何とも言えない空気感が残っていた。
「あー、なんだ。色々とすまなかったな」
「謝って済むもんじゃないでしょ」
「お前が言うなお前が!」
テルウがいなくなった事で普通に戻ったレナ。既に回復したのか疲れている様子はない。
場所は変わったものの、負傷したカインと無事なハラルド達という構図自体は変わっていなかった。
「さて、と。長すぎて本題を忘れかけてたが。レナ、レック。これで満足か?」
「……わかった、わよ…………」
「自分も、一応はOKっス」
不承不承ながらも納得した二人。
そういえばそんな話だった、という言葉は流石に飲み込むカイン。
「じゃあ改めて話を戻そう。カイン、お前は森に住んでたんだな?」
「……うん。師匠と、二人で」
「やはり、師がいたか」
「……まぁ深くは聞かねぇ。事情がなんであれ、俺らはお前に出来る限りのことをする」
何度聞いても自分の耳を疑いたくなる事実に、重い沈黙が流れる。
言葉として、住んでいたという事実を理解しているものの、理性が、冒険者としての本能がそれを否定する。それほど、あの森は規格外なのだ。
「……俺は。俺の、目的は……」
「なんだ」
「弟に、会うこと」
■■■
空は晴天、雲は無く。
朝の穏やかな風が街を抜ける。
燦々と輝く太陽は街ゆく人を分け隔てなく照らす。
この少年も、その一人。
綺麗に整えられ、後ろに流した艶のある黒髪。
琥珀色の瞳は子供らしからぬ鋭さがあり、落ち着いた雰囲気もあり、大人のようにすら感じる。
この日の為に作られたオーダーメイドの服も、少年を大人びさせる要因か。
少年の隣にはもう一人、少年がいる。
肩の高さで切り揃えられた絹のような純白の髪。
透明感のある琥珀の瞳は子供らしい純粋な輝きがある。
顔こそ似ているものの、雰囲気が全く違う二人の少年。
兄、黒髪の少年の名をカイン。
弟、白髪の少年のかをアベル、
と言う。
二人は移動する馬車の中、隣合って座っていた。
向かいの席には二人の従者。
四人を乗せた馬車は今日の舞台、大聖堂へと向かう。
「……もうそろそろ着きます」
「御二方、準備はできてますか?」
「問題ない」
「うん、へーき」
ガタン、と一度大きく揺れると馬車が止まる。
従者の手を借り馬車を降りる二人。
その目の前には、大きな大聖堂。
正面上、巨大な門の上には逆さ十字に黒と白の羽が描かれたシンボル。そして、それを囲うように掘られた羽を持つ美しい人々の彫刻。
窓や壁にも意匠が凝らされている。
国の定める宗教、国教であるライトゥル教。その大聖堂に二人は降り立った。
朝方だというのに、中の賑わいが外からでも分かる。
二人は手を繋ぎ、しっかりした足取りで中に足を踏み入れた。
外に比べると比較的シンプルな作りの中は、子ども達とその親で溢れていた。
ステンドグラスが存在感を放つ正面は床が高く、数段上がった先には書見台のようなものが置いてある。その前には司教、左右には領主と司祭も立っている。
二人が従者を引き連れ一番前の席まで来ると、全員が立ち上がる。
「ではこれより、『初めの儀式』を行う。神に感謝を……」
そして神への祈りで儀式が始まった。
子ども達は名前を呼ばれると書見台の前まで行き、司教となにやら会話をする。
そして司教が大きな声で唱えると、子ども達は光に包まれる。
光が収まり再び司教と会話すると、親の元へ戻っていく。
これがどうやら一連の流れらしい。
既に十回ほどその流れを見たカインは長くなることを確信。
立ちっぱなしで付き合わされる父親に心の中で慰めを送っていた。
□□□
「次、カイン・シュライザー!」
ようやく名前を呼びれたカインは立ち上がり、出来る限り丁寧に、ゆっくりと階段を上る。
「緊張しなくていい。リラックスしなさい」
別に緊張もしていないが、と思っているとふと司教の横にいる父親と目が合う。
この街の領主であり、カインの父親でもあるエノク・シュライザーは悲しそうな目で、申し訳なさそうな視線をカインに送っていた。
(……別に。あんたが気にすることじゃないよ、親父殿)
カインの心の声は誰にも聞こえることなく。
覚悟を決めたカインの前で司教が唱えを始める。
「『主よ、我らが偉大なる主よ。どうか彼の者の色を示し給え』!」
瞬間、今までで一番の光が起こる。
カインを中心に発生した光は聖堂を埋め尽くす。
ようやく光が落ち着くと、右にいた司祭がカインの目を覗く。
そして。
「なっ、くっ、黒色!」
「……」
司祭のその言葉にざわめきが走る。
「い、忌み子だぁっ!!」
筆が乗らねぇ!でも頑張るから見てくれ!
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