第四話 二度目
レナの視界に鮮血が舞う。
レナは今更になって動き始める体に苛立ちを覚えながら、来るはずの痛みが来ないことを不審に思い、目を動かす。
左後ろには庇おうと飛び出した不思議な服装の男、シロウ。シロウは腰に差した刀の鯉口を切るところ。
その背後にいたそばかすの少年、レックはボーッと突っ立っている。
その反対、右後ろにはパーティのリーダー、ハラルド。
ハラルドの手はレナの肩にあり、レナの体を引っ張っていた。
その後ろにいる女性、ゆったりしたローブにとんがり帽子の魔法使い、クリシュナは杖を掲げて詠唱の途中。
最後に、正面。
視界を覆うのは鮮血の色。そしてその中にチラつく黒色。
更に下へ目を動かせば、ボロ布のような服。
倒れ込むレナの正面、迫り来る魔物との間。
黒髪黒目の少年、カインが背後から飛び出し、レナを庇っていた。
「ぐっ」
苦悶の声を漏らすカイン。
その腕には魔物の鉤爪が刺さっており、ポタポタと血を滴らせている。
「っガキ!」
「……問題、無い」
痛みに耐えながら応えるカイン。
カインは鉤爪を強引に振り払い、魔物を蹴り飛ばす。
「『ウィンドカッター』!!」
「ふっ!」
吹き飛んだ魔物に風の刃が飛ぶ。追撃の為に抜刀したシロウが駆ける。
魔物が起き上がる暇もなくシロウの刃が魔物を襲う。しかし。
「む、硬いな」
「『大地の自縛』」
「助かる!」
シロウの刃は魔物を両断することが出来ず、魔物は反撃に出ようとする。
しかし地面に足が着いた瞬間に魔法使いの女性、クリシュナの魔法で魔物は動きを封じられる。
地面から生えた土の鎖によって動きの止まった魔物に、シロウは丁寧に刃を振るう。
空を裂いた刃は暴れる魔物の右腕を切り落す。
「グルウゥゥゥゥゥゥゥ」
「どいて!」
「ぬおっ!?」
苦悶の声を上げる魔物に再び刃を振ろうとしたシロウの後ろからそんな声とともに熱量が迫る。
間一髪、真横に飛んだシロウのすぐ横を灼熱が通る。
先程とは比べ物にならない熱量の炎が魔物を飲み込み、炎のドームが形成された。
炎は消えることなく留まり、段々と圧縮され小さくなっていく。
「クリシュナ!」
「『アースクレイドル』」
レナの合図でクリシュナが放った魔法が炎のドームを更に包むように現れる。
地面から現れた土の壁は瞬く間に炎のドームを包み込んだ。
「衝撃に備えて!」
レナの声とほぼ同時、分厚い土の壁が爆発する。
凄まじい衝撃が広がり、土埃が舞いあがる。
「っ、やりすぎだぞ、レナ!」
「やりすぎで十分!完全に消してやるわ」
あまりの衝撃に思わず愚痴るハラルド。しかしレナは聞く耳を持たず、殺意の篭った目を未だ燃え盛る炎へ向けていた。
その目にはうっすらと涙が溜まっている。
「私のせいでまた誰かが死ぬなんて御免よ!」
炎が完全に途絶え、熱気が収まる。
爆発のあった地面は抉れ、黒焦げている。その中心には黒く焦げた何かがあった。
端から崩れ始めているそれは、未だに息絶えていなかった。
「まだ生きてやがる……」
「もう瀕死よ。次で終わりにしてやるわ」
あれだけの猛攻を受けて尚生きている魔物に唖然とするハラルド。瀕死とはいえこれほど強靭な魔物は歴の長いハラルドからしても稀である。
三度目となるレナの炎によって今度こそ息絶えた魔物。
「思わぬ強敵であったな。少年は無事か?」
「応急処置はしたっス。これで死ぬ事は無いっすけど、早めにちゃんと治療した方がいいっス」
「ポーション使えばいいじゃない、予備はまだあったはずよ!」
「子供相手にポーションは危険だ。お前だってよくわかってるだろ」
「でもっ」
土だらけになったシロウがカインの安否を問う。
応えたのは若葉色の髪の少年、レック。
息の荒いカインの両腕には包帯が巻かれており、既に血が滲んできていた。
年端のいかない少年の痛々しい姿に、レナは歯噛みする。
回復のポーションは劇的な回復薬だが体力と魔力を大幅に消費する。それは子供にとって命取りになりかねない。
散々教えられた情報。それを承知でも使いたくなるほど、カインの様子は痛々しかった。
「別にお前のせいじゃねぇ。油断もしてなかった。ただ敵が強かった、それだけだ」
俯くレナの頭を撫でるハラルド。仮にも上位の冒険者である自分たちが子供に二度も救われたことは、重くのしかかっていた。
「よし、行程を改める。ガキの治療もそうだが、あまりにも敵がイレギュラーだ。最終的な決定は依頼主次第だが最短で今日の夜には街に行くつもりでいてくれ」
昼前の化物に続き、今回。連続するイレギュラーな状況にパーティのリーダーであるハラルドは判断を下す。
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「と、ご説明した通り、行程を大幅に短縮したいと思っています」
「具体的にはどの程度まで?」
「最速となると今夜には。時間を掛けても明日までには街に入りたいと思っています」
「なるほど」
馬車の中。
ぎこちない様子のハラルドが丁寧な言葉遣いで喋る。
対面するのは二人の女性。
会話に応じるのはハラルドから見て左に座る女性。黒いロングドレスに白いフリル付きのエプロン、頭にはブリムを付けている、典型的なメイド。
整った顔立ちに表情は無く、淡々と会話に応じていた。
メイドの女性は隣にいる少女に視線を向ける。
動きやすさを優先した装飾の少ないドレスに身を包み、不安げにメイドの女性の腕にしがみつく幼い少女。
その少女はメイドに向かって頷く。それだけで意図を察したのか頷きを返すメイド。
「分かりました。最短でお願いします」
「ありがとうございます。休憩は今まで通り取る予定です」
「問題はありません」
「では。揺れが激しくなるのでご注意ください」
馬車を降りたハラルドは大きなため息をつく。
その顔にはでかでかと疲労が滲んでいた。
「どうなったの〜?」
「許可が下りた。最速で行く」
「おっけーい」
「よし、最終確認をするぞ」
全員を集めたハラルドは出発前の確認をする。
確認といっても、結局は全速力で馬車を走らせ、ハラルド達がそれに併走するだけという簡単なもの。
「俺とシロウ、フィーナは通しだ。ペースに気をつけろよ。レナはクリシュナと交互で走れ。レックは御者だ」
そして、と言葉を切ったハラルドの目線の先には弱った様子のカイン。
怪我を負ったカインをどう運ぼうかと思い悩むハラルド達。
御者台は揺れる為、怪我人を運ぶのには向いていない。依頼人と一緒に馬車の中に入れる訳にも行かないので、誰かが背負うしかないのだが。
「某が背負う。それが一番であろう」
「……わかった。頼むぞ」
あまり時間もない。個人に掛る負担を度外視にしてでも早く街に着くことを優先したハラルド達はシロウにカインを背負わせる。
「では、出発する!」
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