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「母上、おはようございます」
星雲学園の制服に着替え、朝の台所へと入ってきた金髪美男子が爽やかに言った。
時間はやや遡り、龍王院彩音が大慌てで学園に登校する準備をしていた頃。
彩音の住む家と同じ町内にあるマンションの一室。
「おはようございます、上様!!」
台所に居た小学生高学年ほどの黒髪ストレートのメイド服女児が、元気よく挨拶した。
「こらーーーっ!!」
キッチンに向かって朝食の調理にかかっている同じ年頃の栗毛ショート、メイド服女児が怒った。
「メグ、上様じゃない! 王子でしょ!!」
ストレート女児、メグがペロッと舌を出す。
「あっ! そだ、王子!」
「また、夜中まで時代劇を観てたでしょ! しょーがないわね!」
「むー。だって『暴れまくり将軍』メチャクチャ面白いんだよ! モグも観れば分かるよ!」
「私は観ない! サイラス王子、おはようございます!」
ショートカット少女、モグがフライパンをIHに置き、学生服の美男子サイラスに丁寧に頭を下げた。
サイラスが2人の少女を交互に見つめ、両腕を胸の前で組む。
「メグ、モグ。何度も言ってるだろ。この世界では、僕は王子じゃない。名前もサイラスじゃなくて、田中英雄」
「でもでも!」とモグが右手を挙げる。
「お家の中では、本当のお名前でお呼びしたいです!」
「うんうん!」
メグも同調する。
「私もお呼びしたいです! だってサイラス王子はサイラス王子ですから!」
「さっき、上様って呼んでたくせに!」
「もー! 余計なこと言わないで、モグの意地悪!」
2人がお互いを小突き合い、揉め始める。
「おやめなさい!」
テーブル前の椅子に座り、優雅に紅茶を飲んでいる美女が叱責した。
サイラスより歳上。
絹の如き、きめ細やかな肌艶。
キラキラと輝くブロンドヘアーは、張りのある豊満な胸の辺りまで伸びている。
他の3人と違い、彼女はまるで中世の貴族のようなドレス姿だった。
美女の言葉に2人のメイドが跳び上がり、居住まいを正す。
「サイラス」
ブロンド美女が言った。
「召し使いたちが正しいわ。田中英雄なんて…悪い冗談ね」
「母上」
サイラスが、ため息をつく。
「この世界に合った名前にしなければ。母上は田中和子ですよ」
「か、和子!?」
「良い名前です。気に入りませんか?」
「わ、悪いわけではないわ。ただ私には…しっくりこないの! どうせこの世界の人間の記憶は魔法で改竄できるのですから、私はマレーネ、あなたはサイラスで構わないでしょ?」
「いいえ。ただでさえ、我々は容姿がこの国の者たちとは違います。出来うる限り違和感を無くしておかないと」
「私が『田中和子』の方が違和感あるでしょう!!」
「母上は、この日本と別の国とのハーフという設定です。私はクォーター。いちいち広範囲に魔法をかける手間を省くためにも『田中和子』に慣れてください」
「い、嫌です!」
マレーネが首を横に振る。
そこでハッとなった。
メグとモグを指す。
「その者たちは!? 召し使いたちの名前は、そのままではないの!」
メグとモグが、顔を青ざめさせる。
思わぬ飛び火だ。
「うーむ」
サイラスが腕を組み、首を傾げる。
「そうだ!」
手をポンと打った。
「ウメとタケにしましょう!!」
「ウ、ウメ!!」とメグ。
「タ、タケ!!」とモグ。
2人が口を開け、固まる。
「とにかく、この世界に溶け込む努力をせねば。今のところはカルナディアに戻る見込みも無いですし」
「まあ!!」
マレーネの両眼が三角になる。
「あなたが諦めてどうするのです! ファンドリア王国の正統王位継承者たるあなたが!!」