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(ウーちゃん、どうしよう!?)
慌てる彩音に、ウーはまるで日常会話のような口調で答える。
(あー。いちいち、かわしてっと時間かかるからねー)
ここで彩音が攻撃を避ける。
再び弧を描く、光の円盤。
(ウーちゃん!?)
(彩音の元の世界へ帰りたい気持ちがめちゃくちゃ強いから、初期値が高いんだよね)
(?)
(必殺技の発動条件のエネルギー値のこと。オッケー! 今、何回か攻撃を避けたから条件を満たしたよ)
(な、何を言ってるの!?)
(円盤よりも、操ってる奴を叩くの! 今から必殺技で、あの高慢ちきな女の鼻をへし折ってやる!!)
(ええ!?)
彩音が戸惑う。
ウーの力により、自らが異常な強さになっているのは実感している。
しかし、その。
必殺技となると、全くイメージ出来ない。
(技はー、ふむふむ。これにしよ! 蠍座!)
ウーがそう言った瞬間、光の円盤を何度もかわす彩音の脳内に、ひとつの技の姿が浮かんだ。
(さあ、とっとと片付けるよ、彩音!!)
(う、うん!!)
円盤が後方へと抜ける隙を突き、彩音がリディアに向けて走りだす。
光の円盤から逃げるだけで精一杯と思っていた彩音の突然の逆襲に、リディアは虚を突かれた。
が、すぐさま両手のひらに魔法のシールドを発生させ、敵の攻撃に備える。
「銀河十二星座拳、奥義その8!!」
彩音が叫ぶ。
(まずは鋏から!!)
ウーも叫ぶ。
彩音の左右の手刀が、リディアの両側面より打ち込まれた。
女神の両手が開かれ、左右それぞれのシールドが攻撃を食い止める。
それと同時に彩音の背後から、2つの円盤が迫ってきた。
(よし!!)
リディアが、ほくそ笑む。
敵の左右の打撃は強力だが、先ほどよりも魔力を注ぎ込んだ上位のシールドなら、しばらくは堪えられる。
このお互いの両手が塞がれた状況で有利なのはリディア。
何故なら動きの止まった彩音を円盤で攻撃可能だからだ。
(勝った!!)
そう確信した瞬間。
「スコーピオッッッッッ!!」
彩音の大咆哮。
しなやかな動きで彩音の上半身が下へと倒れていく。
左脚のみで立つ状態。
そして、地より離れし右脚は?
バレリーナやフィギュアスケーターの如く反り返った彩音の白く美しい右脚が、前傾する身体の後方から、まるで蠍の尾の毒針のように女神の眉間に突き刺さった。
両腕の鋏の攻撃より続く、猛毒を有する尾を用いし、必殺の一撃。
「ぐはっ!?」
束の間、何が起こったのか理解できないリディア。
次の瞬間。
その頭が後方へと吹っ飛び、両脚が地を離れた。
女神の長身が高速で何度も縦回転し、一見、どこまでも続く青い空間の透明な壁に逆さまで大の字に激突した。
リディアの背後の空中に、無数のひびが走る。
「お…」
顔面蒼白のリディアが呻いた。
「おのれ…こ、小娘が…」
ゆっくりと身体がずり落ち、仰向けに倒れる。
両手を地に突き、立ち上がろうとするが全身が震え、ままならない。
リディアが這いつくばる間も、空間に入ったひびはどんどん広がり、割れた鏡の如き破片をボロボロとこぼした。
剥がれた部分には、真っ黒な闇が覗く。
リディアは前方に出現した穴、その暗闇へと這い進む。
数多の世界を救ってきた輝かしい経歴を持つ正義の女神とは思えぬ、なりふり構わぬ無様な逃走。
しかし、それほどに。
リディアは深刻なダメージを受けていた。
小娘に背と尻をさらすは屈辱。
だが、今は生き残るのが先決である。
歯を食い縛り、美貌の崩れた必死の形相で匍匐する女神の姿を仁王立ちした彩音が見つめていた。