37
((殺す!!))
「やめなさい!!」
「彩音ちゃん!!」
ヘレスの前に飛び込んだ2人。
春人と風香だった。
「え!?」
激怒していた彩音が戸惑いを見せる。
急速に闘気が萎んでいく。
「事情は全く分からないが」
春人が口を開いた。
「親がここまで謝ってるんだ。これ以上の暴力は必要ない」
「暴力って…その女が春人さんたちを巻き込んだんだよ! それに強制的に私を転生させようとして! 私は2人と離れたくないから、こんなに…」
「離れたくない気持ちは私たちも同じよ」
風香が彩音を抱きしめる。
優しく彩音の頭を撫でた。
すると安心感からか、彩音の瞳が潤み、涙が溢れ落ちた。
「ああ、俺たち3人は絶対に離れない。ずっと、いっしょだ。」
春人が頷く。
そして、ヘレスとリディアを指した。
「もう、この人たちを傷つける必要はない。戦いは終わったんだ」
「でも」
彩音が地に伏す2人をにらむ。
「信用できないよ」
「そうだ、そうだ!!」
突然、ウーの声が全員に聞こえた。
彩音の身体から、その声は聞こえてくる。
サイラスとモグ以外は、得体の知れない声に驚いた。
「そうよ。リディアの母親なんて」
彩音が繰り返す。
今までのリディアの所業からすれば、彩音たちの疑心は当然ではあった。
このまま2人を見逃せば、再びこの世界へと攻め込んでくるのではないか?
サイラスは顔をしかめた。
リディア親子が今後、悪行をしないという確証がないのだ。
ずっと見張り続けるわけにもいかず、これでは彩音たちの不安も無理もなかった。
落とし所がない。
「やっぱり…殺すしかないよ」
ウーの声が再び憎悪に染まる。
彩音の闘気が辺りを支配しようと膨らみ始めた。
彩音とウーが本気になれば、サイラスとモグが止めるのは不可能。
彩音はリディアとヘレスを瞬殺するだろう。
しかし、それは春人と風香からすれば、由々しき事態だ。
彩音が殺人を犯した事実が残る。
たとえ相手が異世界の悪人だとしても。
リディアの母親であるヘレスの心中を自分たちの彩音に対する親心と同じと感じている春人と風香には、つらいものがあるだろう。
もしも逆の立場だったなら。
そう春人と風香は考えているのではないか?
サイラスは悩んだ。
これは困った状況になった。
皆が納得できる結末…。
(おーい!!)
突如、全員の頭の中に、中年男性の声が響いた。
「お、親父!?」
ウーが驚く。
「ウーのお父さん!?」
彩音も戸惑う。
この声を聞くのは、初めてウーと話した時以来だ。
(俺が見張っててやるよ!!)
「え!? 親父が!?」
(ああ。別に大変じゃないし。この2人が約束を破った瞬間に、俺に分かるようにしておく)
「何だよー! それならもっと最初の方で介入してよ! そしたら、この世界での日常をもっと堪能できたのにさ!!」
(あのなー。世の中にはいろんな決まりや手続きがあるんだよ! それなりの条件を満たさないと出来ないことが)
「はいはい、もういいよ!」
(何だ、その態度は!! せっかく俺が出張って収めてやろうとしてるのに!!)
「はーい、パパありがとー、またねー!」
(なっ…ま、まったく…)
それきり、ウーの父親の声が聞こえなくなった。
「彩音、親父がそのバカ2人を見張ってくれるって。今回は春人さんと風香さんの顔も立てて、我慢しようよ。どう?」
「うん…分かった…」
彩音が頷いた。
彩音とウーの殺気が、あっという間に小さくなる。
春人と風香が、ホッとした表情を浮かべた。
地に伏せたヘレスも、同様に安堵を見せる。
リディアは泣きながら、項垂れている。
サイラスが彩音の側に立った。
「彩音さん」
「サイラスくん」
ようやく彩音に笑顔が戻った。
「これで一件落着かな?」とサイラス。
彩音が頷く。
「本当にありがとう」
彩音の礼に、サイラスは頬を赤らめた。




