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駆け寄った彩音にサイラスが「だ、大丈夫だっ」と返事する。
リディアが放った魔法は彩音を痛めつけるためのもので、殺傷効果は低い。
サイラスもそれ故に怪我はしていなかった。
「サイラスくんっ!!」
彩音の瞳から、再び涙が溢れ落ちる。
「ど、どうして!?」
「き…君が」
サイラスが両手を地に突き、何とか起き上がった。
「す…好きなんだ」
「え…?」
彩音が驚き、固まる。
(キターーーーーッ!! このタイミングで告白すんの!?)とウー。
「それに…」
サイラスが彩音の前に立ち、庇う。
「僕も君と同じだ…」
「え…?」
「誰かを…救えないのは…もう嫌なんだ…助けられないのは…2度と…」
「サイラスくん…」
「僕は君を失いたくないし…君が大事なものを失うところも見たくない…僕が君の全てを守る!!」
(やるじゃーん! 顔はアタシの好みじゃないけど)
(ウーちゃん!!)
(へーい)
「何をゴチャゴチャとやっておる!!」
リディアが怒鳴った。
彩音とサイラスをにらみつける。
再び、右手のひらを2人に向けた。
「その関係ない男も痛めつけてくれようぞ!」
リディアが1歩前進した、その時。
リディアの背後から飛びかかる、ひとつの影。
「なっ!?」
瞬時に気配を察知したリディアが振り返るが。
その影が右手に持つ魔法の剣が、春人と風香を縛るエネルギー体とリディアを結ぶ中間の辺りを切断した。
春人たちの身体に巻きついた光が消失する。
空中の影、すなわちモグは着地し、素早い動きで春人と風香の手を取り、再び地を蹴った。
3人がリディアから離れる。
サイラスの願いを聞き届けたモグのファインプレー。
リディアが呆然とし、モグたちの方へ1歩踏み出そうとする。
が。
そこで動きが止まった。
リディアのすぐ背後に。
すさまじい闘気を放つ者が立っていた。
リディアの顔を冷や汗が、ひと筋流れ落ちる。
リディアには背後に立つ者が誰なのか、もう分かっていた。
そして、この後に何が始まるのかも。
「銀河十二星座拳、奥義その5!!」
リディアの後ろに立つ彩音が叫んだ。
リディアが振り返る。
「レオーーーーーーーッ!!」
彩音の大咆哮。
その声の衝撃で波打つリディアの顔面に、彩音の初撃、右ストレートが叩き込まれた。
「ぐえっ!!」
リディアの歯が折れ飛び、上半身が後ろへ反り返る。
途切れそうになる意識の中、リディアは防御呪文を発動しようと口をパクパク動かした。
しかし声は出ず、歯を折られた歯茎から血が吐き出されるのみ。
後方へ倒れるリディアの頭を彩音の左手が鷲掴みにした。
無理矢理、引き起こされたリディアの顔面を再びフルスイングの彩音の右拳が捉える。
今度こそリディアは後方に倒れ、美しい身体が縦に一回転した。
(こ、このままでは)
リディアは焦った。
(死ぬ!! 正義の女神たるわらわが死んでしまう!!)
それはあってはならないこと。
リディアの敗北は今まで救った幾千、幾万の世界の平和が崩れ去るのと同じ。
自分が死ねば、あらゆる世界の正義を誰が守るというのか!?
両脚を踏ん張り、着地しようとしたところに彩音の右飛び膝蹴りが、リディアの顎を粉砕した。
顔を仰け反らせ、身体が上方へとかち上げられる。
「ぎゃっ!!」
女神の悲鳴。
その腹部に彩音の右正拳が突き刺さる。
身体をくの字に曲げ、リディアが吹っ飛んでいく。
地面に落ち、延々とバウンドを繰り返した後、ようやく止まった。
「うがっ…ぐげっ…」
血を吐きつつ、リディアが両手を地に突いた。
顔を上げようとする。
視線の先に彩音の靴と足首が見えた。
這いつくばった状態で見上げると、彩音が仁王立ちでこちらを見下ろしていた。
逆光になって、顔が見えない。
しかし両眼が強烈な赤い光を放ち、全身からは湯気を上げるほどの闘気が立ち昇っている。
圧倒的戦闘能力。
万にひとつも勝ち目がないと、リディアは一瞬で理解した。
龍の逆鱗に触れたのだ。
開けてはならない箱を開けたのだ。
もう、どうしようもない。
おそらく逃亡する呪文の冒頭を口にした瞬間、頭を叩き潰される。