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「春人さんと風香さんには何もしないで!!」
彩音がフラフラと前に出て、リディアに膝を屈した。
頭を下げ、懇願する。
「アハハハハ!!」
リディアは興奮を隠せない。
最高の気分。
あれほど頑なに抵抗していた彩音が、今や何も出来ない。
ついに猛獣を手懐けた。
自分が従順なペットになるしかないと認めさせた。
これで彩音を勇者として、異世界に送り込める。
悪に苦しめられる世界をまたひとつこの手で…正義の女神リディアの名の下に解放するのだ!
これこそ、至上の喜び!!
あらゆる多元世界を救ってみせる。
そして全ての世界が女神リディアを賛辞し、敬うのだ!!
「ならば、わらわの勇者として異世界へ旅立つのじゃな?」
リディアの言葉に彩音はガックリと項垂れた。
「分かった…あなたの言う通りにします…」
(彩音!?)
ウーが慌てる。
(本気なの!? この世界に居られなくなるよ!!)
彩音の両眼から涙が溢れ、頬を濡らした。
(それでも…春人さんと風香さんを守りたい…もう2度と大切な人たちを…失いたくないから…)
(彩音…クソッ!! バカ親父がもっとリミッターを解除してくれてば、あんな女、瞬きしてる間にボコボコに出来るのにっ!!)
ウーが悔しがる。
「ちょっと待て!!」
春人が割って入る。
「まさか俺たちを人質に、彩音に何かを強要してるのか!?」
リディアをにらみつけた。
「はぁ、うるさい人間じゃな。殺されたくなければ、しばし黙っておれ」
「春人さん!!」
彩音の悲痛な叫び。
「彩音!! 俺たちのために無理をするな!!」
「そうよ、彩音ちゃん!!」
風香も叫んだ。
「私たちはあなたの足枷になりたくない!!」
「そ、そんなこと言っても…死んじゃうんだよ!!」
春人と風香はお互いに見つめ合い。
頷き合った。
「どんなことがあっても…俺たちは彩音が1番なんだ! お前に幸せになって欲しい! 俺たちのために自分を犠牲にするな! 道を踏み外すな!!」
「そうだよ、彩音ちゃん!! 私と春人さんは彩音ちゃんのためなら、何だって出来る!!」
「いやーっ!! そんなの…居なくならないで!! またあんな思い…堪えられないよ!!」
彩音の涙が、さらに溢れ落ちる。
「それでも」
春人が表情を引き締めた。
真剣な眼差しで、へたり込む彩音を見つめる。
「こんな理不尽で卑怯な取引に応じては駄目だ! こんな…クズ中のクズの言うことを聞いてはいけない」
「ク、クズ!?」
リディアが眉を吊り上げた。
額の血管がビクビクと脈打つ。
「人間の分際でわらわをクズ呼ばわりしたのか!? この虫けら、万死に値するぞ!!」
リディアが激昂する。
「人質は2人おる。この生意気な男は殺すか」
「やめてーーーーーーっ!!」
彩音が大絶叫した。
「異世界でもどこでも行くから、春人さんは殺さないで!!」
彩音がリディアへと走りだす。
「むっ!?」
リディアが慌てる。
しかし彩音の様子を見て、ほくそ笑んだ。
いつものすさまじいスピードも無ければ力強さもない。
ただただパニックを起こし、自らの恩人へと向かって、まろび出たに過ぎない。
隙だらけの間抜けな疾走。
恐怖に歪む彩音の顔を見て、リディアの今までの恨みが頭をもたげた。
(異世界へ送る前に少々、痛めつけてやるか)
リディアの口角がニヤッと上がった。
春人と風香を縛った魔法のロープを左手に持ちつつ、右手のひらを向かってくる彩音に向ける。
「くらえっ!!」
リディアが叫ぶと同時に、手のひらから雷撃が走った。
ふらつき走る彩音に魔法が直撃するかと思われた瞬間。
彩音の前にサイラスが飛び込んだ。
雷撃を受けたサイラスは苦痛の叫びを上げ、その場に倒れる。
「サイラスくん!!」
彩音が叫ぶ。
春人と風香を人質に取られたパニックから、ようやく抜け出した。




