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気づけば彩音は青々とした何もない空間に立っていた。
数秒前にトラックにはねられたはずだが…。
眼の前に彩音と同程度の身長の女が立っている。
透き通るような白い肌に、エメラルド色のウェーブした長髪。
頭には赤い宝石をつけたティアラが載っている。
美しく整った顔でも一際印象の強い、やや潤んだ青い瞳が真正面から彩音を見つめた。
完璧なプロポーションの肉体をやたら面積が少ない薄青のドレスに押し込めていた。
突然の場所移動と眼前の女の欧米人のような容姿が、混乱する彩音の眉間にしわを寄せた。
すなわち。
「何なの、この状況!?」である。
「勘の良い者なら」
女が口を開いた。
何とも耳障りの良い声。
そして、日本語だ。
「もう分かるじゃろう?」
女の口元が薄く笑った。
返事しない彩音に、焦れたように女が続けた。
「異世界転生というやつじゃ」
彩音が首を傾げる。
「異世界転生?」
「何じゃ、知らぬのか?」
女の顔が曇った。
「お前は死んだのじゃ。そして、その魂をわらわが救った」
死んだ…。
彩音の脳裏に先ほど突っ込んできたトラックが甦ってくる。
あれは、やっぱり現実で。
私は死んだの?
「これからわらわ、この女神リディアがお前を勇者として別の世界に転生させる。その世界を悪から救うがお前の使命じゃ」
「断る」
「まあ、いろいろと分からないじゃろうが、現地に行ってから追々、覚えれば良い。わらわも全力でサポートして…」
そこまで言ったリディアの言葉が止まった。
両方の眉がゆっくりと吊り上がっていく。
「今…何か言ったか? よく聞き取れなかったが」
「断る」
彩音がきっぱりと言い切った。
リディアの美しさとは違う東洋的な整った顔が、凛とした輝きを放つ。
そこには一歩も退かない強い意思が見てとれた。
「そうか、そうか」
リディアの両眉が、ゆっくりと元の位置に戻る。
気持ちを落ち着けるべく、1度深呼吸する。
「突然の出来事に動揺しておるのじゃな。まあ、無理もない。異世界転生は初めてじゃろうし、大目に見てやろう」
「………」
「お前はもう死んでおるから、わらわの提案を拒否できぬ。わがままは言わずに素直に異世界に」
「断る」
「てめーーーーーーっ!!」
リディアがブチキレた。
美しい顔が激しい怒りに歪む。
美貌が台無しだ。
「女神様に逆らってんじゃねえぞ! このボケナスがっ!!」
「………」
彩音はリディアの罵倒に答えず、しばらく女神の荒い息遣いだけが青い空間に響いた。
「お前」
やや落ち着いたリディアが再び口を開いた。
「わらわの話を聞いておったか? お前は死んで魂だけの存在になったのじゃ。それをわらわが勇者に転生させてやろうと言っておる」
「………」
「その世界では、とんでもない悪党がのさばっておるのじゃ。それをお前がバッタバッタとやっつけて平和を取り戻す」
「………」
相変わらずの無言で無表情の彩音。
女神の美しい右眼の瞼がピクピクと震える。
また爆発しそうになるのを必死に抑えているのだ。
「それ以外の選択肢はない。わらわの申し出を断れば、お前の魂は通常のコースに戻って、冥府へと旅立つ。それでも良いのか?」
「それも断る」
リディアの口が、あんぐりと開いた。
数秒の静寂。
「そんな勝手が許されると思うのか?」
ようやくリディアが二の句を継いだ。
彩音は答えない。
強い眼力で女神を見つめている。