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「僕は彩音さんの友達です」
「えー?」
風香が眼を細める。
「何だ、風香?」と春人。
「私は今までずっと彩音ちゃんの面倒を見てきたんですよ。云わば姉のポジション」
「姉って…年齢的に、素直に母親で良いのじゃないか?」
春人が首を捻る。
「嫌じゃー!!」
風香が春人に掴みかかった。
「お姉さんにしてくれーい!!」
「うわー!! 分かった、分かった! お姉さんだな! お姉さんのポジションからの意見を言ってみろ!!」
「あっしの見立てによりやすとねー」
「お前は岡っ引きなのか!?」
「彩音ちゃんは田中くんのこと、まんざらでもありやせんぜ!!」
「な、何ーーーーっ!?」
春人が両眼を吊り上げる。
「ふ、風香さん!!」
彩音が真っ赤になって抗議する。
「ほらほら、赤くなってる!」と風香。
「田中ーーーっ!!」
春人がサイラスに掴みかかった。
「お、お父さん、落ち着いてください!」
サイラスが慌てる。
「お前にお父さんと呼ばれる筋合いはなーい!!」
「ケケケ!!」
「ふ、風香さん、笑ってないで春人さんを止めてよ!!」
彩音が春人を羽交い締め「ちぇっ」と不満げな風香が作った夕食をサイラスも含めた4人で食べ、その後は平穏に時間が過ぎた。
リディアは自らが支配する空間の玉座で座り、激しい憎悪に美しい顔を歪めていた。
またも彩音に敗れた。
かつてこれほどの屈辱を受けたことなどない。
もはや手段を選んではいられない。
どんな卑怯な手を使おうとも彩音を転生させ、勇者にしなければ。
異世界を救うという目的さえ、今はどうでもいい。
この美しい正義の女神に逆らう者が存在するという現実が、どうしても許せなかった。
絶対に屈服させてみせる。
リディアは策を練るため、もう一度、魔法の力で彩音の素性を洗い直した。
「フハハハ」
突如、笑いだすリディア。
「見つけた! 見つけたぞ!」
リディアの双眸が興奮で血走る。
「これが小娘の弱点か」
リディアが注目したのは、彩音の保護者である春人と風香。
現状、卑怯などというものはない。
とにかく、彩音を勇者にさえすれば良い。
作戦を考えるリディアの顔が、次第に満足げに微笑んでいった。
(やっぱり来たよ…)
ウーが呆れた。
(アタシはこの世界で日常生活が楽しみたいわけよ。それなのにこんな頻繁に、このクソ女(失礼)がやって来ると、こいつを追い返す係みたいになってやしませんかねー。彩音、お分かり?)
ウーの口調には棘がある。
「ご、こめん」
彩音が謝る。
頭の中で答えたつもりが、思わず口で話してしまった。
「え!?」とサイラス。
彩音の横に立っている。
サイラスの後ろには、影のようにモグが控えていた。
午前中、最後の授業中にまたもや、時が止まった。
グラウンドへと向かう彩音にサイラスがついてきたのだ。
彩音とリディアの戦いの詳細を知ったからには、全面的に同級生に加勢すると決めていた。
同級生…否、それ以上の感情が自分にあるとサイラスは自覚している。
彩音を異性として意識していた。
完全なる恋愛感情。
しかし、まだ告白する勇気はない。
友達として会話しだしたのも、つい最近だ。
とにかく、異世界の女神とやらから、想い人を守らねばならない。
「あ、サイラスくんじゃなくて、ウーちゃんに謝ったの」
彩音が説明する。
「なるほど、ウーちゃんに」
サイラスが頷いた。
「彩音さんの中に居る別の生物だね」




