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「田中くんは異世界から来たってこと?」
彩音の言葉にサイラスは頷いた。
リディアのこの世界への干渉が解け、元の状態に戻っていた。
夕暮れ時。
彩音の帰路をサイラスが送りながらの会話だった。
「僕の故郷はカルナディアという」
サイラスは今までの経緯を簡単に説明した。
「田中くんじゃなくて…サイラス…くん?」
「そう」
彩音は一瞬、戸惑った。
が、すぐに笑顔になる。
「そうなんだ。何だか不思議な感じ」
クスッと笑った。
「でも、リディアと戦ってる今なら、田中…サイラスくんの話もすんなり信じられるよ。異世界や魔法は本当にあるから」
夕刻の街並みをバックに、夕陽に照らされ輝く彩音の笑顔にサイラスはドキッとした。
あれだけモグに止められたのに、結局は彩音を助けてしまった。
眼の前で自分を庇って死んだアリアが頭を過ったからか?
確かにそれもある。
だが、今回はあの時と決定的に違うところがあった。
それはサイラスが彩音に恋愛感情を抱き始めていること。
純粋に彼女の守りたいと思った。
「あの女は、また来る?」
顔が赤らむのを誤魔化すため、サイラスは慌てて彩音に話しかけた。
「うん」
彩音が頷く。
「たぶん…来ると思う」
「じゃあ、僕は彩音さんに協力するよ」
「え!?」
「龍王院」ではなく「彩音」と呼ばれたことと、意外な申し出の両方で、彩音は驚いた。
「そんな…サイラスくんには関係ないのに…それは申し訳ないよ」
「全然、そんなことない!!」
サイラスが強い口調で断言した。
「彩音さんが危険な目に遭うのを見過ごせないよ」
サイラスの真剣な表情に、彩音は思わず眼を赤らめた。
「サイラスくん…」
2人の間に何だかポカポカとした静寂が訪れた。
どちらも口を開けない。
でも心は温かく、心地が良い。
ずっと2人で、こうして歩いていたい。
突然。
「彩音ちゃーん!!」
女の元気な声が響いた。
彩音がハッと振り返る。
「風香さん!!」
自転車の前かごに買い物用トートバッグを積んだ風香が走ってくる。
バッグからは長ネギが覗いていた。
「お帰りー」
風香が自転車を停め、笑顔になる。
「買い物?」と彩音。
「そうだよ。長ネギを買い忘れたから行ったら、次々と思い出しちゃって! あれー? こちらのイケメンは、お友達かな?」
風香の視線がサイラスに向く。
「う、うん。た、田中くんです」
彩音が紹介する。
サイラスが風香に頭を下げた。
「田中英雄です」
「あらあら、ご丁寧にどうも! 私は彩音ちゃんの保護者の風香です!」
風香も頭を下げた。
「田中くん、もし良かったら私たちの家でお茶でも飲まない?」
「え!?」
サイラスが意表を突かれる。
「い、いいんですか?」
「いいに決まってるよー! 今なら春人さんも家に居るし」
「風香さん!」
彩音が心配そうに呼んだ。
「春人さん、大丈夫かな?」
「あー」
風香がニヤニヤ笑う。
「確かに彩音ちゃんがイケメンのボーイフレンドを連れて帰ったら…ケケケ!」
妙な声で笑う。
「これは見物だわ!!」
「ふ、風香さん、変な楽しみ方してない!?」
「いいから、いいから! さあ、レッツゴー!!」
「ぐぬぬ…」
春人がサイラスをにらみ、唸った。
居間のテーブル周りに4人が座っている。
春人の隣には風香。
ニヤついている。
春人の前はサイラス。
そしてその横には彩音。
こちらは心配そうに、向き合った2人の男を交互に見ている。
「き、君はっ」
春人の声が裏返った。
「彩音と…その…何だっ…つ…つー」
「付き合ってる」
風香が春人の耳に囁く。
「つ、付き合ってるのか!?」
「ちょっ、ちょっと!!」
これには彩音が顔を真っ赤にして怒った。
「サイ…田中くんは私の友達だよ! 変なこと言わないで!!」
「サイ田中っていうのか? 変わった名字だな?」
春人が首を傾げる。
「そ、それは言い間違い」
彩音がサイラスを見て、2人で苦笑いする。
「じゃ、じゃあ、彼氏ではないんだな!?」
切実な表情で春人が訊く。
「は…はい」
サイラスが困り顔で答えた。




