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リディアの右手が跪く彩音の頭の上に伸びる。
ふふふ。
さようなら、この世界の龍王院彩音。
そしてこんにちは、異世界を救う正義の女神リディアの勇者、龍王院彩音!!
リディアが呪文を唱え始める。
右手のひらが青白い光を放つ。
その瞬間。
突如、リディアの呪文が止まった。
右側面から、何かが迫ってくる気配を感じたからだ。
「!?」
拳大の炎の塊が、リディアを目がけて飛んでくる。
リディアは右手を炎に向け、魔力のシールドを張った。
炎がシールドにぶつかり、四散する。
その炎の後ろから。
サイラスが飛び込んできた。
右手には魔法のエネルギーで作られた剣が握られている。
「なっ!?」
リディアが後方へ跳び、サイラスの剣撃をかわした。
サイラスが彩音の側へと着地する。
サイラスの横にメイド姿のモグが走り込んでくる。
「サイラ…違う、ひ、英雄様!!」
モグが目くじらを立てた。
「あれほど介入してはいけないと申し上げましたのに!!」
「許せ、モ…違う、タケ!!」
サイラスが返す。
いよいよ彩音の大ピンチと見て、とうとう黙ってはいられなくなったのだ。
「な、何じゃお前たちは!?」
リディアは狼狽えた。
リディアが魔法で侵入している空間では、この世界の生物の時間は止まる。
純粋にリディアと彩音のみの戦いとなるはずであった。
しかし、眼前の見知らぬ2人は平気で行動している。
しかも、男の方は魔法すら使用しているではないか。
全く予想外の展開。
「モ…タケ!!」
「はい! サイ…英雄様!?」
「彩音さんにかけられた魔法を解除してくれ!」
「ええ!?」
モグが慌てる。
肩をすくめた。
「これ、アーティファクトを使ってますし…かなり強力ですから、すぐには無理かも…少しずつ弱めるくらいしか…」
「とにかく頼む! 僕はこっちを引き受けるから!!」
そう言ってサイラスが、再びリディアを攻撃し始める。
右手の魔法剣と、左手からの火球の2段攻撃。
乱入者に対する戸惑いから、ようやく立ち直ったリディアはそれを防御する。
その隙に、モグは彩音の身体に両手をかざし、魔法効果打消しの呪文を唱えだした。
(バス事故はウーが原因だった! 許せない!!)
彩音はすさまじい憎悪を燃やし、ウーとの結び付きを断つ寸前だったが。
突如、その怒りが弱まり始めた。
微々たる変化だが、少しずつ、少しずつ。
(え!?)
彩音は戸惑った。
あれほどハッキリしていたバス事故の記憶が揺らぎだす。
隕石…ウーが乗った隕石がバスに激突…したんだよね…?
(うおおおおおおーーーーーっっっ!!)
ウーの絶叫が彩音の頭の中に響き渡った。
(何か知らないが記憶干渉が弱まってきた! これならアタシの今の力でも中和できる!!)
彩音の記憶の改竄が、霧を晴らすように消えていく。
そのスピードは益々、加速される。
(彩音ーーーっ! 眼を覚ませーーーっ!!)
ウーの叫びと共に彩音の意識はリディアのアーティファクトの記憶干渉を完全に打ち消した。
本当の記憶が甦る。
(ウーちゃん!!)
(遅ーい! もうちょっとで、こっちがボコられるとこだった!!)
(ご、こめんね!!)
(いいよ、もう大丈夫! アタシの力が彩音の隅々まで届いてる。元に戻ったよ!!)
膝を着いていた彩音の背中に「銀河」の2文字が、色濃く浮かび上がった。