24
5歳の彩音は両親とバスに乗っている。
楽しい旅行だ。
ワクワクが止まらない。
窓から外の景色を眺める。
木々の葉の鮮やかな緑色に染められた山々。
穏やかな川の流れが、ゆったりとした曲線を描く。
「わあ!」
彩音は感動する。
両親がそんな彩音を見て微笑む。
突然。
窓の外が赤い光に包まれた。
「何だ!?」
父が青ざめる。
彩音は見た。
窓の斜め上方から、こちらに向かって落下してくる巨大な火の球を。
みるみるうちに大きくなってくる。
「彩音、危ない!!」
父親が彩音を窓から引き離し、母親と娘を我が胸に抱え込む。
その刹那。
すさまじい衝撃がバスを襲った。
一瞬でバスが横転する。
窓ガラスが割れ、父母と他の乗客たちが、あちこちで吹っ飛ばされる。
人々は座席や床に激突し、大怪我を負った。
奇跡的にかすり傷で済んだ彩音は、動けない両親の側で、わけも分からず泣き出した。
父親が呻く。
「あの隕石…クソッ!!」
悪態をついた。
「あれは宇宙から来た生命体ウーだな! 奴のせいで私たちはこんな目に遭った!」
父親が彩音に訴える。
「いいか、彩音!! ウーは父さんと母さんの仇だ!!」
「そうよ、仇よ!!」
血まみれの母親も同調する。
彩音は2人の言葉を聞きながら、泣きじゃくった。
ウーへの憎しみが全身に染み渡っていく。
(あのバス事故はウーが原因だったのね!!)
激しい憎悪が、ほぼ一体化していた彩音とウーの意識をベリベリと引き剥がす。
(うわっ! ちょっと、ちょっとー!!)
ウーの慌てる声が響いた。
しかしその声は、チャンネルの合わないラジオ音声のように途切れ途切れで弱々しい。
(彩音、騙されないで! アタシがこの星に来て彩音の身体に入ったのは最近だよ! このバス事故にアタシは全然、全く関係ない!!)
(うるさい!! よくも父さんと母さんを!! 許さない!!)
(ダメだよ! どんどん彩音とアタシが離れていく…これは…あのクソ女の仕業!? ネックレスの宝石を使った魔法!?)
ウーが苛つく。
(あー! 系統が特定できないから、無効化できない! ウザっ!! 親父が能力キツめのロックかけてるから…100%の力だったら、こんなの余裕で外せるのにさ! 精神に嘘の過去を上書きしてアタシと彩音の絆を壊そうって、性格のド悪い作戦かよ! くーっ! クソ女、ボコりてー!! 全力でボコボコにしてー!!)
ウーの叫びも彩音には、ほとんど聞こえない。
いよいよ2人の結び付きは失われつつあった。
「彩音さん!?」
今までと同じように、彩音とリディアの対決を見守っていたサイラスは思わず声を上げた。
サイラスが居るのはグラウンドを見渡せる校舎入口。
今やサイラスは隠れていた場所から踏み出し、グラウンドに侵入してしまっている。
リディアに向かって構えた彩音の動きがピタッと止まり、その場に両膝を着いたからだ。
彩音の背中の「銀河」の2文字が薄れている。
直前にリディアが掲げたネックレスのまばゆい発光が関係しているのだろうか?
(幻覚系の魔法か!?)
サイラスは、そう推測した。
脱け殻の如く動かない彩音の前で、リディアが左手の甲を口に当て、勝ち誇った笑いを響かせている。
「アハハハハ!!」
リディアの顔が後ろへ、のけ反る。
「やった! ついにやったぞ! 龍王院彩音!!」
美しい双眸が興奮にギラギラと輝く。
彩音の尋常ではない力の正体は分からないが、幻覚によって相手の精神に働きかけ封じる策は成功した。
古の魔力を秘めし、虎の子のネックレスを失った。
彩音を勇者に出来るなら、それも構わない。
ネックレスが敵の能力をどのような幻覚で奪ったのかまでは、使用者のリディアには把握できないが、彩音を倒せればそれで良いのだ。
彩音が弱っているうちに全てを終わらせなければ。
あのおかしな力の無い今なら、精神操作系の魔法で勇者になるよう仕向けられるはず。
彩音が死んだ際に無理な説得などせず、この方法で勇者にさせれば良かったのだ。
リディアは今さらながら思った。




