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そこでサイラスは眼が覚めた。
彩音がリディアの連れてきたクラーケンを倒した次の日の朝。
自室のベッドの上だった。
嫌な夢だ。
アリアの最後は、今でも心を重くする。
結局、この世界へ転送されたのはサイラスたち4人だけだった。
アリアの姿は消えていた。
おそらく魔法の指輪の効果は死者には及ばなかったのだろう。
何故。
あの時、何故、アリアはあんなことを。
それがサイラスの妻としての彼女の役目だったのか?
それにしても悲しすぎる。
暗い気持ちでサイラスは身を起こした。
制服を着て、台所へ向かう。
「「王子、おはようございます」」
IHコンロの前のモグと、マレーネの側に立つメグが同時に頭を下げた。
「おはよう、メグ、モグ」
サイラスが返した。
そして続けて「おはようございます、母上」とマレーネに挨拶する。
「おはよう、サイラス」
マレーネが頷く。
サイラスの「田中英雄と呼んで欲しい」という願いは完全に却下されている。
「モグから聞きましたよ」
マレーネが不機嫌そうに言った。
台所のモグの背中がビクッと震える。
(モグのやつ、余計なことを…)
モグの背中をしばし、にらみつけるが全くこちらを向かない。
「この世界の娘を随分、気にかけているようね」
マレーネの瞳がギラッと光る。
「あー」
サイラスは誤魔化すように、斜め上に視線をやった。
「ど、同級生ですよ」
マレーネが眼を細め、サイラスを見つめる。
完全な疑いの眼差し。
テーブルの上の紅茶をひと口飲み、カップを戻すと再び口を開いた。
「あなたは王子なのですよ」
「はい、分かっています」
「遊ぶ相手は選びなさい」
「遊び!?」
サイラスの眉が一気に吊り上がる。
「母上!!」
「妃は由緒正しい家柄の者でなければなりません」
「由緒正しい!?」
サイラスが呆れた。
「この世界のどこにカルナディアの名家の者が居るのです!?」
「そ、それは…」
マレーネが口ごもる。
「その条件では僕はこの世界では実質、恋愛禁止になります。アイドルじゃないんだから!」
「サイラス様は私たちのアイドルです!」
「そうです、アイドルです!!」
メグとモグが横入りする。
「恋愛!?」
今度はマレーネの眉が吊り上がった。
「やはり、その娘に気があるのね!」
「あっ!」
サイラスの眼が泳ぐ。
「た、ただの同級生ですよ」
「とにかくあなたは庶民とは違うのよ! 自覚を持ちなさい!!」
「はぁ」
肩をすくめ、ため息をついたサイラスは席に着き、朝ごはんを食べ始めた。
星雲学園の上空に渦巻く黒雲。
すでに別空間よりの干渉を受け、時間は停まっている。
グラウンドで向かい合う2人。
龍王院彩音とリディア。
激しく、にらみ合う。
「小娘、異世界転」
「断るっ!!」
リディアの言葉に彩音が割って入る。
彩音の背中には「銀河」の2文字。
(そろそろ本当に始末した方が良くない?)
頭の中でウーが提案する。
(それは嫌)
(何でよ?)
(何でも!!)
(しょーがないなー。じゃあ、さっさと追い払うか。アタシはこの世界の日常生活を楽しみにしてんの。こんなわけの分からない異世界わがまま女の面を拝んでる暇はないからね)
彩音が両手を胸の前で構える。
相対するリディアは、首にかけたネックレスを外すと右手で上にかざした。
首飾りについた大きなエメラルドが、強烈な光を放つ。
(な、何!? この光!?)
彩音が慌てた瞬間。
全てが闇に包まれた。




