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「サイラス様!」
新妻のアリアが不安げに呼びかける。
「僕がくい止める。母上たちを頼む」
サイラスの言葉にアリアは眉間にしわを寄せ、頷かなかった。
明らかに不服そうだ。
今回の謀反の一味ではない大臣の娘であるアリアとは、あくまでも政治基盤を磐石にするため政略結婚したに過ぎなかったため、サイラスは妻に対する恋愛感情は無かった。
結婚したばかりで、ろくに話しもしていない。
王族にとっては、これが当たり前だ。
そう納得していた。
しかし今や、その王家自体の存在が危機に直面している。
愛してもいない男の妻として危険にさらされる気持ちとは、どんなものだろうか?
そんな考えがサイラスの頭を過る間に、扉を蹴破り、剣を持った2人の敵兵が侵入してきた。
魔法の指輪が作り出した光球は、まだメグとモグの身長ほどの大きさだ。
サイラスは巧みなフェイントを駆使して、敵の1人を斬り倒した。
その直後に、もう1人の兵が斬りかかってくる。
サイラスの剣が、それをかろうじて受け止める。
大柄な兵士と押し合いになったサイラスは徐々に押し込まれ、形勢不利になっていく。
視界の端で光球が大きくなり、輝きを増すのが分かるが、まだ異世界への転送は始まらない。
サイラスは右脚で敵の膝を蹴りつけた。
思わぬ攻撃に相手が怯んだ隙を突き、サイラスの剣が翻る。
首を斬られた敵兵が、どうっと倒れた。
サイラスが「ふぅ」と、ひと息つく。
その瞬間。
弓の弦が空を切る音が響いた。
いつの間にか部屋の入口へと駆けつけた、もう1人の敵が短弓を引き絞り、サイラスへ向けて矢を放ったのだ。
(しまった!!)
もう遅かった。
自らの身体に走るであろう衝撃をサイラスは待った。
が。
何も感じない。
否。
何者かがサイラスの前に立ち塞がり、敵の矢を我が身に受け止めていた。
アリアだった。
サイラスの新妻が両手を広げ、自らを盾として夫を守ったのだ。
サイラスは一瞬、呆然としたが、敵兵が次の矢をつがえようとする姿を見て、左手のひらを突き出した。
短い呪文を唱えると、サイラスの手のひらから火の球が飛び出し、敵を直撃する。
敵兵はもんどり打って倒れた。
「アリア!!」
サイラスが振り返り、倒れたアリアに駆け寄る。
矢はアリアの胸に深く刺さっていた。
サイラスが膝をつき、アリアの上半身を抱き上げる。
「サイラス様」
アリアが弱々しい声で呼ぶ。
その口から血が流れている。
「何故…」
そう言った後、サイラスは絶句した。
愛は始まってもいなかった。
それなのに、この娘は自らの生命を犠牲にして夫を守ったのだ。
恩義はひしひしと感じる。
しかし愛する者を失う苦しみには程遠い悲しみしか湧いてこない。
サイラスは自分がひどく冷酷な人間に思えた。
「どうか…ご無事で…」
アリアの首がガクッと下がった。
死んでいた。
「こんな…」
サイラスが顔を歪める。
「サイラス!!」
マレーネが呼んだ。
振り返ると魔法の指輪の光球が、大人が通れる大きさになっている。
「早くこっちへ来なさい!!」
マレーネが手招く。
扉の辺りから、人の声が聞こえてきた。
また敵兵かもしれない。
サイラスはアリアの遺体を抱き上げ、マレーネたちの側へと歩いた。
マレーネがアリアを見て、一瞬サイラスを咎めるような顔をするが、結局何も言わなかった。
そして、次の瞬間。
光の球がサイラスたちを吸い込んだ。




