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彩音の視線がサイラスの背後にピッタリと寄り添うモグに移る。
「あれ!? タケちゃん!?」
モグの顔に、複数の縦線が走った。
「どうしてここに!?」
「タケ」と呼ばれ、ガックリしているモグの代わりにサイラスがあたふたと答える。
「あー! 弁当!! 僕の弁当を届けてくれたんだよ! うっかり忘れてしまって! アハハ! 僕って慌て者だなー! なっ、タケ!!」
サイラスにも「タケ」と呼ばれ、モグの顔がさらに引きつる。
しかし、ここは何とか気持ちを立て直し「は、はい! お兄様!!」と笑ってみせた。
そのぎこちない笑顔に彩音が小首を傾げる。
「え? 屋上までお弁当を?」
「あー! 妹がどうしても屋上からの景色が見たいって言い出して! もう、困ったやつだ!」
サイラスの言葉にモグが(ええっ!?)という顔になる。
が、すぐに「わー! とっても素敵な景色!! 最高ー!!」と、はしゃいで見せた。
再び彩音が首を傾げる。
「そうかなぁ? そんなに良い景色?」
これ以上は無理と察知したモグが、サッと2人から離れる。
「あー! そ、そうだー! お母様の用事を思い出しました! 家に帰らないと!!」
そう言った次の瞬間には、校舎のドアに飛び込んで姿を消した。
「アハハ! さ、騒がしいやつだ」
サイラスが笑う。
「龍王院さん!!」
「?」
「僕もいっしょにお弁当を食べていいかな?」
サイラスが自分の弁当を見せて、訊く。
彩音は一瞬、戸惑ったが、ほんの少し顔を赤らめると「うん」と頷いた。
燃え盛る炎に包まれた城内。
その炎が裏切った大臣たちの兵が放ったものか、あるいは偶発的な事故かは分からない。
ともかく今は逃げなければならない。
「こちらへ!」
先頭に立つモグが一同を促す。
マレーネの手を引くメグが続いた。
最後に結婚したばかりの14歳の新妻アリアを連れたサイラスが大理石造りの廊下を進む。
何とか城外への活路を探すが、どこもかしこも炎で閉ざされ、通れたとしても敵の兵らしき影が動いているため、外に出るどころかどんどん上階に追い込まれる始末だった。
皆、そのことに気づいている。
このままでは焼け死ぬか、敵の手に落ちるかのどちらか。
大臣たちは王家の者を生かしてはおかないだろう。
もう、死は避けられないのではないか?
使用人たちが使う、やや小さな部屋に逃げ込んだところで、マレーネが「止まりなさい」と声を発した。
「母上」
サイラスが母の側に進む。
マレーネが、とうとう大きな決断を下したと思ったのだ。
すなわち、敵の手に落ちるくらいなら、自ら命を断つ。
「私は覚悟を決めました」
マレーネの瞳は深い悲しみに沈んでいる。
「どこかで王様と出逢える幸運を期待していましたが」
そっと眼を伏せた。
「それが叶わなかった今、私たちだけで脱出するしかありません」
「「「「え!?」」」」
他の4人が一斉に驚きの声を上げた。
当然である。
この状況から逃げる方法などないからだ。
マレーネは視線を上げ、一同を見回した。
右手を胸の前で見せる。
白魚のように美しい指にはめたきらびやかな指輪たちが、キラリと輝いた。
「以前、父が魔法使いマーリンから譲り受けた魔法の指輪です」
複数の指輪の中、ひとつだけ宝石が付いていない金属製の物をマレーネが指した。
「これで別の世界に避難しましょう」
予想外の王妃の言葉に皆、呆気に取られていた。
「今から異世界への門を開きます」
マレーネが指輪に口を近づけ、ボソボソと何かを呟き始めた。
それは異世界への扉を開く呪文。
マレーネの正面、部屋の中央辺りの空中に小さな光の球が出現する。
マレーネが呪文を唱え終わっても、光はゆっくりと大きくなっていく。
一同が固唾を飲み、その様子を窺っていると。
部屋の扉の向こうから、人の声がした。
サイラスが腰の剣を抜き、1人、扉の側へと歩を進めた。




