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「龍王院さん!!」
サイラスが血相を変えて、フェンス際に駆け寄る。
落下していく彩音が見えた。
「くっ!!」
サイラスが顔を歪ませる。
落ちていく彩音を助ける魔法をサイラスは習得していない。
彩音の身体が校舎の高さ半分まで到達したところで突然、大量の水が出現した。
校舎の周りがまるで大海原の如く、水に囲まれている。
彩音は水面に激突し、水中に潜った。
常人なら着水の衝撃で無事では済まないが、彩音は気も失わず、さしたる痛手も負わず水中に沈んでいく。
謎の触手の攻撃も両腕で防御したため、ダメージはほとんど無かった。
校舎の屋上では、彩音が水中に落ちたことで、ひとまず胸を撫で下ろしたサイラスが、救出のためにフェンスを越えようと両手で掴んでいた。
その手を突然、横から掴む小さな手。
「モグ!?」
サイラスの言葉にメイド少女が首を横に振る。
「王子、いけません!!」
「し、しかし!」
「これには私たちは一切、関係ありません!」
モグが眼を三角にして怒る。
サイラスが天を仰ぎ、唇を噛み締める。
その時、視界の端で何か巨大なものが動いていると気づいた。
暗闇の穴から、タコとイカを合わせたような恐ろしい容姿の大きな生き物が、10本以上ある脚をのたつかせ、這い出てきたのだ。
その側に立つリディアが「クラーケンよ」と怪物の名を満足げに呼んだ。
「お前の得意な水は用意してやったぞ」
リディアが笑う。
彩音が水没した校舎周辺の大量の水は、この女神の魔法によるものだった。
「存分に、あの小娘をいたぶってやれ!! そして『頼むから異世界転生させてくれ』と泣かせてみせるのじゃ!!」
リディアがそう叫ぶと同時に、クラーケンは屋上からフェンスの外へとジャンプし、彩音の沈んだ水中へと大しぶきを上げて飛び込んだ。
リディアは笑顔、サイラスは心配げにその姿を見送る。
水中に沈んだクラーケンは、空気を求めて水上を目指し浮上してきた彩音を発見した。
屋上でのやや緩慢な動きとは打って変わり、すさまじい高速で彩音へと接近する。
(何か来た!?)
彩音もクラーケンに気づく。
(倒すよ!!)とウー。
水面に向かうのをやめた彩音が、構えを取る。
が、水中のため、地上のように上手く体勢を維持できない。
(わ!こ、これ難しい!)
彩音が戸惑う隙に、クラーケンの巨体が激突してきた。
「ぐっ!!」
はね飛ばされ、彩音が水中を木の葉の如く舞う。
バランスを取り戻す間もなく、旋回し戻ってきたクラーケンの再度の体当たりに弾き飛ばされる。
クルクル回る彩音の身体。
(ウーちゃーん!!)
ウーの能力による強化で致命的なダメージは負わないものの、このままでは一方的に攻撃を受け続ける羽目になる。
何より呼吸がもたない。
彩音は焦った。
(アタシに任せて!!)
ウーが苛立ちを声に出す。
(このタコ、調子に乗りやがって!!)
そう悪態をつく間に、またも体当たりされた。
(ウーちゃん!?)
(オッケー! 今ので溜まった!)
(何座!?)
(もちろん、魚座!!)
彩音の頭の中に、技のイメージが広がる。
「銀河十二星座拳、奥義その12!!」
水中で彩音が叫ぶ。
限界が近づいていた呼吸が、その声と共に突如、楽になった。
魚座の効果。
そして変化は、それだけではない。
(彩音! 来るよ!!)
ウーの言葉通り、クラーケンが突進してくる。




