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 ドラゴンを倒し、女神リディアを追い払った日の夜。


 ベッドでなかなか眠れず、彩音は両親を事故で亡くした状況を思い出していた。


 何よりも娘の命を最優先に考えた両親の愛。


 そして天涯孤独の彩音を養子として迎え入れ、12年間育ててくれた春人と風香の愛。


 どちらも彩音の胸を温かくしてくれる。


 つらくないと言えば嘘になる。


 絶望的な喪失感は厳然と存在する。


 すさまじい寂しさに打ちのめされる時もある。


 それでも。


 4人の無償の愛情に想いを寄せれば。


 感謝の涙と共に胸の芯が熱くなり、癒されていく。


 落ち込んではいられない。


 天国の両親と、春人と風香に心配をかけたくない。


 ましてや異世界転生など、とんでもない!


 勇者なんてしてる暇はない!


 この世界で春人と風香に恩返しをしなければ。


「だから…」


 彩音は暗闇に向かって呟いた。


「私は絶対に異世界転生しない…」




 星雲学園校舎の屋上へと出る扉の前で、サイラスは躊躇(ちゅうちょ)していた。


 彩音とリディアの戦いを目撃してから5日が経過。


 その間、彩音に話しかけられずに居た。


 昼休み、弁当箱を持ち屋上へと向かう彩音に気づいた。


 自分もモグの作った弁当を手に、思わず後を追った。


 そして屋上の扉までやって来たのだが。


 そっとドアを開け、隙間から覗く。


 左側にある青いベンチに座った彩音が、膝に乗せたハンカチの上で弁当を広げているのが見えた。


 彩音はよく晴れた日の昼休みに弁当を持って姿を消していたので、おそらくはここで1人、食事をしていたのだろう。


 ドアを開けようとしたサイラスの動きが止まった。


 何と言って話しかけよう?


「いい天気だね。僕もここでお昼にしていいかな?」


 うーん。


「わ! 偶然だね! こんな良い天気の日は、屋上でランチに限るよね!」


 ううむ。


「この前の戦い見たよ! すごかったね! 龍王院さんって、めちゃくちゃ強いんだなー」


 ど、どれもイマイチな気がしてくる。


 迷惑だったら、どうしよう…。


 とんでもなく緊張してきた。


 今日はやめようか?


 否、勇気を出せ!


 サイラスは深呼吸した。


 ドアを一気に開け、屋上に足を踏み入れる。


 突然。


 覚えのある感覚が全身を襲った。


(魔法!?)


 彩音と戦っていたリディアなる女が使った魔法。


 この世界の時間を停止し、その中で動ける者の周りへの物質的干渉を全て遮断する効果を持つ。


 その魔法で付近の空間が閉鎖された気配をひしひしと感じる。


 これは、すなわち。


(また、あの女が攻めてくる?)


 サイラスが視線を走らせると、ベンチの彩音がすでに立ち上がり、こちらに背を向けている。


 彩音が向く先には屋上が広がり、その中央には。


 前回、ドラゴンが出現したのと同じ、真っ黒い穴が口を開けていた。


 そこからリディアが姿を現す。


 やたらと布面積が少ない、薄いブルーのドレスを着ている。


 相変わらずの美しい肢体で、これ見よがしにモデルのようなポーズを決めた。


「龍王院彩音!」


 リディアが呼ばわる。


「異世界転生しろ!」


「しつこい!!」


 彩音が怒鳴る。


「いいかげん諦めて!」


「絶対に諦めんぞ!!」


 リディアが怒鳴り返す。


 増悪とも呼べる炎を瞳に宿し、彩音をにらみつける。


 右手を彩音に伸ばすと手のひらを広げた。


 魔法攻撃の気配を察知した彩音の頭の中に、ウーの声が響く。


(先手を打つよ!!)


 彩音の背に「銀河」の2文字が浮かび上がる。


 それと同時に弾丸の如くリディアに突進した。


 彩音の右ストレートが女神の顔面へと叩き込まれる瞬間。


 背後の漆黒(しっこく)の穴から、吸盤付きの巨大なヌメヌメとした触手状の白い脚が2本、飛び出した。


 2本の脚が猛スピードで彩音に襲いかかる。


 自分の身長ほどの太さの脚をかわせず、彩音が咄嗟(とっさ)に両腕でガードする。


 が。


 1本の脚をまともに食らった衝撃で彩音の身体は屋上のフェンスを越え、空中に弾き飛ばされた。











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