16
(ウーちゃん!!)
彩音が心の中で叫ぶ。
(任せて! 彩音のパンツはアタシが守る!!)
めくれかけていた彩音のスカートが、ピタッと止まった。
ウーの能力が大惨事を未然に防いだのだ!
(これで大丈夫! スカートは固定した!)
逆さまで上昇する彩音の真上に、ドラゴンが迫っていた。
「おおおおおーーーーっ!!」
彩音が絶叫する。
「カプリコーーーーーーンッ!!」
彩音の両脚が、すさまじい勢いで蹴りの連打を繰り出す。
高速の蹴撃はドラゴンの腹部の鱗をいとも簡単に歪ませ、肉体に大ダメージを与えた。
落下が止まり、矢継ぎ早の連打を受け続けるドラゴンが苦悶の叫びを発する。
同じ箇所に無数の強撃を叩き込まれたドラゴンの体力は限界を越え、一際まばゆい光を放つとその巨体が消失した。
元々、リディアの魔法で召還された生物。
許容しうる範囲を上回るダメージを受け、全ては無に帰った。
重しとなっていたドラゴンの巨躯が消え、彩音の身体はさらに天へと駆け昇る。
逆さまの体勢が元に戻り、両脚から下降していく。
砂煙を上げて彩音が着地したのは、女神リディアの眼前だった。
「ひっ!!」
リディアが思わず悲鳴を上げる。
その顔は青ざめている。
彩音がリディアをにらみつける。
「私は絶対に異世界転生しない」
彩音が低い声で宣言した。
「もう諦めて」
リディアが後方へと跳ぶ。
すぐ背後には、この世界に侵入してきた真っ黒い穴が口を開けている。
リディアが首を駄々っ子のように振った。
「いいや」
リディアの声はやや、しわがれている。
「わらわは絶対に諦めぬ。必ずお前を我が勇者とする。そして異世界転生させてみせる」
リディアと彩音のお互いを刺すような視線がぶつかり、火花を散らす。
「次はわらわが勝つ!!」
そう叫ぶとリディアは穴に姿を消した。
彩音は黙ってそれを見送る。
(あー、また見逃がすの? 追っかけてボコれば再起不能に出来んじゃね?)
ウーは不満げだ。
(そこまでしなくても…それに私はこの世界以外には行きたくない。帰れなくなるのは嫌だから)
彩音が答えた。
(ふーん)とウー。
(彩音は本当に、この世界が好きだね)
2人が話す間に、リディアが消えた黒い穴はどんどん小さくなり、ついには消失した。
すると星雲学園を中心として街全体にかけられた魔法も失われ、時間が再び動き始めた。
(あのバカ女神、きっとまた来るよ)
ウーが、ため息をつく。
(その時はまた追い返す)
答えた彩音の顔がキッと引き締まった。
彩音、5歳。
夜の四車線道路、交差点。
4台の乗用車と1台のバスの衝突事故現場。
側面に激突され、横転したバスの中、衝撃で割れたガラスの破片で大怪我を負った両親の側で奇跡的に軽傷で済んだ彩音は、ただ泣きじゃくるしか出来ないでいた。
破損した燃料タンクから漏れだした軽油と、乗用車から漏れ出たガソリンが、辺りの道路を濡らしている。
事故の直後で、まだ警察も消防も到着していない。
「彩音…」
父親が全身の痛みに顔を歪ませつつ、呻いた。
「ここに…居ちゃ駄目だ…バスの外に出るんだ…」
父親の身体の下には、バスの燃料が侵食してきている。
いつ引火し、爆発を起こすか分からない。
「彩音…逃げて…」
父親の側で同じように動けない母親が懇願する。
しかし彩音は号泣するのみで動かない。




