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「タケ、お兄ちゃんは龍王院さんと登校するから、お前は帰りなさい」
「は、はーい、お兄様!! さ、さようならー」
モグが来た道を慌てて帰っていく。
彩音とサイラスの2人だけになった。
「じゃ、じゃあ行こうか。遅刻してしまうよ」とサイラス。
「うん」
彩音が頷いた。
2人はしばらく、お互い無言になった。
サイラスが急にクスッと笑う。
「何?」
彩音が訊く。
「龍王院さんって、意外と喋るんだね」
「え?」
彩音が眼を丸くする。
「アハハ、ごめん。いつもは物静かな雰囲気だから」
「いつも…?」
「あ」
サイラスが「しまった」という表情になる。
実のところ、彩音と面と向かって会話したのはこれが初めてだった。
サイラス自身、あまりクラスメイトたちとは深く関わり過ぎないように気をつけていた。
それでなくとも目立つ存在なのだ。
クラス分けの直後は大勢の好奇心旺盛な同級生たちに囲まれ、質問攻めにあったが、やもなく魔法で皆の興味を消失させた。
現在はクラスメイトたちとは、程ほどの距離を保てている。
サイラスが教室で人の輪から離れ、ひと息つく時、ふと窓際に眼をやれば、席に座り窓の外を眺める彩音の姿が入ってくる。
物憂げな横顔。
仲間外れにされているわけでもなく、激しく浮いているわけでもない。
気がつけば彼女は1人で何かを考えている。
一種、独特のオーラを漂わせる彩音に、サイラスはいつの間にか惹きつけられ、その行動を注視するようになっていた。
それゆえの「いつも」だったのだが。
(しまった…気持ち悪がられるかも…)
サイラスの苦笑いを彩音はキョトンとした顔で見ている。
「あ、勝手なイメージだけどね」
慌ててサイラスが誤魔化す。
「そか」
彩音が顎に右手を当てて考える。
「そだね、あまり人と話すのは得意じゃないかも。私、人見知りだし。皆が楽しそうなノリも、すぐに疲れちゃうから」
そう言って、彩音は微笑んだ。
サイラスの胸がキュッとなる。
(まただ…)
彩音の方はというと、クラスで話題のイケメンクォーターとこんなに話せている自分に驚いていた。
やはり、それは女神リディアとの日常とかけ離れた戦いによる高揚が残っているせいかもしれない。
あれが無ければ、最初の挨拶の時点の恥ずかしさと居心地の悪さで、逃げてしまっただろう。
モグの格好への驚きで、ついつい好奇心を刺激され、質問してしまった。
そして今は、この優しげな同級生男子と自然に話せるようになっている。
まだ短い時間ではあるが。
(相性が良いのかな?)
(気に入らない)
彩音の頭の中に声が響いた。
(ウーちゃん!?)
(こいつから妙な気配…さっきの女神と似たような…魔法? そう、魔法を使ってるよ、こいつは。他人の記憶を操作してる)
(ええ!? ど、どういうこと!?)
(知らねー。とにかく胡散臭い。イケメンだか何だか知らないけど、油断しちゃダメだ)
(そ、そんな…悪い人には見えないけど…)
(あー? 長い付き合いのアタシとイケメンと、どっちを信じるのよ!!)
(長い付き合いって…ウーちゃんと知り合ったのついさっき…)
(あん? そ、そうだっけ? じゃあ、同じ身体を使ってる仲間じゃん!!)
(ウーちゃんが勝手に入ってきた!!)
(ありゃりゃ! ちょっとー、アタシが居なかったらあのヘボ女神にヘボ勇者にされて異世界へ放り込まれてたんだよ! そんな言い方ないっしょ!)
「龍王院さん?」
サイラスが考え込んだまま無言の彩音に、声をかけた。
「え!? ああ、ごめんなさい」
彩音の慌てる顔を見て、サイラスも微笑みを溢した。




