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「アハハハ!!」
勝ち誇っていた。
自らが造り出す青々とした爽やかな空間の中、右手を口元に当て、背をのけ反らせ、女神リディアは高らかと勝利の笑い声を響かせた。
薄青いレースのドレスに包まれた、完璧なプロポーション。
燦然と輝く美貌を持つ彼女の前には、青白い炎が燃える。
そして透き通るその炎の中で、床に倒れたひとつの影。
「わらわに逆らえると思うたか!?」
倒れた影に向かってリディアが吐き捨てる。
その表情は彼女の美しさを半減させるほどの憤怒に満ち満ちていた。
そう。
数多の世界へと転生勇者を送り込み、悪を討ち倒させ平和を取り戻した、この女神に反抗する者など居ようはずもない。
その自負がリディアにはある。
ありまくる。
わらわこそは正義の女神なり。
逆に言うならば、わらわに逆らう者はその瞬間より悪。
すなわち今、眼前に倒れ炎に炙られ身悶える者も悪。
悪!
悪!
大悪人!!
その性根を叩き直し、立派な勇者として危機が迫る世界へ送り込まねばならぬ!!
それは愛!!
まごうことなき愛!!
青き炎はリディアの魔法によるもの。
勇者候補の魂を焼き、苦しめこそすれ殺すことはない。
正義の女神に逆らう愚行を悔い改めさえすれば、許してやろう。
さあ、許しを乞うのです!
女神はのけ反っていた身体を戻し、炎の中へと美しくしなやかな右手を伸ばした。
「龍王院彩音」
リディアが勇者候補の名を呼ぶ。
その口調は慈悲に溢れ、声は鈴の音の如く美しい。
「どうじゃ、気が変わったか?」
そう言った女神の眉間に、しわが寄る。
炎の中の彩音が動いたからだ。
ゆらり。
ゆらゆらり。
「むむ?」
リディアが小首を傾げる。
それもそのはず、彼女の魔法の炎の中では苦しみのあまり、そのような動きが出来る者は居らぬ。
しかし。
動いている。
私立高校、星雲学園2年B組、龍王院彩音は動いている。
そして。
彩音は立ち上がった。
悶絶とは程遠く、しゃっきりと伸びた背筋。
正義の女神には及ばないものの、モデルと言っても過言ではない上背とスタイル。
腰辺りまで伸びた艶めく黒髪は、立ち上がった際に右肩から身体の前に回っている。
リディアに向けた彩音の背中。
星雲学園の冬制服の、その背には。
縦に大きく「銀河」の2文字。
「な、な、何じゃそれは!?」
これにはさすがの正義の女神も動揺を隠せなかった。
龍王院彩音には、まだ勇者の力を授けてはいない。
自らが支配するこの空間で、彼女に理解不能の現象など起こるはずはないのだが!?
仁王立つ彩音の首が横向き振り返り、顔の左半分をリディアに見せる。
その瞳が爛々と光を放ち、激しい闘志を宿す。
そこには青い炎に全身を焼かれる苦痛は微塵 もない。
超絶無敵の女神であるはずのリディアが、相手の尋常ならざる大迫力に、思わず美しい顔をひきつらせた。
彩音の口が開く。
しかし、そこから出た言葉はリディアの質問の答えではなかった。
「私は絶対に」
低く、力強く重々しい声。
「異世界転生しないっ!!」