五 嵐の前の静けさ
---
傭推の背中を、僕はトコトコと追いかけていた。
地下へ続く折り返し階段。
一段、また一段――終わりが見えない。
(……長くない?)
体感的には、もう十分すぎるほど歩いている。
「この階段、どこまで続くんですか?」
「もう少しだよ」
その“もう少し”が一番信用できない。
階段の長さもそうだけど、さっき聞こえた傭推さんの独り言が、頭から離れなかった。
――加減を知らない。
――止められない。
綺麗な人だったけど……いや、だからこそ怖い気がする。
そのとき、ふいに頭がズキッとした。
(……?)
思い出そうとすると、鼻の奥がムズムズする。
変だ。嫌な予感しかしない。
「白馬君、こっちだよ」
手招きされ、階段を下りきった先の通路を抜ける。
そこにあったのは――横に動く、エレベーター。
「……横?」
誰が考えたんだ、こんなもの。
というか、いくらかかってるんだ、これ。
驚いている僕をよそに、傭推さんは立ち止まり、通信機器を取り出した。
「――ああ、うん。今向かってる」
短いやり取りを終え、通信機器を仕舞う。
「会場に着くまで少し時間がある。分からないことがあれば、答えられる範囲で話そうか」
正直、聞きたいことだらけだ。
あの化け物。
神の子。
鍵。
急に発現した能力。
称号。
そして――傭推さん自身。
「……いっぱいあります」
「だろうね。じゃあ、一つずつ」
傭推さんは歩きながら、淡々と語り始めた。
---
「Three faces bear。あれは“栄光の橋”という宗教団体が作った動物兵器だ」
「動物……兵器……」
「研究員の伊賀屋タズナが関わっている可能性が高い」
胸が冷たくなる。
「でも、どうして僕が……」
「推測だけどね。あれは運の強い人間を襲うテストとして放たれたんだと思う」
「テスト……?」
「彼らは、そういうことを何度も繰り返している」
――じゃあ、あの場に傭推さんがいたのも。
偶然じゃない。
---
「神の子は、百年に一度生まれる八人。特徴は、異常なまでに強い運」
「神に、届く……?」
「そう。神を殺せる可能性がある存在だ」
軽い口調なのに、言葉は重い。
「鍵というのは、“神の十字架”のこと。神の庭から、神へ至るための存在だ」
「神の庭……」
「沖縄、久高島の遺跡の最深部だよ。運命力鑑定機も、そこから発掘された」
全部が、現実味を失っていく。
---
「君は無能だと言われていたらしいね」
胸が、少しだけ痛む。
「でも、違った。Three faces bearの能力――剛力、嗅覚、並行思考、疾走、脱兎」
「……僕の能力じゃ、ないんですか?」
「違う。あれが持っていた能力だ」
嫌な予感が、確信に変わる。
「君は、おそらく――殺した存在の能力を奪う」
喉が鳴った。
「……実験が必要だけどね」
さらっと言わないでほしい。
---
「称号は、成長や達成で得られる特殊効果だ。ゲームで言えば、常時バフ」
「能力は、努力で発現することもある」
「ボスがその代表例だよ。元々、何の能力もなかった」
「……え?」
「血が滲むほど努力して、世界最強の剣豪になった」
あの人が……?
---
「ちなみに、私の能力は《影神》」
「影を操り、一度会った人物の影なら、どこへでも入り込める」
「称号は《暗殺者》」
……さらっと物騒すぎる。
「他にもあるけど、それはまた今度」
そう言ったところで、エレベーターが止まった。
---
目の前に広がる空間。
――広い。
いや、広すぎる。
後で聞いた話だと、東京ドーム四個分。
中央にぽっかり空いた、戦うためだけの場所。
(……逃げ道、ないな)
「白馬君、頑張って」
優しい声。
「……死なないでね」
「……大丈夫、ですよね?」
震えを隠せず、問いかける。
傭推さんは、死にゆく友人を見る目で微笑んだ。
その時、悟った。
(あ、これ――)
「さあ、行こう」
背中に、そっと手が添えられる。
逃げられない。
これは分岐点だ。
祖父の言葉が、頭をよぎる。
――逆風こそ、好機なり。
……じいちゃん、向かい風どころじゃないよ。
でも。
ここで逃げたら、一生後悔する。
僕は、前に出た。
---




