三 分かれ道
目を覚ました瞬間、違和感があった。
天井が低い。色がない。匂いもしない。
――知らない場所だ。
僕は硬いベッドの上で身を起こし、ぼんやりした頭のまま周囲を見回した。壁も床も無機質で、まるで病室か、どこかの収容施設みたいだった。
どうして、ここにいる?
必死に記憶を探るが、昨夜の出来事がすっぽり抜け落ちている。最後に思い出せるのは、森で――いや、そこから先が曖昧だ。
考えていても埒が明かない。とりあえず、ここから出るしかない。
部屋を見渡すと、ぽつんと一枚のドアがあった。恐る恐る近づき、ノブに手をかける。拍子抜けするほど、あっさりと開いた。
ドアの向こうは、だだっ広い空間だった。
白い床に、等間隔で並ぶ無数のドア。その光景に足がすくむ。
――迷路?
そう思った瞬間、正面のドアが音もなく開いた。
「おや。少年、また会ったね」
現れたのは、白衣を着た細身の男だった。人懐っこい笑みを浮かべ、まるで旧知の仲みたいに手を振ってくる。
「これも運命かな。君はもう、こちら側の世界に足を踏み入れてしまったんだ」
……何を言っているんだ、この人は。
「あの時の出会いは偶然だと思っていたけど、結果としては必然だった、というわけだね」
男の言葉に、背筋が冷える。
「あなたは……誰ですか。ここは、どこなんですか?」
声が震えるのを自覚しながら、僕は問いかけた。
「失礼。自己紹介がまだだったね」
男は芝居がかった動きで一礼する。
「私の名前は、筑波傭推。そして――ここは、テロリスト集団《God Killer》のアジトだ」
……は?
一瞬、意味が理解できなかった。
テロリスト? アジト?
頭の中で単語だけが空回りする。
「政府も手を出せない、って噂の……?」
「そうそう。もっとも、君が想像しているような無差別殺戮集団ではないけどね」
どんな言い訳をされても、十分に危険だ。
僕は男に悟られないよう、視線を泳がせた。逃げ道を探す――。
「無駄だよ」
あっさり言われ、心臓が跳ねる。
「ここはうちのアジトだからね。簡単に帰すわけにはいかない」
「……今、僕の考え、読んだんですか?」
「いいや。ただ、顔に全部出てただけだ」
軽い口調が、逆に怖い。
逃げられない。
そう悟った瞬間、喉がひりついた。
「……僕を、どうするつもりなんですか」
「安心して。いきなり殺したりはしない」
傭推は肩をすくめる。
「君が《Three faces bear》――動物兵器を倒したことに、ボスが興味を持ってね」
「……あの、熊の化物のことですか」
「正解。だからまずは、君の“運”を調べさせてほしい」
「……運?」
「神から人間に与えられた序列だよ。強い運を持つ者ほど、能力に恵まれる」
生まれる前から、人生が決まっている。
そんな話、信じられるわけがない。
「僕は……無能です。能力なんてありません」
吐き捨てるように言った。
「裕福でもないし、幸せでもなかった。だから、早く帰してください」
傭推は少しだけ表情を変えた。
「君は、両親を病気で亡くしているね」
胸が、ぎゅっと締め付けられる。
「……どうして、それを」
「どんな病気だったか、聞かせてほしい」
「……朝、起きたら……二人とも、ミイラみたいになってました」
声が掠れる。
「病院でも、死因不明だって……」
「やはり、か」
傭推は小さく息を吐いた。
「それは《神の病》だよ」
「……神の、病?」
「神は人間の運命を操り、気まぐれに命を奪う。君の両親は、その犠牲になった」
頭が追いつかない。
「……君が望むなら、神に抗う力を与えよう」
傭推は、静かに言った。
「God Killerに入らないか?」
沈黙が落ちる。
普通じゃない。
でも――何も知らずに帰るなんて、もうできなかった。
「……僕は、黒水白馬です」
「白馬君。答えは急がなくていい」
傭推は微笑む。
「断るなら、記憶を消して日常に戻れる。半日だけ、考えてくれ」
◇
部屋に戻り、僕は天井を見つめた。
熊の化物。
両親の死。
神という存在。
全部が、繋がっている気がした。
――知りたい。
たとえ、道を踏み外してでも。
僕は立ち上がり、傭推の部屋のドアを叩いた。
「決めました。僕は……真実を知りたい」
傭推は、嬉しそうに笑った。
「いい顔だ。じゃあ行こうか。君の運命を、調べに」




