二 目覚めた日
この世界では、三分の二の人間が特殊能力を持って生まれる。 残りの三分の一は「力を持たない者」と呼ばれる。
蔑称だ。 だが、事実でもある。
力を持つ者が評価され、持たない者は数字にすら数えられない。 能力者は成功し、力を持たない者力者は脱落する。 それが、この世界の“正しさ”だった。
だから僕は、自分に期待しない。 期待しなければ、失望もしない。
僕は力を持たない者だ。 何も持たない。 だから、生き延びるには頭を下げるしかない。
――そう、信じてきた。
◆
両親は、能力者だった。
それを知ったのは、二人が死んだあとだ。
奇妙な病。 原因不明。 能力者が突然、枯れ果てるように死ぬ。
医者は首を傾げ、役所は記録を消した。
「深く考えないほうがいい」
親戚はそう言った。
――能力があっても、守られない。 ――正しく生きても、選ばれない。
僕は学んだ。 この世界は公平じゃない。
だから神なんて信じない。 信じる価値がない。
◆
夏休み、祖父の家。
縁側で西瓜を食べていたとき、声がした。
「こっちに来て」
優しい声だった。 だが、僕は立ち上がらなかった。
――罠だ。
そう思ったからだ。
期待すると、裏切られる。 助けを求めると、失う。
それが、力を持たない者の処世術だ。
「早く」
苛立ちが混じった声。
僕は、ため息をついて立ち上がった。
――どうせ、何も起きない。
そう思いながら、神社へ向かった。
◆
境内は、静かだった。
静かすぎて、不自然だった。
木々が倒れる音がしたとき、ようやく理解する。
――選択を、間違えた。
現れたのは、三つの頭を持つ獣。 異形。 能力の成れの果て。
逃げながら、僕は考えた。
――力を持たない者は、戦えない。 ――逃げるしかない。
でも、崖が行く手を塞ぐ。
詰みだ。
その瞬間、胸の奥で何かが反発した。
――それでも。
逃げるしかない、という考え自体が。
――誰が決めた?
必死に逃げながら、祖父の声が脳裏をよぎった。
山で迷ったとき、冗談めかして言っていた言葉だ。
「熊に出会って、死にたくないなら、鼻を突け」
理屈じゃない。 能力でもない。
ただ、生きたいかどうか。
僕は、ただ石を投げた。
狙ったわけじゃない。 当たるとも思っていなかった。
けれど、石は化け物の口に吸い込まれ、 悲鳴とともに巨体がよろめいた。
その一瞬の隙に、僕は転がるように駆け抜ける。
着地の衝撃で崖が崩れ、 化け物は叫び声を上げながら落ちていった。
下から、鈍い音が響く。
――死んだかどうかは、わからない。
それでも、追ってはこなかった。
僕は、息を切らしながら思う。
――力を持たない者でも、選べる。
◆
神社に戻ると、白髪の少女がいた。
彼女は、僕の名前を呼んだ。
それだけで、胸がざわついた。
――知っている。 ――忘れている。
矛盾した感覚。
「記憶が欠けてるね」
少女は言った。
「でも、それは弱さじゃない」
額に触れられ、熱が走る。
「思い出すって、痛いよ」
その言葉に、なぜか納得してしまった。
「それでも、進む?」
問い。
初めて、誰かが僕に選択を委ねた。
僕は答えなかった。
答えられなかった。
それでも、口が勝手に動いた。
「――必ず救う」
根拠はない。 力もない。
それでも、選んだ。
少女は笑った。
「それでいい」
◆
「チュッ」
世界の音が消える。
視界が暗転する。
次に目を覚ましたとき、 僕はもう“力を持たない者”ではいられなくなる。
――それが、祝福か。 ――それとも、罰か。
答えは、まだない。
それでも、額へ重なった柔らかい、唇の感触だけは残っていた。




