獲った!(フラグ)
両者を挟む祭壇を踏みつけるようにして高く跳ぶ。
「せぁっ!」
跳躍の力も含めて、上段の構えから威力の乗った振り降ろしを叩き込む。大ぶりな一撃だが、ゴブリンキングは避けるなどせず頭上に剣を横に構えてその一撃を防いだ。
鈍い金属音が鳴り響く。
「ゴァッ!」
ゴブリンキングの気合とともに、浮いたままの僕の体は後方にはじかれた。さっき踏み越えた祭壇を超え、入り口近くまで飛ばされる。体をひねって着地をしたところを、ゴブリンキングの追撃が迫った。
袈裟斬り、横なぎ、喉元への突き。
流れるようにして繰り出された三連撃を、剣で受け、跳び退り、地面を転がって避ける。
起き上がったところへ休む間もなく剣が振り下ろされ、直感でゴブリンキングの懐へと飛び込んで躱す。
掴みかかってくる左手を右の肘打ちで弾き飛ばし、反動のついた右拳をゴブリンキングの顎へ叩き込む。
少したたらを踏んだゴブリンキングの隙を見て、なんとか懐から抜け出す。
距離をとって対峙し、今度はこちらから攻める。
足を止めての斬りあいは圧倒的な体格差で不利だ。いつこちらの武器が壊れるかもわからないし、元より格上も格上、正攻法で勝てるなど傲慢が過ぎる。
斬りかかり、虚実を織り交ぜ、すかし、足元に転がる石を投げつけ、時に無様に逃げ、時に無謀に突っ込む。
ゴブリンキングの戦い方は素人そのものだった。圧倒的な筋力に任せて剣を振り回しているだけだ。少なくとも、人間のように知能ある敵との戦いにはあまり慣れていない。
捕まえてきた人間は、自分より弱いゴブリンたちに与えていたのだろう。ゴブリンにそんな慈悲の心があったことに驚きだが。
だが、それでも強い。
剣の技術はないのに、一撃がとんでもなく重い。轟々と音を立てて掠めていく剣筋に何度も肝が冷える。
こちらがいくら斬りつけてもほとんど傷がつかない肌。多少いい一撃を入れたとて全く意に介していない。
無尽蔵とも思えるような体力は、息を切らし始めた僕の焦りを加速させる。
そして何より、まったく本気を出していないのが良くわかる。
こちらが「しまった」と思うような隙が出来ても、急に手を抜いて僕が立ち上がるのを待つ。そして再び怒涛の斬りあいが始まる。
まるでこちらを試すように。
僕という教本から学ぶように。
子供のゴブリンが、そうしていたように。
「させるかっ」
体力も筋力も圧倒的な差がある中で、僕のアドバンテージは経験と技術だけだ。それも、冒険者になりたての僕にはモック爺さんとの厳しい訓練で得たものしかない。
敵が僕を殺さないでいるうちに、意表をつく“奥の手”が必要だ。それは戦いが始まった時からわかっていたことで、僕はずーっとそのための“仕込み”を続けていた。
倒れた僕に対するゴブリンキングの慈悲による、幾度目かの仕切り直し。
徐々に剣筋を見切られて、当たる回数も少なくなってきている。思ったより長引いてしまった、無謀でしかない挑戦も終わりの時が近い。
やらねば。
腰だめに剣を構え、剣先をゴブリンキングへと向ける。
少ない時間で、出来るだけ呼吸を整えた。心臓が早鐘のように打っている。無理に鎮めようとすれば逆に体に負担がかかる。遅すぎず早すぎない程度の脈拍に抑える。
不安や焦りは腹の中へ飲み下し、カッカと燃える下腹部で燃やして力へと変える。
機は整った。
「うおぉぉ!!!」
気を吐き、まるで自分の中のすべてを燃やし尽くさんばかりに熱くなる体が最後の力を振り絞る。出し惜しみはしない。
剣先が狙うは腹部。あらゆる生物の急所となる箇所であり、ずーっと僕が狙い続けている箇所。僕は引き絞られた矢のごとく一直線に突っ込んだ。
ゴブリンキングは、やはり真正面から迎え撃ってくれた。ただやみくもに突っ込んでくる良い的でしかない僕に向かって、横なぎに王の剣が振るわれた。
確かに人間の胴を真っ二つにするだけの威力が込められていた。
だが、空を斬る。
僕が避けたわけではない。事実、僕はまだ突進の体制をとったままだ。
ゴブリンキングの目が大きく見開かれた。
歩法 “霞纏い”
固有能力でも魔法でもない。ただ少しだけ“足の使い方”を変えただけ。
モック爺さんが得意とした、敵との間合いを幻惑するこの“歩法”を僕はまだ完全にマスターしていない。今回のこれだって、見様見真似だ。
訓練中、何度挑んでも間合いの中にいるはずのモック爺さんの体を捉えることはできなかった。霞を斬ったような手応えに体制を崩したところ、手痛い一撃をもらったものだ。
未熟な僕が使った技だ。相手に「間合いを把握した」と思い込むような油断が無ければ効かなかっただろう。人間の上級冒険者相手なら見破られただろう。
そして何より、僕が未だに恥ずかしがり屋で、ゴブリンキングの目を見ることが出来ないでいたら、間合いを見誤ったのは僕のほうだっただろう。
慌てたゴブリンキングが空いた左腕で腹部をガードした。
それすら罠だ。
滑るように両手の持ち方を変え、腹部を狙っていた剣先は最初の一撃以来狙われることのなかった頭部めがけてその行き先を変えた。
狙うは目。そしてその先にある脳を狙った、決死の一撃。
見下ろしてくるゴブリンキングへ向かって、祈るように剣を突き出す。
狙う先はがら空きだ。
(獲った!!)
ゴブリンキングの目に剣が突き刺さらんとしたその時、僕は勝利を確信していた。
だが、その確信は耳障りな金属音を立てて砕ける僕の剣とともに、もろくも霧散した。