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仮面セイバー  作者: おちぇ。
その名は仮面セイバー
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再発行できません

「無理です、今のままでは再発行できません」


 無表情な黒髪ギルド職員の宣告は、ニルクスクに辿り着いた僕の心をへし折るには十分な一撃だった。

 え? なんて?


「え……と……え?」


「ですから、現状ダリオン様の冒険者証は再発行できないと申しております」


 聞き間違いではなかったようだ。

 どういうことだ。ニルクスクのギルドに来れば再発行が出来るという話ではなかったのか。お金がかかるのは厳しいが、これまでの蓄えでギリギリ何とか払えないことは無いと判断してきたのに、それ以前の問題ではないか。


「ど、ど、どうして!?」


 黒髪ギルド職員は、ふぅ、と無表情のまま一息つく。

 あ、この人今呆れたでしょ!


「まずもって、冒険者証はギルド所属の冒険者にとってとてもとても特別なものであることは、ご登録の際にご説明させて頂いたと思います」


 それは確かに聞いた。

 冒険者証は冒険者としての身分を証する公的な証明書である。

 偽造、悪用を防ぐため最新の魔法技術が注ぎ込まれていて、もうそれだけで下手すると立派な家が買えてしまうくらいと噂を聞いたことがある。見た目はただの金属の板切れなのに。


「本来であればおいそれとお配りできるようなものでは無いのですが、冒険者の皆様の活躍によって得られる恩恵を加味したからこそ、ほぼ無償で配布をさせて頂いているのです」


 なるほど、ギルドの発行した冒険者証を持った「身元確かな冒険者」がいろんなところで活躍をすれば、ギルドの名声アップにもつながるということか。


「で・す・が、ダリオン様のように時折この冒険者証を無くされる方がいらっしゃいます」


 うぐ……でもあれは仕方なく。


「冒険者証を大切だとわかっておりながら、なおも紛失する。これはその冒険者の腕前に疑問ありと判断されても仕方のないことでございます」


 う、いや、まあ、そうなんだろうけども。


「こちらも慈善でお配りをしているわけではありませんし、何より他の冒険者の品位と栄光に影を落としかねない方々に、もう一枚、それもう一枚とお配り出来ましょうか」


 ……できませんね、はい。


「まあ、とはいっても私共も理解はしております。人間、うっかりはあるものだと」


 そ、そうそう! そうですよ、うっかりはあるんですよ!


「その一度のうっかりで有能な人材をギルドから締め出すような真似はいたしません。ですので、救済措置があります」


「ほ、ほほ、本当ですか?!」


 思わず顔を上げてギルド職員と目があってしまって、慌てて目線を逸らす。

 あるのか、救済措置! もっと早くいってくださいよ!


「再発行には費用に加えて、保証人が必要です」


「ほしょう……にん」


「中級以上、出来れば上級あたりの冒険者、もしくはそれに準ずるとこちらが判断した人物がダリオン様の腕前を保証してくだされば、再発行手続きを取らせて頂きます」


 え? 僕、この街に知り合いなんていないのに?

 冒険者にだってつい先日なったばかりで、冒険者としてのコネもない。


「い、いや、ちょ、ちょっと」


「この保証人制度を受けるために、上級冒険者に弟子入りする方もいらっしゃるようです。何はともあれ、保証人がいなければ再発行手続きには一切入れませんので。以上。では次の方ー」


 何を言っていいか分からず呆けてしまった僕を、後ろに並んでいた大柄な冒険者が押しのけてくる。

 もう職員は僕の方を見もしない。粘っても仕方ないので、よろよろとその場を去る。


 どうしよう、どうしたものか。

 せっかく何週間も掛けてここまで来たというのに、結局何も出来ないではないか。

 冒険者で無くて、他の仕事を探すか? いやいや、そんなことをするためにここまで来たのではない。それぐらいならダカオ村へ帰った方がいい。

 どこかの上級冒険者に弟子入り? 恥ずかしがり屋の僕が、一体誰のところへ弟子入り出来るというのだ。そもそも、誰に声をかけていいかも分からない。

 仮面を使えばいいのかもしれないが、仮面をつけて街中を歩くというのはどうにも抵抗がある。変質者として扱われたくはない。


 ぶつぶつとうわ言のように対策を呟きながら、僕はギルドの大きな扉を開けてニルクスクの街へ彷徨い出た。


 石畳の綺麗な道路の上を、何百何千という人が行きかう。

 誰もかれもが笑顔で生き生きとして、その中できっと僕は死んだ魚のような目をしていることだろう。


「どうしよう、帰ろうかな」


 帰りの路銀ぐらいはギリギリある。最悪、野宿をしながら歩いて帰れないことは無いのだ。

 でも、あれだけモック爺さんに啖呵切って出てきた手前、帰りづらい。


 なんにせよ、今日泊まる宿は見つけなくてはならない。

 しかし、どこに宿街があるのだろう。

 ギルドで紹介してもらうつもりだったので下調べはしていない。誰かに道を聞こうにも聞けない。森の中で生きて来た僕としては、こういう整然とした街並みというのはどこも同じに見えてしまって、まあ早い話迷子になりそうだ。


 あれ、これ結構まずいのでは?


「……いや、いやいや、なんとかなる」


 悪い考えを振り切るように、荷袋を担ぎなおす。

 中でかしゃりと仮面が音を立てた。最悪、この仮面を被って人に道を聞けばいいのだ。最後の手段だけれども。

 せっかく独り立ちをしたのだ。こんなところで諦めて堪るものか。


 適当に検討を着けて大通りを歩き始めた。

 これだけデカい街に国中から人が集まるのだ、宿くらいすぐにも見つかるはずだ。

 そう思えば、幾分か気も楽になる。


 通り沿いに開かれた市場を覗き込んで、見たこともない食べ物や道具類、工芸品を目に収めながら僕はブラブラと散策を楽しんだ。

 ひとときでも悪い感情を頭から追い出したかったのだ。


 市場は終わることを知らず、見入っていたらいつの間にかだいぶ日が傾いてきていることに気付いた。


 まずいと思って、大通りから一本外れた路地に入った。大通り沿いにも宿屋はあったのだが、田舎から出て来た小汚い男が一人で泊まれるような雰囲気のところは一つもなかったのだ。


 路地は高い建物に挟まれて少し薄暗い。

 ふと、背後に何かの気配を感じて振り返る。しかし、誰もいない。

 おかしいな、と思いつつも、都会に来て感覚が鈍っているのだろうと判断する。


 奥に入るにつれて、先ほどまでの華やかさが嘘のように大都市の裏側が見えてくる。

 ガリガリに痩せた男が何のものか分からないような骨を一心不乱でしゃぶっている。

兄弟らしい子供が二人、しゃがみ込んでぼさぼさ頭を掻きむしっていた。シラミがぴょんぴょん跳ねるのが見える。

 顔が傷だらけの男が三人ほど、たむろして何かひそひそと話しているのも見えた。


 これはまずい。

 迷って変なところへ入り込んでしまったようだ。

 引き返そうかどうしようか迷っていたところへ、静寂を裂いて誰かが言い争うような声が聞こえて来た。


「いやいや、困るなぁ。僕はただ散策をしていただけなのだがね」


 その優しい声色はどこかで聞いたことがある者だった。


「へっ、そんな綺麗なベベ着てこんなとこくりゃぁ、盗ってくれって言ってるようなもんだんぜ!」


「そんなつもりはないのだがね。いやぁ、森と違って都会というのはどこを歩いているのか分からなくなる」


 こっそりとその声が聞こえて来た路地を覗き込む。

 間違いない、リュードーンだ。

 小汚い路地の中で、その綺麗な装いはとても浮いている。僕の旅着は薄汚れているからそれほどでもない。

 リュードーンを取り囲むようにして、三人の男が下卑た笑いを上げている。さっき何やら内緒話をしていた奴らだ。


「ま、なんでもいいんだよぉ。身ぐるみ置いてきゃ命まではとらねぇからよぉ、頼むよぉ」


「ははは、頼みごとに弱い僕でもその願いは聞けないねぇ」


「ねっ、ねっ、兄貴ぃ、こ、こいつぅ、めっちゃ綺麗な顔だよぉ、ヤっちまおうよぉ」


「男でもいいなんて、お前は本当に見境がねぇ奴だなぁ」


 三人がぎゃはははと下品な笑いを上げた。

 これは間違いなくリュードーンのピンチだ。


 僕は迷いなく、背中の荷袋の中から漆黒の仮面を取り出した。

 最近は人目の多いところばかりだったので、出したのは久しぶりだ。手の中の重量に安心感が生まれる。

 急いで被り、壁の死角から四人のいる路地へと身を躍らせた。転身はしない。ただのごろつき相手には不要だ。


「待て、その人から離れろ!」


 僕の叫びに、四人の視線が一斉にこちらへ向いた。

 一同、ぽかんとしている。


「な、なんだぁ?」


 リーダー格と思しき体格のいい男が間抜けな声をあげる。

男たちを指さし、僕は声を張り上げる


「その人に手を出すなと言っている」


 しばらくの沈黙が場を占めたが、やがて男たちの一人が噴き出すと、それをきっかけにして路地に再び下品な笑い声が響いた。


「おいおいおい、なんだよそのへんちくりんな兜はよぉ」


「あーひゃひゃひゃ! 獲物がもう一匹よってきやがった」


「やっ、やっ、やったね兄貴、今日は、う、うまいもん食えるね!」


 笑われた……結構かっこよく決めたつもりだったのに。少しだけ凹む。

 男たちは笑いながらも、思い思いの武器を握る手を強めた。そして、何でもないふりをしながら僕のほうへふらふらと歩いてくる。


「ま、なんだ、どこのお兄ちゃんか知らねぇけどよ」


 棍棒のような武器が振りかぶられる。


「まずはお前からぶっ殺してやるよ!」


 ぶぅん、と風を切って、半歩だけ下がった僕の目の前を棍棒が空振りしていく。

 予想外にバランスを崩した男の右の頬へめがけて、一歩踏み込んで左の拳を打ち込む。


「ぎゅっ」


 確かに顎を砕いた感触があった。男はそのまま錐揉みして壁にたたきつけられた。


「てっ、てめぇ!」


 リーダー格の男が激高して剣を抜き放った。刃こぼれもしたボロボロのものだが、人を殺すには十分な威力がある。

 およそ剣術などやったことがなさそうな男の太刀筋は、やはりめちゃくちゃだった。ただ力任せに振り回されるそれは先読みがしやすく、体をわずかにひねるだけでたやすく避けられる。


「くぉのっ!」


 焦った男は大ぶりに振りかぶって、上段から渾身の一撃を放ってきた。しかし、その一撃とて空を切り、石畳を思い切り叩いた剣は真っ二つに折れてしまった。

 呆然として柄だけになった剣を見る男の鳩尾に拳を叩き込む。

 口からさっき食ったばかりだろう内容物を盛大に吐き散らかして男はそのまま倒れこんだ。


「ひっ、ひっ、ひぃぃぃ」


 残された小柄な男は、悲鳴を上げて逃げ出した。あまりの速さに追うこともできなかったが、まあ向かってこないなら良いかと見逃すことにした。


「ははは、これまたすごい救世主が来たものだ」


 リュードーンは何もされていないようだ。間に合ってよかった。

 声をかけようとして、ふと気づいた。

 これで仮に仮面の中身が僕だと分かったとして、こんな変な仮面を被っているなんて思われたら恥ずかしくないか。

 オーブたちには事情もあったから正体を明かしたが、実際恥ずかしかった。


 別に正体をさらす必要がないなら、このまま去ってしまえばいいんじゃないか。


「ぜひお礼がしたいものだ、どこのどなたか教えていただけるかな?」


「あ、ああー、いや、名乗るほどのものではない、さらば!」


 そういって再び路地の中へと身を躍らせた。慌てて変な口調になってしまった。

 別れ際にリュードーンが何か行った気がするが、無視。


 ああ、リュードーンさん、すみません。今度会ったらまたお話しましょう!


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