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仮面セイバー  作者: おちぇ。
かくして少年は旅立つ
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ゴブリンの宴

 カイゼルたち“蒼星”は、尊い犠牲・・・・を払うことでモンスターパニックから辛くも逃げ出していたが、一日経ってもまだダンジョンを抜けることが出来ないでいた。

 というのも、逃げる際に迷路のように入り組む洞窟の内部で迷ってしまっていたのだ。

 

 松明はすでにない。今はなけなしの魔法ランタンで何とか光を造っている状況だ。

 その薄明りの下でデフラムは必死に冒険者の痕跡を探し、洞窟の先から漂う臭いに鼻を向けた。しかし、見つかるのはゴブリンの足跡しかなく、ゴブリンの悪臭が漂ってきて外の情報は得られなかった。


「くそっ、何やってんだよお前!」


「……すまん」


 力なく肩を落とすデフラムだが、慰める余裕はカイゼルの中には無かった。

 仮にも一年以上は冒険者をしているカイゼルたちは、これまでも何度か苦境に立たされたことはあった。その度に結束して苦難を乗り越えたことでクランの結束は高まり、冒険者のとしての自信も確固たるものになってきたのだ。


 だが、ほぼ暗闇の中、四六時中どこから襲ってくるか分からないモンスターとの戦い、途切れ途切れの休憩と、状況の打開が出来ない焦りがその冒険者としての土台を揺れ動かしていた。


「ゴブリンだっ」


 何度目かの分岐を進んだ先に、またもゴブリンの集団が現れた。全員が武装しており、体中に出来た傷が彼らの戦いの歴史を物語っている。


(やっぱりそうだ、奴ら、どうにも人間みてぇだ)


 高位のモンスターでもなければ知性はほとんど感じられないはずなのに、このダンジョンのゴブリンどもは不思議なことにまるで訓練をしたかのように武器を振るい、時にこちらを驚かせるような熟練の連携をして見せる。

 何より、敵わないとみるや逃げ出すそのタイミングが抜群なのだ。普通のモンスターも逃げはするが、散々戦って体力の限界が来たところで逃げるのですぐに追うことが出来る。だが、ここのゴブリンどもは逃走の体力をしっかり残していた。

 それはもはや、人間の冒険者に近い戦い方であった。


「仲間を呼ばれる前にやるぞっ」


 カイゼルは剣を抜き放つと、果敢に集団へとつっこんだ。突き出された槍の穂先を切り払い、手首を返してゴブリンの首をはねる。そのまま左手の盾で死体ごと奥のゴブリンを押し込み、心臓を一突きにして刺し殺す。


「ギッ」


 だが、ゴブリンどもは仲間の死には構わず、それぞれの武器を突き出す。何とか後ろに跳び退りやり過ごすものの、体中に裂傷が出来てしまった。


「炎よ踊れ《ガフラメス》!」


カイゼルが退いたのと連動して、弓と魔法の援護が飛んでくる。


「ガギャァッ」


 蛇のような炎が踊り、たちまち数匹のゴブリンが一瞬のうちに火だるまとなる。

 劣勢と見るや、他のゴブリンはたちまち逃げの一手を打った。


「逃がすかっ!」


 カイゼルが回復薬を傷口に吹きかけると、デフラムと共に逃げるゴブリンに追いすがろうとする。

 だが。


「きゃあっ」


 アイリンの叫び声に、二人の足は止まる。

 振り返れば、アイリンの頭上を音もなくイビルバットが飛び交い、攻撃しているではないか。

 魔法は集中力がものをいう。ああも、接近されては魔力を練り上げるどころではない。


「くそがっ」


 すぐさまに反転してイビルバットを葬り去るが、その時にはすでにゴブリンの姿は無かった。


 あのモンスターパニックから逃れてからというもの、ずーっとこの有様だ。あの“モンスターと目も合わせられない無能”がいなくなってから、アイリンがイビルバットに襲われる回数は目に見えて増えた。

 それが示す事実を、カイゼルは理解しようとはしなかった。


 だが、後衛職の直衛がいないという事実は今の三人にはとても重くのしかかる問題である。


「大丈夫か?」


「ええ……急ぎましょ。ゴブリンの群れに襲われたらたまらないわ」


 三人の仲でも、特にアイリンの疲れが限界に達しているのはわかっている。だが、またゴブリンの大群に襲われればそれこそ全滅は必至。

 歩き続けるしか選択肢が無かった。




どれほど歩いただろうか。

疲労困憊、満身創痍、神経衰弱、青息吐息。

三人の状態を表す言葉は数あれど、いずれも陳腐に聞こえてしまうほどに限界が近かった。

されど、終わりのない旅は無いもの。

いくつかの分岐を進んだ先で、デフラムが通路にしゃがみ込んだ。


「おい、どうした?」


「……あった」


「大丈夫か、なにがあったんだよ」


「あった、あったんだよ……」


 デフラムが指さす先には、洞窟の岩の一部によく見覚えのある印がつけられていた。紛れもなく、ダンジョンへ入ってきたときにデフラムが付けた帰り道を示す目印だった。


「帰れる、帰れるぞ! もうすぐそこが出口だ!」


「ほ、本当か、やりゃぁ出来んじゃねぇか!」


「帰れるの?! 本当に?!」


 三人は喜んだ。それは心の底からの喜びであった。


 だが。


 ここはダンジョン。

 数多の財宝と、強き者への名声が、人の野望を叶える場所。

 湧き出る魔獣と、弱き者への試練が、人の希望を奪う場所。


 確かに出入り口はすぐそこだった。

 アポリ―洞窟には出入り口の入ってすぐ近くに大きな岩壁の広場がある。人ならば100名は入れるだろう。

 そこを抜ければ、すぐにも外界である。

 抜けられさえ、すれば。


「うそ、でしょ……」


 からん、とアイリンの手から杖が滑り落ちた。肌は薄汚れ、目の周りは窪んだように隈が覆い、いつもの美貌はどこにも見当たらない。それでもさっきまでは、笑顔が浮かんでいたのだ。

 今、希望の全てを真っ黒に塗りつぶされ、絶望に沈んだ。


 いつもはガランとした広場だが、今は暗い緑の何かに埋め尽くされている。

 人ではない。

 人ならば、あんなに邪悪な笑いを浮かべないだろう。

 そう、ゴブリンだ。

 広場を埋め尽くさんばかりに、ゴブリンが宴を広げていた。


「ギャガガガガガガ!!!」


 おそらく、自分たちと同じように逃げて来たのだろう、冒険者だったものがそこら中に転がっていた。

 もはやピクリとも動かぬ死体となった女冒険者を、それでも犯し続けるゴブリン。

 若い冒険者の頭蓋をたたき割り、脳を貪り食うゴブリン。

 奪い取った剣の切れ味を元の持ち主の体で試し続けて、ついにはひき肉にしてしまったゴブリン。


 ゴブリン、ゴブリン、ゴブリン。


「いやっ……いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


 アイリンの絶叫を、カイゼルもデフラムも責められはしなかった。彼女が叫ばなければ、自分が発狂していただろう。


 アイリンの叫びを聞いて、ゴブリンどもが一斉にこちらを見た。

 やらねば、死だ。

 カイゼルは震える手で剣を握った。頬を冷たい何かが伝う。殺してきたゴブリンの体液か、泣いているのか、それすらも分からない。


「ギャガガガ!」

「ギガゴゴガガ!」

「ゴガッ!!」


 新たな獲物の襲来に、喜ぶゴブリンどもをかき分け、ひと際大きい個体が姿を現した。

 他のゴブリンとは倍以上の体躯をほこり、筋肉の盛り上がりはカイゼルの比ではない。

 ゴブリンの一つ上のランク、ゴブリンファイターやゴブリンリーダーとは全く違うその姿は、本でしか見たことのないものだった。


「ゴ、ゴブリンジェネラル……どうして、こんなところに」


 伝説上のモンスター、ゴブリンキングに次ぐ高位の存在の出現。

 上級ランクの冒険者と同等の腕とされるそのモンスターに、ここまでたどり着いた冒険者たちはなすすべなくやられてしまったのだろう。

 そして、今まさにカイゼルらも同じ状況に晒されている。

 三人は、絶望の淵に立たされていた。


一日一話投稿を心がけたいところですが……温かく見守ってください。

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