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仮面セイバー  作者: おちぇ。
その名は仮面セイバー
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嫌なことから逃げる

 断末魔の叫びもなかった。メタラクネの身体が次々と光に変わり、螺旋を描いて世界へと飲み込まれ、崩壊していく。

 光の粒はやがて集い、地上に太陽が下りて来たと思うほどの輝きが周囲を包み込み、柱となって天を衝いた。

 メタラクネの膨大な魔力が光に変わって世界に解き放たれたような、そんな光景である。


「綺麗……」


 ハローの呟きが僕にも聞こえた。場違いながらも、確かにそうだなと思った。

 崩壊はしばらく続いたが、やがて光は全て空へと吸い込まれて行き、後にはただの森と、人と、アラクネだけが残された。

周囲を確認したが、メタラクネどころかバーボリーの姿もない。


「終わった、のかな」


「そうっぽいね」


 ふぅ、と大きく一息をついてから、メルゼスと僕はどちらともなく拳を突き合わせる。

 たった数日の付き合いで、時間にすれば僅かな戦いであったが、まるで大きな戦を経験しあった戦友のように絆が結ばれた気持ちでいた。


「う……が……」


 メタラクネが消えた跡地には、衣類を一切纏わぬ状態のベルゲイだけが残されている。苦痛に喘いでいるが、五体は満足、全裸であることを除けば問題は無さそうである。


「はん、うまくいったねぇ、さすがはあたしだと思わないか、メルゼス」


「はいはい、そうですね、自分で言わなければ締まったんでしょうけどね」


 オーブが布一枚と水筒を放り投げて来たので、受け取ってベルゲイに被せてやる。汚いものをハローに見せるわけには行かない。各所を見るが傷は無く、身体を起こして水筒から水を飲ませてやった。ごくり、と喉が鳴ったので、一先ず安心だ。

 なんやかんやあった一日だが、結局最後の一番いいところはこの男に持っていかれてしまった。


「それにしても、人間を魔物に変質させるとは……魔人も怖ろしい技術があるものですね」


「女王様、あれは変質というより、魔物という鎧を着せられているような状態ですよ。もう少し魔法陣が完ぺきに発動していれば癒着して危なかったでしょうけどね」


「……あ、もしかして、あえて森の竜を蜘蛛の巣に突っ込ませていたのって、そういう?」


「はん、あれだけ大規模な魔法陣だと一部を崩したくらいじゃあ、他のバイパス回路が補って不発まではいかないのはわかってたからね。崩したところにちょっとした嫌がらせをしてやったのさ。とはいっても、完全体にならないってくらいにしか効果なかったけどね」


「なーるほど。さすがオーブさん、一家に一台欲しいですね」


「あたしゃ便利魔道具か! ……にしても、あの魔人、とっつかまえとけばよかったねぇ」


「えー? もう顔も見たくないですよ」


「はん、やることは下衆だが、この魔法理論は中々だったよ。そうか、今度は魔境に行くってのもありだねぇ」


「そんときはお一人でどーぞ」


 オーブとメルゼスのやり取りを聞きながら、僕は運命に感謝していた。なにより今日のこの日に、オーブたちと出会わなかったことを思うとぞっとする。

 メタラクネと戦って勝つどころか、アラクネの糸を突破するどころか、仮面の力を再び使えるようになることもなかっただろう。


「ああ、よかったなぁ……」


 本当に良かった、と思うのは本心である。あの時の決断がこの結末を招いたというのなら、未来も見えないままに一歩を踏み出した僕をほめてやりたい。

 ああ、だけども、その発した言葉通りに素直に全てを喜べるほど、僕の心は晴れ晴れとはしていなかった。それどころか、戦闘の興奮が薄れるほどに、重石のようにずっしりとした何かが胸の中に溜まっていくのを感じていた。

 そんな風に考えているものだから、彼女の接近を不用意に許してしまった。


「ええ、本当に、よかったです。あの、お怪我は?」


 気づけば、目の前にハローがいた。

 倒れたままのベルゲイを看病していたのだが、同じように膝をついて、少しだけ疲れた顔をしているものの、あの優しく眩しい笑顔で僕に微笑んでいた。


 ずぐん、と心臓のあたりがざわめいた。


「あの、助けて頂いてありがとうございます。お名前をお伺いしても?」


 彼女は僕がダリオンであることをまだ気づいていないようだ。

 そういえば、仮面を被っているところは彼女に見せたことはない。

 彼女は、僕がダリオンだと知らない。いや、むしろ、僕が彼女に何をしてしまったのかも、もしかしたら覚えていないかもしれない。

 あれは、不本意な事故であった。そして、理由は分からないがハローは無事だった。傷一つなかった。


 だけど、事実は消えないのだ。

 僕が彼女を突き刺してしまったという事実は。


 手が震えだす。

 何を言っていいか分からない。自分の気持ちに整理がつかない。

 初めての友人に対して、一体僕は何てことをしてしまったのか。

 もし、僕が彼女にしたことを彼女が思い出せば、どう思うだろうか。


 失望されるかもしれない。


 足に上手く力が入らない。

 これならば、アラクネと戦っていた方がよっぽど怖くない。

 心臓が早鐘をうつ。頭がぼーっとして、思考が鈍っていき、やがて僕は錯乱状態のまま一つの行動をとる。


「う……」


「?」


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


 そうと決断すれば体が動くのは早かった。

 体はハローとは逆向きに、全力で疾走を開始した。


 そう、逃げたのである。


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