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仮面セイバー  作者: おちぇ。
その名は仮面セイバー
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その矢、流星の如く

「あの魔法陣は少し崩したから……ってことはここの部分の……くそっ、もっと他の部位が分からなきゃ話にならん!」


 オーブがガリガリと地面に枝で細かい模様を描いていく。ここの中心地に来るまでの間に調べたアラクネのテリトリーの地図である。その形はまさに魔法陣であり、あの“メタラクネ”を生み出すに至った設計図が描かれているはずのものである。

 魔法陣で生み出されたものであれば、魔法陣をもって鎮めることが出来る。だが、そのためには正確な魔法陣の理解が必要である。

 情報が不足していた。


「あの、もし」


「はん? なんだい、ちょっとお疲れかもしれないけど女王様に出来る事はないよ!」


「いえ、もしかしてそれは、私の巣の図かしら?」


「そうだけど……あんたまさか」


「ええ、ええ、そこはこういう形に糸を張りましてよ?」


 アラクネが自らの指先から生み出した糸を使って複雑な紋様を描いていく。それはまさに、オーブが欲していた欠落部分の情報であった。


「あの男の命で、私が眷属を使って創り出したものですもの、覚えていますわ」


「でっかしたぁ! それが分かれば……うん、なるほど……ここを反転させる回路が……」


 再び自分の描いた図面へと没頭していくオーブを見ていたアラクネは、背後で何かが動く気配を感じ取った。

 マーニー、そして人の子――確かハローと言ったか。それぞれ時を同じくして目を覚ましたところであった。


「あれ……ここは?」


 マーニーは周囲を見渡し、しばし状況を呑み込むのに時間がかかっているようだった。

 ハローもしばらくはぼーっとしていたが、やがてマーニーの姿を見つけるとぱぁっと顔を明るくして飛びついた。


「……っ! ま、マーニー! ああ、よかった、無事だったのね」


 目が覚めて早々、自分の置かれた状況よりもまずマーニーの心配をするハローの姿を見て、少なからずアラクネは驚いた。それが人の思考様式なのか、それともこの娘が特別なのかは分からないが、自分よりも他人を優先するその姿は何故だか有難く、尊さすら感じるところがある。


「ハロー、僕、どうしてここにいるんだろう」


「ごめんなさい、私も状況は分からなくて……」


 二人の目線は自然と激戦を繰り広げるダリオン、メルゼス、そして“メタラクネ”の方へと向けられる。

 様々な魔法が飛び交うもので、大きな音がするたびにどちらもびくりと身をすくませた。


「母様、一体何が?」


「説明はややこしいので後回しにしましょう。下手に動くと命を落とします。この障壁から出ないように気を付けなさい」


 オーブが張った外側からの攻撃にはやたらと頑丈な障壁を指さす。二人とも状況は理解できていないだろうが、パニックを起こすことなくこくりと頷いた。いい子達だ。

 だが、このままではじり貧なのは間違いない。自分の放った大技が通用しなかった以上、撤退すら視野に入れなくてはならないと思うのだが。

 3人の人間はそれでもあきらめる様子無く、二人は身体を張って、一人は知恵を絞って抗おうとしている。


 そのうちの一人、知恵担当の小人が喜びの声を上げた。


「よしっ……よしっよしっ! 理論上ならこれでいける!」


「倒す算段が整ったのですか?」


「机上ではね。あいつを構成した魔法理論を否定する魔法陣は出来た」


「魔法無効の常套手段ですね。魔力さえあずけてもらえれば、私が撃ちだしますが?」


「いや、駄目だ。さっき魔法が効かなかっただろう。魔法防御力が強いだけじゃない、あいつの表皮の細かい毛がどうも魔法妨害の役割を果たしているね。遠くから撃ったって無効化されるだけだ」


 なるほど、とアラクネは納得する。自分の魔法が通じなかったのも、小人の魔法使いが戦闘に参加していないのも、そういう理由があるからか。


「では、どうやって?」


「はん、だから言ったろう。机上の理論さ。あとはどうやって実行するか、そこが重要だ。あいつの表皮を突き破って直接魔法陣を打ち込みたい。出来れば聖光銀の媒体だと良いんだが」


 そんな都合のいいものがそこらに転がっているわけがない。結局は、机上の空論というやつではないか。

 アラクネが呆れかけたその時である。


「あの……聖光銀なら、これでもいいんでしょうか?」


 ハローがおずおず、と言った感じで話に入り込んできた。

 伺うような少女の手元には、魔力を糧として生きる者ならば本能的に忌避する鈍い輝きを放つ短剣が一振り、鞘に収まったまま握りこまれていた。

 短剣と言えどもそこそこの大きさはある。一体この少女はどこにそんなものを隠していたのだろうか。だが、今はそこを追求する時ではない。


「あんた、そんな一級品の……良いのかい?」

「祖父の形見です。正直言って状況は全くわからないですけど、お役に、立ちたいです」


 ふるふると震えるその手には、確かに彼女なりの覚悟が込められていた。

 オーブはその小さな手に、さらに小さな自分の手を重ね、ハローの目を正面から見据えた。


「ありがとよ。この短剣が必ずこの状況を打開する。誇りなよ? この剣は今から魔物殺しの逸話を持つんだ」


 短剣を受け取ったオーブは一瞬だけ目をつむって短剣に感謝の祈りを捧げた。そして短剣を抜き放ち、指先に魔力を込めるとその刀身に魔法陣を描き始めた。

 時間にして数分だろうか。新しい魔法陣を一から構築すること自体、その知識や技術に舌を巻くレベルだが、その魔法陣をこうも高速に描く技術はアラクネにはない。

 だが、いかに早かろうが、状況は悪化の一途を辿るのみである。


「ぐあっ!」


 戦場から苦悶の声が響く。オーブが支援を手薄にして、切り札の作成に尽力をし始めた弊害だろう。声の主はあの仮面剣士である。手ごろな木の枝を拾っては魔力を通して剣の代わりにしているようだが、一撃貰うたびに粉々に砕けている。

 やがて木の枝も尽き、捌き切れなくなった攻撃がダリオンの身体を直撃していた。

 鎧がダメージを防いだようで、すぐさまに跳び起きて追撃をかわしているが、いつまでもそのままとは行かないだろう。


 よしんば、切り札となる短剣が完成したところで、どうやって打ち込むというのだろうか。あの戦場の中に飛び込んでいけるような戦力はもうない。かといって、あの二人のどちらかを呼び寄せることも出来なそうだ。そんなことをすればたちまちこの拠点が危険に晒され、作戦自体がお釈迦になる可能性だってある。


「よしっ、出来た! あとは、これを脳天に打ち込むだけだ」


 聖光銀の短剣は魔力を注がれ、それはもうたまらなく怖ろしい光を発していた。出来る事ならばすぐさまに叩き落として地面に埋めてしまいたいくらいだ。


「あぶないっ!」


 完成と同時にハローの悲鳴が上がった。再びダリオンへの攻撃が苛烈さを増したのだ。剣を持たず、実力を発揮しきれない方から処理をする算段だろうか。

 このまま放置すれば、あの二人のどちらかは持たないだろう。


「っ……! 貸して、僕がやる!」


 状況の切迫さと、時間の足りなさを感じ取ったのだろう。マーニーは突然、オーブの手元から短剣を奪い取った。

 途端、じゅわっという音とともに嫌な匂いが立ち込めた。


「ぐぅっ!」


「マーニー! 放しなさい!」


 聖光銀とは、魔力を糧とする者にとっては毒に等しいものだ。数自体は少ないが、それを持つ人間は多くの魔物を殺すという。

 無論、アラクネにとってもそれは例外ではない。

 激痛だろう、苦痛だろう。だが、マーニーは決してその短剣を放り出すような真似はしなかった。


「いやだ、離さない! 魔法使いさんが、母様が、ハローが紡いだこの矢を、撃つべきは僕なんだ!」


 マーニーの左手がぐにゃりと変形して、天と地を指す棒状のものが生えた。漆黒の大弓は彼女の固有能力である。

 じゅうじゅうと音を立てて焼かれる右手で、矢をつがえるがごとく、その短剣を弓に載せて引き絞る。編み出された魔力がその短剣を包み込み、大ぶりな矢へと変貌させた。


「いい覚悟だ、お嬢ちゃん。いいかい、狙うは脳天だよ。人型の方じゃない、あの生えてる人間の腰の辺りだ!」


 オーブの指示をもって、マーニーは狙いを定めた。

 だがしかし、今にも射ようとしたところでマーニーの身体ががくりと揺れる。

 アラクネは見た。あのメタラクネの上に陣取るいけ好かないにやけ面が、こちらに向けられているのを。自分の首輪は外れていたが、小なりともマーニーの呪縛は完全に外れていなかったのだ。


「ぐっ……い、いけぇっ!!!」


 それでも強引に狙いをつけなおすと、マーニーは矢を解き放った。

 キラキラと流星のように輝いて、その矢は放たれた。その矢の行先は、誰にも分からない。


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