役者が揃う
めきめき。ばきばき。ごごごごご。
何とも言えぬ轟音が鳴り響いた。鳴動はしばらくやまず、むしろ徐々に近づきてきさえする。
ひと際大きな音のする背後を振り向けば、そこには巨大な森の塊が今まさに木々をなぎ倒して倒れてくるところだった。
大木が蔦で寄り上げられたそれは、余すところなく蜘蛛の巣を巻き付けて元の形が何なのか全く分からない。
「うわぁぁぁ!!!」
「おっ、だりおーん!」
ずずん、という地響きと共に、アラクネの巣のある広場へとその木々の塊は崩壊した。元はきっと何かの形をしていたのだろうが、今はただの木やツタの残骸だ。
その塊から放り出されるように二つの人影が転び出た。
悲鳴を上げながらも、すたっ、と器用に降り立ったのはメルゼスである。割と大きな荷物を背負っているのに実に素晴らしい体の使い方である。
その背中の荷物のフワフワの布に向かって小さな体を飛び込ませたのがオーブだ。ぐえっ、というメルゼスを押しつぶしてこちらも無事に着地する。
オーブとメルゼスの無事な(?)姿を見て、僕の緊張の糸は少しほどけた。
そうなると、心の奥底にしまい込んでいたあれやこれやが飛び出してきて、思わず駆け寄って抗議の声を上げる。
「しっ、師匠! 遅いですよ! いろいろ大変だったんですからね! いろいっ!」
「ばっかたれーい! 教えたことが出来とらんじゃないかい!」
僕の抗議の声は、振り下ろされた杖によって強制的に中断させられる。仮面を通り抜けた衝撃が僕の脳を揺さぶって、思わず頭を抱え込む。
「なっ、なにするんですかー!」
「なんじゃいその魔力の通り方は! 不完全に聖遺物が発動してめちゃくちゃになってんじゃないか。よくまあ、これで戦かえたもんだよ。ったく、ほら、痛いだろう、ほらほら」
「いたっ、いたいっ、さっきまで痛くなかったのに痛い!」
「まー、修行も中途半端だったしねぇ。これからも教えたことはしっかり反復するんだよ! いいね!」
「は、はいぃ」
ひとしきり僕に言いたいことを言い終わったオーブは、次にアラクネに向き直った。
「初めまして、蜘蛛の女王。あたいはビコナの魔法使い、オーロレイヒ・ブルーノ。お見知りおきを」
アラクネに恭しく一礼するオーブは、僕が知っている姿とは違って、最大級の敬意が感じ取れた。
「あっ、アラクネ!?」
オーブの下敷きから解放されたメルゼスは、慌てて手元の槍を構える。それをオーブは杖をもって静止した。
「やめなメルゼス。相手に戦意はないよ。今はそれどころじゃないだろ」
メルゼスは納得のいかない顔をしながらも、大人しく槍を引いた。
「人の魔法使いよ。心遣いに感謝します」
「いえいえ、お礼は『全て』が終わってから」
その含みのある言い様に疑問を抱いたが、アラクネとオーブの会話は続いていく。
「良い魔力をお持ちですね……これが我が手にあれば……そういえば、あなたたちの方へ向かわせていた私の眷属たちはどうなったのかしら?」
「一部は私どもが。さすが女王の配下、良い手駒をお持ちですね。森の竜がああもやられるのは予想外でした。なあ、メルゼス?」
「いやほんと、竜の身体を登ってくる蜘蛛の怖ろしいこと……もうしばらく見たくはないです」
「一部、と言いましたね。では、残りは?」
「その言いようでは、やはりあなたと眷属の繋がりも切れていますね? 今、ご自分の配下の状況を把握できずにいる」
「ええ、お恥ずかしながら」
「ふむふむ、なるほど……」
その情報までで十分なのだろう。オーブは杖の石突で地面をつつきながら、何事かを呟いている。
オーブがすっかりと自分の世界に入り込んでしまったので、僕はかねてより疑問に思っていたことを聞いてみることにした。
「あの、聞いてもいいですか?」
「なんなりと」
「どうして、こんな所に巣を? さっきも言いましたけど、ダンジョンでもないところにいてはお辛いでしょうに」
「……その辺りは、少し恥を忍ばねばなりませんが」
言いよどみながらも、アラクネはとつとつと語り始めた。
「私共はもとより、ここから遥か南方の大森林に居を構えておりました。人間たちは……ドンなんとかと申しておりましたね」
南方の大森林といえば、カオカタよりさらにさらに南にあるドンドルド大森林のことだろう。僕たちが暮らす王国よりも巨大だといわれ、他国との国境線にもなっている途方もなくでかい森林。
誰もその全貌を知らず、古代文明の遺産が今なお眠るという夢に惹かれて数多くの冒険者が挑んでは帰らぬものになるという、この国に暮らすものならだれでも知っている超巨大ダンジョンだ。
「大森林は住み慣れた私共にとっても弱肉強食の過酷な地。その中でも比較的平和な辺境において私どもはつつましく暮らしておりました。ですが、ここ最近森林の勢力図が大きく狂いましたの。中心に程近い場所を縄張りとする多くの猛者どもが、なぜか辺境にまで現れて……とても敵わぬと逃げ出した私共は大森林を捨てるしかありませんでした」
繰り返すが、モンスターがダンジョンを出る、ということは、安定した魔力から切り離されるということだ。人に例えれば、食料も何もかも潤沢な街から、急に人里離れた山奥に放り出されるようなものだろう。
ダンジョン外にも微量ながら魔力はあるので無茶をしなければ生きてはいけるだろうが、子供を抱えての生活はどうしていたのか、想像に難くない。空気さえあれば死なないのだからと、食料も水もなく砂漠を歩けるだろうか。
「より良い地を求めてさまよっておりましたが、そのような場所など限られたところばかり。やがて、魔力も尽きかけたところで、『やむを得ぬ』諸事情があり、ここに巣を構えた、というところです」
「やむを得ぬ理由?」
妙に言葉を濁すからには、何かがあるのだろう。
「おい、ダリオン、お話はその辺までだ。ちょっと準備しな」
ある程度思考がまとまったのだろうか。オーブがこちらの会話に混ざってきた。
「本命? まだ何かあるような言い方ですけど」
「はん、決まってんだろ。この一連の事件の黒幕さ。そろそろおいでになるころだよ」
「あーっはっはっはっはっは! お揃いで皆さぁん!」
まるでその言葉を待っていた、と言わんばかりに、軽薄な男の声が広場にこだました。
「ひぃふぅみぃよぉ……ははぁ、随分と賑やかなことですなぁ、女王様」




