仮面を被ったら恥ずかしくないもん
ガキン、という金属のぶつかるような、砕けるような音が鳴り響いた。
剣は確かに振り下ろされたはずなのに、僕はまだ生きている。
しかし、まったく前が見えない。
それもそうだろう、僕の頭には、何か得体のしれないものが覆いかぶさっているのだ。
「な、な、なんだこれ!」
慌てて頭に手をやると、どうやら兜のようなものをかぶっているようだ。
脱ごうと思っても脱げず、四苦八苦していると、急にしっくりとくる位置に収まって視界が開けた。
目の前には、例の冒険者の残骸の山が積みあがっていた。
その中に、おそらく戦利品の一つなのだろう割れた大きな鏡が乱雑に置かれていた。
鏡を見ると、僕の頭部を美しい黒一色の兜が覆っており、顔も何も見えていない。目も口も覆われており、その造形は兜というより仮面のように見える。
額の辺りにぽっかりと何かが嵌りそうな穴が空いていて、そこから後頭部に向けて角のような飾りが三本流れるように生えている。後頭部には馬の尻尾のような飾りが垂れ下がっていた。
目の部分は、大きな吊り目のようにひし形の黒水晶のようなものが埋め込まれていて、内側からはしっかりと周囲を見渡せて視界をふさいでいない。いや、むしろ何もつけていなかった時よりもよく見えるほどだ。
口元も一枚の布で覆われたかのように、のっぺりとした板が張り付いているが、まったく息苦しさを感じなかった。
ゴブリンどものほうへ目を向ける。
砕けた剣を持ったまま腕を押さえるゴブリンと、そのゴブリンを庇うように立つ二匹のゴブリンが見えた。
頭めがけて振り下ろされた剣は、被っている兜に防がれて折れてしまったようだ。そして折れた破片が持ち主のゴブリンを傷つけたのだろう。
「ギャギャガガガギャガ!」
「ゲゲグガゲグガ!!」
他の二匹はどうやら怒っているようだ。今まさに仕留めようとした獲物から、思わぬ反撃を食らった、とでも思っているのだろう。
命はつながった。
そして、もう一つ、変化があった。
相変わらずゴブリンどもの大合唱は続いている。
そして、ゴブリンどもと目も合っている。
それなのに、顔も熱くならず、頭が妙に冷静で、動悸もなく、逆に体に力がみなぎっている。
「こ、この仮面……着けていたら恥ずかしくない!!」
あれほど僕を苦しめていた恥ずかしがりの症状が、まったく出ていない。
至極冷静に、周囲の環境を見渡すことが出来ている。
まず、あれほど僕を追い詰めていた三匹の子ゴブリン。よほど優位に立って余裕をもっていると思ったが、思ったより表情に余裕がない。
予測しない反撃に戸惑っているとかそういうことでなく、武器を持つ手も頼りなく震え、僕を見る視線も時折宙を彷徨い、とても戦いに慣れている感じではないのだ。
(目を合わせてみてよくわかる。こいつらも、戦いは怖かったんだ)
そう思えば不思議と親近感は沸くが、悲しいかな奴らと僕とは敵同士、ここの場にいる限りとても和平は望むべくもない。
「ゴゴゲッ!!」
「ギゲー!!」
変わらず広場には大量のゴブリンの怒声が飛び交っている。
しかしもはやその騒音にも視線にも動じることはない。
むしろ、命を脅かされたことへの怒りがわいてくる。
(やってやる、皆殺しにしなきゃ、殺されるのはこっちだ)
堂々と子ゴブリンの前に立ち、瓦礫の山の中から誰のものと知れないボロボロの剣を引き抜く。中ほどから折れてしまっていて、錆びだらけだ。
「やるぞ、かかってこい!」
「ギャガー!!」
僕の叫びに呼応するかのように、槍持ちとメイス持ちがまたも同時に飛び掛かってきた。
しかし、動きがトロい。
半身を引いて二匹をやり過ごすと、通り抜けざまに剣を一閃した。一匹のゴブリンの胴を中ほどまで断つ。引き抜き、背後を向いているもう一匹のゴブリンの背中へたたきつけた。
剣は錆びた根元からボキリと折れるが、ゴブリン二匹の命を奪って元の持ち主の無念を少しでも晴らすことが出来ただろう。
二匹のゴブリンの断末魔を聞きながら、腕を押さえたままの剣持ちゴブリンに近づきその剣を奪い去って頭から振り下ろす。切れ味が悪く真っ二つとはいかなかったが、頭蓋を砕くには十分だ。
「……こんなもんか」
あっさりと三匹を屠ることが出来た。
結局のところ、所詮はゴブリンでしかない。
あの恥ずかしがりの症状が出なければ、まったく恐れるに足らない最弱クラスのモンスターなのだ。
子ゴブリンが全滅して、他のゴブリンたちが悲鳴に近い声を上げた。ゴブリンにも、子を思う気持ちがあるのだろうか。
柵を蹴破るようにして、武装した大きいゴブリンが数匹なだれ込んでくる。
「いいよ、とことんやろう。僕が生き残るか、お前たちが僕を殺すか、勝負だ」
ゴブリンの絶叫が洞窟にこだました。
一先ず連続投稿はここまでです。
残りは一日一話ずつ投稿していく予定です。が、残弾が心許ないのでどこかで止まるかもしれません。