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仮面セイバー  作者: おちぇ。
その名は仮面セイバー
42/65

そして戦いへ

 地獄。


 僅か十数年しか生きていない身ではあるが、何とも来い時間だった。

 数時も経っていないはずなのに、まるで何日も修行をしたかのような疲労感が全身を襲っていた。


 修行の内容は何も言うまい。言えるものでは無い。

 だけど、このままでは本当に、やばい、かもしれない。


 そんな思考が脳裏をかすめ始めた時だった。石柱の外から救いの声が響いたのは。


「オーブさん! オーブさん大変です! 修行中止、ちゅうしー!」


 救世主、いや、メルゼスだ。

 今日も巣の偵察に行っていたはずのメルゼスが、あののほほんとした感じではなく切羽詰まった口調で必死に石柱の壁を外側から叩いているようだ。


「はん、なんだいまったく、良いところだったのに水をさされちまったね」


 この牢獄唯一の光源である魔法光を放つ杖を右手に、出来の悪い弟子の頭を直す謎棒を左手に携えて、オーブは嘆息をついた。

 右手の杖で床をこんっ、と突くと、たちまち石柱は霧散し、後には何も残らない。


 解放されたと同時に僕は大慌てでその場を離れ、近くの木の後ろに隠れる。


「……おい、何してんだい?」


「チガウ、ボク、キノヨウセイ、シュギョウ、モウイイ」


「馬鹿な事言ってんじゃない、キノヨウセイだろうと何だろうと一度始めたならにがしゃしないよ!」


「ア……アァ……アアアアアア」


「だーかーら、馬鹿な事やってないで大変なんですって!」


 メルゼスのただ事ではない雰囲気に、茶番は一気に終息する。


「なんだってんだい、巣の方で何か?」


「蜘蛛が一気に動き出しました。ほとんど骸骨蜘蛛だったんですけど、もう数が尋常じゃないです。ちらほらと中級格も居ましたし、逃げるので精いっぱいですよ」


 よくよく見れば、メルゼスの鎧のそこかしこに蜘蛛の体液と思しき液体がべったりと付いている。

 なんてこった、こちらの準備は整っていないというのに。

 槍の穂先に付いた蜘蛛の残骸を振り払いながら、メルゼスはなおも続ける。


「まるでモンスターパニックですね。まさか向こうから仕掛けてくるとはって感じですが、どうします?」


「はん……巣にも入らない時点で襲ってくるとはねぇ。だとすれば、敵の狙いはなんとなくわかる。よっぽど腹が減っているんだろう」


「ああ、そういう。っていうことは、狙いは僕たち(・・・)ですね」


 腹が減っている、つまり蜘蛛たちは僕たちを食おうとしているのだろうか。大量の蜘蛛たちの腹に収まるのを想像するのは、あまり気分の良いものでは無い。


「もうちょっと時間が欲しかったけど、仕方ないね。いいかいダリオン、お友達奪還作戦を開始だ」


「えっ?!」


「腹ぁくくりな! 作戦は簡単だ。こっから二手に分かれるよ。あたしとメルゼスが蜘蛛どもを引き付ける。その間にあんたがひとりで巣の中心まで行ってそのお友達を助けてくるんだ」


「作戦ですかそれ! ぼぼ、僕一人ってそんな無茶な!」


「あたしの読みが当たってりゃぁ、アラクネはこっちに来る。少しばかりは手薄なはずさ」


「こ、根拠を教えてください!」


「そうさな……あいつは今ね、“空腹”なのさ。とびっきりのシェフが調理したご馳走と、まだろくに味付けもされていない生の肉があったら、そりゃぁどっちを選ぶかって話よ」


 よくわからないが、ご馳走がオーブたちで、生肉が僕だろう。


「……読みが外れたら?」


「はん、男だろ、人生超えなきゃならん壁の一つや二つ、あるってもんさ!」


「わかってたけど無茶苦茶だー!」


 オーブはその小さな手で僕の腹を一突きした。決して僕にダメージを入れられるものではなかったが、不思議と腹の奥底に渦巻いていた言いようのない不安は少し薄れた。


「いいかい、全部が全部完ぺきに整ってから始まる戦いなんて無いさ。中途半端ではあるけど、あんたには最低限のことは教えた。気合い入れな!」


 言っていることは無茶苦茶だけど、たった一つの思いが僕の胸を詰まらせる。

 この小さな師匠は、僕の力をある程度だけど認めてくれている。僕なら出来ると思って、こうやって叱咤激励してくれている。

 そもそも、彼らにハローを救い出す義理は無い。ここまで付き合って、モノを教えてくれているのも全て彼らの善意だ。

 彼らは、底抜けに優しい。その優しさが、僕の乱れた心を一つの決意へと導いていく。


「大丈夫、あたしたちもすぐに追いつくさ。なぁ、メルゼス」


「どうですかねー、またあの光景見たら蜘蛛嫌いになりそ、うっ」


 メルゼスの尻を蹴り上げるオーブを尻目に、僕は考えをまとめ始めた。


 確かに、一番の心配はアラクネとの戦闘だ。現状、勝ち目は薄いと言える。

 それを引き付けてくれるのであれば、突破して巣の中にいるだろうハローを救い出す芽もあるかもしれない。

 と、言うか、僕にはほとんど選択権はないのだ。僕一人じゃどうしようもなかったこの状況を覆すには二人の強力が不可欠。さらに、この作戦はオーブ師匠とメルゼスの動きがあってこそ成り立つのだから、彼らがやると言えばやるしかない。

 腹は、決まった。


「師匠!!」


 僕が突然大きな声を上げたものだから、オーブの小さな体がびくりと跳ねた。


「おっ? お、おお、なんだ」


「必ず、ハローを救い出してきます。その、よろしくお願いします!」


「……はん、無茶はすんじゃないよ!」


「はいっ!」


「ああ、あとそれから」


 オーブはニヤリと笑った。


「魔力が扱えることで、その聖遺物で出来る事がだいぶ増えているからね、道中いろいろ試してみな。あと、転身は切り札だ。まだ完全に習得していないんだから、それに頼るんじゃない。いいね? それじゃ、死ぬんじゃないよ!」


 そういってオーブは小さな手で僕の尻を思い切り叩いて、すたすたと森の奥へと姿を消してしまった。

 オーブの言葉の意味は、すぐに分かることになる。


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