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仮面セイバー  作者: おちぇ。
かくして少年は旅立つ
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ゴブリンの巣

 目覚めとともに感じたのは、頭の鈍い痛みだった。続いて、血の匂いが鼻孔を満たす。

 ぼーっとする頭を振って、痛む体を起こす。

 暗い。真っ暗だ。何も見えやしない。


 顔の上側にはカサリとした感触がある。頭部からの流血が固まっているようだ。

 下の地面は岩。さっきまでいた洞窟の中だろう。

 とっさに腰に手をやるが、そこに剣はなかった。軽装鎧も無い。服を除く荷物のすべてが奪われていた。


「くそっ、まいったな、こんなところで」


 口の中にたまった血を吐いて、腰を下ろす。

 ここはどこだろうか。

 ゴブリンどもに襲われて、確か石が飛んできたんだった。それで意識がなくなって、気づいたらここにいた。

 では、ゴブリンどもにとらえられたのだろうか。

 どうして?

 ゴブリンが冒険者を捕らえておくなんて話は聞いたことがない。

 食料として取っておくつもりだろうか。


 いや、それよりもだ。

 他に、人は居ないようだ。

 あの三人はどうなったのだろうか。一緒にいないということは、逃げ切れたのだろうか。


「くそっ」


 囮にされた。

 襲い来るゴブリンどもの足止めをするために。

 僕の命を、捨て駒にしやがった。


「くそっ! こんなことって、無いよ……」


 せっかく憧れの冒険者となったのに、ここでゴブリンどもの餌となって死ぬのだろうか。

 リスファルとも会えていない、モック爺さんにもお別れを言えていない。

 悔しくて、悔しくて、涙が溢れてきた。


 どれほど時間が経ったろうか。もう涙は流れ終っていた。

 ふと、遠くのほうに明るい何かがちらついた。

どうやら壁面に何かの光が当たっているようだ。松明だろうか。


 そうして壁の向こうからやってきたのは、数匹のゴブリンだった。何かわからない言葉でしきりに話をしている。

 僕とゴブリンたちの目の前には雑だが頑丈そうな木の柵が設けられている。やはりここはゴブリンの巣なのだ。それも、なかなかに知性のある生活をしている。


 松明に照らされたことで、内部の状況がわかる。広間のような場所だ。一か所にだけ木の柵が設けられ、あとはすべて岩壁である。

 牢屋なのだろうか。

 それにしてはなかなかの広さがある。岩壁の少し高いところにいくつかの穴が開いているのが見えた。空気はそこから入ってきているのかもしれない。


 そして、ゴブリンが牢屋の内側に入ってきた。

 手に剣や槍など思い思いの武器を持っている。

 ひと際体格のいいゴブリンが、手に剣を持って僕のほうへ歩いてきた。思わず顔をそらす。


「ががっ、がぎゅるぎゅがが」


 何かを後ろの三匹に伝えると、上段に構えた剣を思い切り振り下ろしてきたのが視界の端に映った。


「うわっ」


 間一髪、地面に寝ころんだまま避ける。

 抵抗をしたいが、武器もないこの状況ではどうしようもない。


「がぎががぎが! がぎぎ!」


 体格のいいゴブリンが顎で合図をすると、ほかのゴブリンも近寄ってきた。

 そして一斉に僕に向けて武器を構えた。

 その体格はとても小さく見えた。


(違う、こいつら、子供だ、子供のゴブリンだ)


 ひと際体格が良く見えたのは普通のゴブリンで、小さい三匹のゴブリンはいずれも子供のように見えた。

 それぞれがこちらを品定めするかのようにじりじりと距離を詰めてくる。


(そうか、僕は餌なんだ。この子ゴブリンたちが強くなるための、訓練用の砂袋なんだ!)


 捕らえてきた人間を、戦いの練習台としている。

 それは人間も同じようなことをしている。手傷を追ったゴブリンを成りたての冒険者に殺させ、自信をつけさせるという手法もある。

 人間どもが行ってきた業が、今まさに僕へと跳ね返ってきている。


(じょ、冗談じゃない、僕はまだ死にたくない!)


 英雄になりたいという夢をかなえるまで、僕は死ぬわけにはいかない。

 慌てて立ち上がり周囲を見渡すが、手の届く範囲に武器になりそうなものは何もない。

 残酷にも目の前には僕にとっての死神が三匹もいて、その距離をじわじわと詰めてきている。


「ゴゴゲ!!」


 大人のゴブリンが叫ぶ。

 するとどうだろうか、いつの間にか広場の壁中に開いた穴という穴から、ゴブリンどもが顔を出し、同じように叫びだすではないか。


「ゴーゴーゲ! ゴーゴーゲ!!!」


 子ゴブリンと人間との戦いは、ここのゴブリンにとってこの上ない娯楽なのだろう。数多の笑い声すら聞こえてくる。

 数十匹のゴブリンによる大合唱は、小さな三匹のゴブリンの士気をあげ、たった一人の哀れな生贄の心を追い詰めるには十分なものだった。


「ギャギャー!!」


 剣を持った一匹が叫び、剣を振りかぶった。

 ろくに手入れもされていない錆びだらけの剣ではあるが、防具を奪われた生身の人間を殺すには有り余る威力がある。

 だが、素人の技だ。降りてくる先が手に取るようにわかり、転がるようにして回避する。

 勢い余ったゴブリンは剣を地面にたたきつけてしまい、悔しそうに地団太を踏む。


「ギギッガ!!」


 続いて槍を持ったゴブリンと、メイスを持ったゴブリンがほぼ同時に僕に襲い掛かる。

 槍を避けるときに横に跳んではならない、と昔冒険者をしていたモック爺さんは教えてくれた。

 横に跳んだとき、足が止まった瞬間に薙ぎ払われた槍を避けることが出来ないからだという。その教えを守り、ゴブリンの突きを後ろに下がりながら避ける。

そこへ、とびかかってきたメイス持ちが槍持ちの視線をふさいだ瞬間を狙って、横っ飛びに距離を取る。


三匹いても、連携はできていない。

しかし、目線を見れない僕にとって、三匹同時に飛び掛かられてはいつまで避けられるかわからない。


そして、なによりも。


「ゴーゴーゲッ!」

「ゴーゴーゲッ!!」

「ゴーゴーゲッ!!!」


 松明の明かりだけでは薄暗いこの広場に反響する、ゴブリンどもの雄たけび。

 それを受けて湧き上がる感情は、恐怖だけではない。


(やめろ、やめてくれ、見ないでくれ、うろたえている僕を見るな、殺されそうになっておびえる僕を見るな)


(みるな、みるな、みるな!!)


 目を合わせずとも感じる大量の視線は、僕の心をガリガリと削っていく。

 “恥”の感情はやがて僕の足から力を失わせていく。

ついには三匹の猛攻をよけきれなくなり、無様にも尻もちをついてしまう。


「ゴーゴーゲッ!」

「ゴーゴーゲッ!!」

「ゴーゴーゲッ!!!」


 立ち上がる気力もなく、後ずさりしていくと、背中に何かがぶつかった。

 壁ではない。

 とっさに背後を見ると、それは敗北者たちの墓場だった。


錆びて折れた剣、穴だらけの鎧、そして、骨、骨、骨――

天井間近にまでうず高く積み上げられたそれらは、ゴブリンどもになぶられ敗北しただろう被害者たちの残骸だった。

僕も、こうなる。

殺され、肉を食われ、骨までしゃぶられ、この山を高くするための一つの要素に成り下がる。

恐怖した。絶望だけが僕の心を満たした。

もはやそこに突き刺さった折れた剣を取る正気もなく、僕は叫んだ。ただ、泣き叫んだ。


「だ、誰か助けてくれー!!!」


 絶叫は虚しく響き、ゴブリンどもの熱狂の炎に油を注ぐ。

 助けなど来るわけがない。きっとここは、アポリー洞窟の奥深く。よほどの冒険者で無ければ入って来られないのだ。


「誰かぁぁぁぁぁ!!!」


 誰も助けになど来ない。

 だが、確かにそこに“救い”は会った。

叫びが神に通じたのか、はたまたゴブリンどもの熱気がその山を崩したか。

なぜそれがそこに眠っていたのか、何の因果の巡りあわせか。

それは後になってもわからないことではある。

ただ、この時、奇跡が起きたのは確かだ。


がら、がらがら、がらん。


僕の真上から、何か音がする。

しかし、目の前に迫るゴブリンの剣から目を離すことが出来ない。


 がらん、がらん、がらがらがら。


ゴブリンの剣が振りかぶられた。

ああ、終わるのだ。僕の人生は、こんなゴブリンの巣の掃きだめのような山の一部になるものだったのだ。

英雄になりたいなどと、とんだ不相応な夢を持ったものだ。

しかして、ゴブリンの剣は振り下ろされた。僕の頭をめがけて狂いなく、振り下ろされたのだ。とても遅く、まるで時が止まっているように見えた。


ガラガラガラガラ、ガポン!!


そして、視界が真っ暗に塗りつぶされた。


あともう一話、連続投稿します。

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