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仮面セイバー  作者: おちぇ。
その名は仮面セイバー
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骸骨蜘蛛

 どれほどの時間を過ごしただろうか。

 幸せな時間というものは、すぐにも過ぎ去ってしまうものだ。

 そして、時として喧騒によって容易く引き裂かれてしまう。


「あひゃぁぁっ! やめっ……ひぃっ!!」


 護衛の冒険者の悲鳴が、夜の静寂を切り裂く。場所は焚き火の周りからではない、少し離れた森に入った辺りから聞こえる。仲間同士でじゃれて居るわけでは無さそうだ。

 僕は跳ね起きた。荷物の一番上に置いていた剣を抜き、背後にハローを匿って森を凝視する。

 迂闊だった、としか言いようがない。初めての雰囲気に呑まれて、接近を許した。


「えっ、なっ、なに……」


「敵襲ぅ!」


 ハローの狼狽える声と、焚き火の方から聞こえてくる大声に隠れて、聞き逃してしまうほどの小さな足音。かさかさと、腐葉土の上を滑るように何かが移動している。


「はっ、ハロー、君は馬車に走れっ」


 言うなり、その襲撃者たちは暗闇から飛び掛かってきた。僕の膝くらいの高さの黒い影が、二つ三つと地面を走り、僕の足元へと殺到する。


「ふっ!」


 溜めた呼気を吐き、即座に三つの斬撃が僕の手元から生まれる。それらは二つの影を真っ二つに割り、最後の影の端をかすめた。


「ちゅぎっ」


 およそ普通の生き物とは思えない悲鳴を上げて、その影は地面を転がった。


「光よ(シャラマ)っ」


 同時にハローの声が響き、夜の闇を光が切り裂いた。攻撃力は無いが、灯りをともす低級魔法だ。ハローの手元にはランタン型の魔法道具が輝きを放っている。先ほどまでは持っていなかったはずだ。隠し持てるサイズではないはずだが、一体どこから出したのか――いや、今はそれどころではない。


「こいつ、骸骨蜘蛛か!」


 背中一面に頭蓋骨のような模様のある小型のモンスターだ。小型と言っても前述の通り中くらいの犬ほどはあるし、弱いゴブリン程度なら余裕で食い散らかしてしまう。

 動きが素早く毒も使うので慣れないと厄介だが、防御力はぺらっぺらなので初級冒険者でも徒党を組めば楽に倒せる。


 そして、人型でないなら僕にとって敵ではない。


 ハローは僕の背中に張り付いたままだ。一人になるのが恐いのか、僕の傍が安全と判断したのか分からないが、すでに複数体に囲まれてしまった今となっては一人にするわけにはいかない。

 しかし、雑魚とはいえこうも数が多いと、位置取りが悪い。


「ごめん!」


「きゃっ!」


 小さなハローの体を担ぎ上げる。抗議は後で聞こう。お互いに恥ずかしがっている場合ではない。

 骸骨蜘蛛を一匹串刺しにして、そのまま焚き火と馬車の方へと走り出した。僅かな距離にも関わらず何匹かの蜘蛛が襲い掛かってきて、それらを一撃で屠る。


 焚き火の周りでは、すでに戦闘が繰り広げられていた。


「くっ、くそぉっ、こいつ……ぐっ」


「ひぃっ、ひぃぃっ」


 寝込みを襲われた者がほとんどだったのだろう。得物を握る前に戦闘になってしまったもの、組み伏せられている者、すでに蜘蛛の毒に痙攣をしているものまでいる。


「おっ、お嬢様!」


 襲われているものを助けつつ駆け寄ってきた爺やさんへハローの身体を預けた。ハローの身体には外傷は無さそうだ。


「隠れてて」


 そう言い残すと、僕は再び混乱の最中へ身を翻す。

 冒険者に襲い掛かっているものを一刀両断。ぽかんとする冒険者を置いて、森の近くへと走り寄る。

 ベルゲイともう一人の男が、互いに背中を預けあって蜘蛛と戦っている。一匹であれば問題ない相手だが、いかんせん数が多すぎる様だ。苦戦の様相が見て取れる。


 背後、馬車の方向からハローの声が聞こえたと思ったら、頭上に輝く光が生まれた。一気に視界が開け、敵の数が把握できるようになった。有難い。


 ベルゲイらが僕の接近に気付いた時には、すでに二匹の蜘蛛が体液を飛び散らせて絶命した。

 モンスターにも知性をもつものはいるが、この蜘蛛たちはおそらく本能的に僕を危険と判断したのだろう。

 ベルゲイらを無視して一斉に飛び掛かってきた。


「ぎゅぎゅぴっ」


 大きな蜘蛛が視界いっぱいにひろがるが、背後に退路は残してある。後に一歩下がれば、たちまち蜘蛛は僕の間合いだ。

 脚を斬り飛ばし、毒液を躱し、地を這うそれを蹴り上げ、突きさし、跳び退って、まとめて薙ぐ。


 あっという間に蜘蛛の死骸が転がり、異臭が森に立ち込める。臭さに顔をしかめてしまう。


「ぎゅぎゅるぅ!」


 その臭いから劣勢を感じ取ったのだろう。残る数匹の蜘蛛たちは一斉に森の中へと逃げ去っていった。

 剣を収め、周囲を見渡す。敵の残骸があるきりで、動いているものは無い。

 ベルゲイがこちらを見ているようだったが、僕は目線を合わせることなく馬車の方へ向かった。


「だ、大丈夫、ですか?」


 幸い従者に被害はなかったが、冒険者一名が負傷、そしてもう一名が毒で意識が朦朧としていた。

 数人が口から泡を吹く冒険者を取り巻いているが、手の施しようが分からないらしい。


「じじ、爺やさん、その、馬車の荷物……見ても?」


 ハロー達がカオカタから商品を仕入れたというのなら、おそらく薬草類も積んでいるはずと踏んだ。予想通り、春から夏に向けて最盛期となる薬草の束がいくつか見つかった。

 ハローに断りを入れて、薬草をいくつか合わせて液体を絞り出し、冒険者の口の中に水と共に注ぎこんだ。意識は朦朧としているが、何とか水分は飲めるようだ。

 やがて呼吸が落ち着いてきて、顔色も一気に改善される。良かった、効き目はあったようだ。


「てめぇっ、モンスター除けはどうした!」


「すまっ、すまねぇ、ベルゲイさんっ!」


 一通りの処置を終えたころに、ベルゲイの怒声が響いた。振り向けば、ベルゲイが一人の冒険者の胸ぐらを掴み上げていた。あれは、確か最初に不寝番を言い渡された男だったはずだ。


「このあたりはよぉ、そんなに物騒じゃねぇって聞いたもんで」


「それで、モンスター除けをケチって、俺たちを陥れたってわけだ。悪魔の手先かてめぇは!」


「すす、すまねぇ! 謝るよ! このとおりだぁ!」


 モンスター除けとは、何故かはわからないが低級のモンスターが嫌がる煙を出す木があり、それを元に造られた香料である。人は匂うことが出来ないので、入れたかどうかは後からでは分からない。

 主に焚き火の中に入れることで周囲にモンスターが近寄らないようにするというのが使い方なのだが、おそらくそれをケチったのだろう。


 それにしても、カオカタからデンバリンの間の森でモンスターが出るなんてことは聞いたことが無い。その冒険者の油断をただ責めるだけなら簡単だが、そもそもの発生源を疑わねばならないのではないだろうか。

 とはいえ、すぐに原因が判明するわけでもないので、記憶の片隅にとどめておくことにする。

 ざわついた空気を、通るようなハローの声が引き締める。


「皆さん、護衛の任、大変ありがとうございます。おかげさまで馬車にも私たちにも被害はありませんでした。どうでしょうか、移動すべきかどうか、助言を求めます」


「こんな体液まみれの所にゃあいられんでしょう。ただ、この真っ暗闇を長く動くのは得策じゃねぇ。もし少しでも灯りを出してもらえるんならすぐに移動して、次の先で防備を固めたほうが得策だと思いますがね」


「よろしい。爺や、魔道具をあるだけ出しなさい。ベルゲイさん、引き続き指示をお願いしてもよろしいですね?」


 ベルゲイが頷き、護衛隊が再び集められ、移動の段取りと不寝番のシフト変更が告げられる。負傷者が出てしまった以上仕方のないことだ。

 負傷者のケガの状況は浅いし、毒の症状も和らいでいる。あのタイミングの襲撃にしては被害が最低限と思っていいだろう。


「気を抜いた奴が死ぬ。冒険者ってのはそういう世界だ。びしっとやりやがれ、いいな!」


 荒れた野営地の始末と、蜘蛛から出た素材や魔石の回収、移動、新たな野営地の設営と、夜中にしてはかなり慌ただしくなった。

 が、その後は特にトラブルもなく、無事に新たな野営地も見つかった。


 不寝番の順番が回ってくるまで、僕は自分の寝床を馬車の近くにすることにした。ハローはその間に馬車に入ってしまったようで、話は出来なかった。

 荷物と布を馬車の脇に置いたところで、二人の冒険者が僕に話しかけて来た。そこそこに年の行っている冒険者だった。


「おい、お前さん、結構すごい奴だったんだな」


「俺ぁ、腰抜けてビビっちまったけど……あんた、かっこよかったよ。前は笑ったりして悪かったな」


「お前さんと一緒なら、この護衛も続けられそうだ、よろしく頼むよ」


 俯いてまごまごしている僕にそれだけ告げると、二人はまた焚き火の方へ戻っていった。

 随分とゲンキンなもんだな、とも思ったけど、褒められたことは素直に嬉しかった。


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