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仮面セイバー  作者: おちぇ。
その名は仮面セイバー
26/65

お友達

 雇われたとはいえ、今日いきなり出発というわけには行かなかった。

 結局今日のところは護衛がろくに集まらず、明日もう一度募集を行うという。

 家から僅か数時しかかからない街で、僕は初めて宿に泊まった。いつも外から眺めるだけの宿は思いのほか小奇麗で、旅というものへのワクワクが膨れ上がった。


 しかし、夕飯を食べ終わるとすっかり手持ち無沙汰になってしまって、腕立てなどの訓練をして暇をつぶしていた。

こんこん、と木を叩く乾いた音がした。二度目の音で、自分の部屋の扉がたたかれているのだと気づいた。


「あ、はい!」


「ダリオン様、夜分に失礼いたします」


 この声は、ハローの執事とか付き人とか言っていた老人の声だ。ハローが爺やと呼んでいたのを聞いたが、名前はよく知らない。


「お嬢様がお会いしたいと申しております。お手隙でしたらご足労願えますかな?」


「あ、はい」


 雇い主の依頼なら断る理由もないが、一体夜にどうしたというのだろう。

 爺やさんの持つ小さな灯りを頼りに薄暗い廊下を歩く。すぐに他より明らかに質のよさそうな扉が使われた部屋の前にたどり着いた。

 爺やさんが扉をたたくと、どうぞ、と声がして、扉が開かれる。


 僕の部屋の三倍、いや四倍はありそうな豪華な部屋だった。調度品もそこそこそろっていて、カオカタの街の規模を考えれば最上級の部屋だろう。その中で大きな椅子に小さな体を預けるハローの姿があった。


「ダリオンさん、夜遅くにごめんなさい、迷惑だったかしら?」


 小首をかしげるように訪ねてくるハローは、やはり美少女だった。それだけで僕の体が一気に緊張するのが分かる。


「いいいいえ! と、とんでもないです……」


 消え入りそうな声で答えると、ハローは少しだけ微笑んだ。


「よかった。ねえ、良かったらお話し相手になってくださらない? 私たち、多分それほど年も変わらないと思うの。お若い冒険者の方って初めてお会いしたから、お話を伺いたいわ?」


 なるほどそういうことならば、とは思うのだが、いかんせん相手が僕では楽しい話にならないのではないだろうか。

 でも、そうだとしてどうやって断ればいいのか。僕と話しても楽しくないと思いますなんて言ったら逆に気を悪くする可能性もある。

 だがしかし、いやしかし。


 その葛藤、一瞬にも満たぬ時間であった。

 ちらっとだけ、ハローの顔に目線を送る。

 貴重な魔力ランプの灯りに照らされた、その少し垂れ気味なうるんだ瞳と目が合ってしまったら、もはやその葛藤など一瞬で消え去ってしまった。

 慌てて目をそらすが、すでに僕の顔はトンガリ猿のお尻よりも真っ赤になっていた。


「あ、いや、その、はははい」


「まあうれしい。どうぞそこにお掛けになって。爺や、お茶を出してちょうだい」


 嗅いだこともない香りのお茶が差し出されると、僕とハローの短い夜のお茶会が始まった。

 きちんと話せるのだろうか、という懸念は杞憂であった。ほとんどハローが話題を振ってくれて、それに対して僕が相槌を打ち、一言二言返すという会話が続いた。

 ハローは僕が目を合わせなかったりどもったりすることにはまったく触れない優しさと、僕のあいまいな返事からいろいろと会話を広げる察しの良さを持っていた。

 僕の育った村や街のこと、冒険者になったこと、特に僕とモック爺さんの暮らしぶりにとても興味を持って目をキラキラ輝かせて聞いていた。


「面白いわ。山の中の暮らしなんて素敵」


「そ、そ、そうで、しょうか」


「……ねえ、そろそろその改まった話し方はやめにしない? 同じくらいの年なんだから、どうぞ気軽に話しかけて頂戴な」


「ええっ」


 モック爺さんは荒くれ物の多い冒険者の中で紳士な振舞いこそが大事だと、僕に礼儀作法を叩き込んでくれた。人と目を合わせられない、という点は結局改善出来なかったのだけど。

 その雇い主に対して敬意を払った口調となるのは当然のことだが、その雇い主がやめよという場合はどうすればいいのだろうか。


 僕は困ったように目をさまよわせると、ハローの背後で僕たちを見守っている爺やさんと少しだけ目が合った。即座に目をそらすが、その目はハローの提案を肯定するような優しさがあった。


 ハローは時折、机の上に出しっぱなしの“銀色の短剣”を指先で遊んだ。

 それに何の意味があるのかは分からないが、とても大事そうにしているものだ。触っていると安心するのかもしれない。

 やがてしばしの沈黙が流れた後、ハローは意を決したように再び口を開く。


「ねえ、ダリオン、私の話を少し聞いてくれる?」


 こちらの返答を待たずに、ハローが話を始めた。僕は頭を振って肯定する。


「私はね、ここからずーっと東に行ったメンネルダンという街で生まれたの。親は羊毛を扱う大商人。デプトロ商会と言ったらこのあたりでも有名なのよ? そこの、一人娘。小さいころからお勉強に習い事ばかり、学校に行ってたけれど、お友達……本当のお友達は、いなかったわ。でも、大好きなお父様とお母様のためにと思って、ずっと頑張ってきたの」


 商人、それもそれなりの地位を築いた家柄に生まれた身の幸福と不自由さは僕にはわからない。だけど、彼女はその立場を決して驕るでも悲観するでもない。


「でもね、十六の誕生日を迎えた時、たった一つだけ我が儘を言ったわ。私の知らないところで縁談の話がまとまりかけているのを知って……おかしいの、商人の娘なんだから、家を大きくするためなら仕方ないってわかっているはずなのに。でも三年だけ自由な時間が欲しいって、お父様にお願いしたの」


 何故、自由な時間を欲したのかをハローは言わなかった。僕も聞かなかった。

 木こりの家に育ち、山を走りまわって木と暮らし、冒険者としても自由にやらせてもらった僕には想像もつかない世界がそこにはあった。


「その三年で、きっと商人として名を挙げてみせるって……あれからもう三か月経ってしまった。今回の材木の商いも勇んできたのに空振りに終わってしまった」


 ハローの美しい瞳に陰りがさっとよぎった。


「見て、このお部屋。商人は軽んじられないように見栄を張るものだってお父様の教えに従って、一番良いお部屋をとったの。でも、虚栄だわ。実が伴っていない私なんかに使われてかわいそう。そんな部屋を見てたら、とっても寂しくなってしまって……その時にあなたの顔を思い出したの」


 ああ、物おじしない堂々とした態度も、優雅で美しい振舞いも、彼女の本質ではない。

 彼女だって、僕と同じ大人になったばかりの、人生の冒険者なのだ。

 あれほど大きく映っていたハローの姿は、今はもう年相応の悩める女の子だ。


 しばらく床を見ていたハローだったが、次に顔を上げた時には、出会った時のような商人の顔に戻っていた。


「ごめんね、愚痴っぽくなってしまったわ。もう今日は遅いから寝ましょう」


「あ、ああ」


 そういって二人して立ち上がると、部屋の扉を開けて外に出た。

 その間にいろいろ考えたけれど、やっぱりそのまま帰るのはなんだか忍びなくて、僕は名残惜しく振り返った。

 彼女はどうして僕なんかを呼んだのか。きっと、寂しかったのだ、と思う。そんな彼女に、僕は何かをしてあげられないかを考えて、そして決断した。


「あ、あの、ハハ、ハロー」


「ん、なぁに?」


 小首を傾げるハローがかわいい。


「み、短い間だけれど、その、僕が友達になるから、その……元気、出して」


 その時、僕がどんな顔をしていたか、そしてハローがどんな気持ちで聞いていたか、それはわからない。

 だけれども。


「本当に!? うれしい! また明日からもよろしくね」


 ぴょんぴょんと跳ねる年相応の彼女の姿を見て、僕は自分の言葉が少なくとも彼女の心には響いたのだと、とてもうれしく思った。



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