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仮面セイバー  作者: おちぇ。
かくして少年は旅立つ
23/65

爺孫けんか

「ただいまー、じいちゃん」


 玄関を開けると、難しい顔をしたモック爺さんが腕を組んで座り込んでいた。

 その目の前には二つの茶器。この前村の人からもらった香草茶の香りがした。


「あれ、誰かお客さんでも来ていたの?」


「ん、おお、ダリオン、おかえり。いや、ちょっとな。どれ、もう夕餉の準備をせねばな。手伝ってくれ」


 いつものモック爺さんの顔に戻ると、何かを誤魔化すようにいそいそと茶器をもって台所へ引っ込んでしまった。

 何かおかしいと思いながらも特に追及をすることなく、かまど用の木を取ってその後ろを着いていった。


 夕餉が終わると、いつも通り自分の部屋でモック爺さんの揃えた蔵書を読む時間が来る。古今東西の伝記から、薬草学、鉱物学、医学、兵法といった冒険者として有益な書物から、綺麗な掃除の仕方、手軽に作れる一品料理、豊かな人生を送る心得なんてものも揃っている。

 今日の僕は昔の冒険者の手記を読んでいた。本棚の奥深くに隠すようにしまわれていたその本は、どこにもその人物の名前が書いていない。でも、リアルな冒険者の心情がかかれたこの手記を読むのが好きだった。


 冒険に出ることを止める婚約者を置いてきてしまった苦悩。

 才能ある若者との出会いを喜び、別れを嘆く。

 いくつもの含蓄ある冒険者としての心得。

 

 その中でも特に好きな言葉がある。


『冒険者とは旅人である。良い風を求め、新しき何かを探し、常に自らの脚で歩き続けるものだ。旅に目的地があってはならない。歩いて、歩いて、行きついた安息の地こそが冒険者にとっての終着点なのだから』


その言葉は、今の僕にとても勇気を与えてくれた。


「おい、デリオンや、茶ぁ飲まんか」


 珍しく、モック爺さんが夜に声をかけて来た。いつもならとっくに寝てしまって、朝まで起きないはずである。やはり今日のモック爺さんは少しおかしい。


「あ、うん、今行くね」


その疑問はおくびにも出さず、僕は本を枕の下にしまって一階へと降りた。

目の前に差し出されたのは、例の香草茶だ。苦みと香りが心地よい。今日はよく眠れるだろう。


「冒険者はどうだ、順調か」


「あ、あー、うん、まあね」


 冒険者証を無くしたとは、このタイミングでは言い出せない。


「お前さんも、もう少し修業が必要だからな。あと数年もすれば一人前だて」


 数年。その言葉僕に重くのしかかる。モック爺さんは、あと数年はここにいるべきだと考えているのだ。


「そうだ、お前さん、朝何かさわいどったな。何を無くしたんじゃ。探してやろうか?」


 僕の心臓がどきりとはねた。

 どうしよう、このタイミングで切り出すべきか、嫌々まだ早いんじゃないか、もっと機会をうかがってからの方が――

 思考がぐるぐると周り、まるでいつもの症状が出たかのように顔が茹ってきた。


「なんじゃい、言いにくいものか。さては、冒険者証でも洞窟に置いて来たんじゃろ」


 この爺さん、勘が良すぎる……!

 ガラガラと笑うモック爺さんに観念した僕は、正直に全てを話すことにした。

 無くした経緯を話すと、モック爺さんはとても楽しそうに笑った。

 だが、再発行の話をし始めると、途端にその表情が曇った。それは分かったが、それでも僕は話を途中で止めなかった。


 モック爺さんは、僕が帰ってきたときにしていたような渋い顔をさらにしかめて、床を凝視した。僕とは、かたくなに目を合わせようとしなかった。


「今は冒険者証を発行するにも面倒な時代になったもんだの。それで、どうするんだ」


「再発行しに行こうと、思う」


「一か月もかかるのにか」


 ああ、今こそがチャンスだと、僕は震える足を抑え込んだ。心臓がバクバクとうるさい。

 でも、今の僕の気持ちを止められはしなかった。


「じいちゃん、ずっと考えていたことがあるんだ」


「……なんだ」


「ごめん、僕、この家を出ていくよ」


 再発行をしにニルクスクに行く。それはこの上ない口実だった。

 冒険者になる前からも、なってからも、ずーっと考えていたことだ。いつか村を出て、街を出て、広い広い世界に飛び出したいと。

 幼馴染のリスファルのように、有名な冒険者のように、活躍して名を馳せたい。

 そして、いつの日か英雄と呼ばれるような存在になりたい。

 それは僕にとって、子供の頃から変わらぬ“夢”であった。


 願わくば、それを育ての親が許してくれることを祈っていた。

 だがしかし。


「敵と目も合わせられん未熟もんが何を言うか! まだ早い!」


 予想通りというか、残念ながら理解は得られなかった。

 しかし、それで諦める程度の夢じゃあない。理解を得られないなら、得ればいいのだ。


「じいちゃん、僕はもう子供じゃない、大人なんだよ!」


「わしから見りゃ変わらんわい!」


「爺ちゃんだって、今の僕よりもっと若い頃から冒険者してたって言った!」


「だから苦労したんだ! もっとやるべき時に鍛え、学んでおけばよかったと今でも思っとるわ!」


「だからって外に出ちゃいけない理由にはならないでしょ! ニルクスクでだって鍛えることは出来る!」


「この未熟もんが調子に乗りおって! そういう頭に乗った冒険者が真っ先に死んできたんだ!」


 そこからは、お互いに睨み合いが始まった。

 ダメだ、相手に折れる気配が無い。だが、折れる気もない。

 数分に渡る睨み合いの最中、僕はさらなる反論を考えていた。でも、どれも子供の言い訳のようなものばかりが浮かんで、とても口には出せなかった。

 やがて、自分の思考が削ぎ落されて、次々に記憶の気泡が浮かんでは消えるようになる。その中から、僕は一つの言葉を選び取った。


「愛しき子の旅立ちを引き留めてはならない。その愛が子の未来を摘み取る。旅より優れた教師無し」


 名もなき冒険者の本に書いてあった一言である。

 モック爺さんはその言葉を聞いて、目を見開いて驚いた。


「お前、その言葉、どこで……」


「僕の好きな冒険者の手記に書いてあった言葉だよ」


 それきり、モック爺さんはすっかり黙り込んでしまった。


「ねえ、じいちゃん、僕は旅がしたい。冒険者は、旅をするものだってその人は書いていた。僕はそう思う。旅をして、もっともっと一人前の男になりたいんだ。お願いだ、じいちゃん、僕の旅立ちを許してください」


 ここから旅立てば、嫌なことがあっても、傷つくことがあっても、全て自分で解決しなきゃならない。

 だからこそ、人間は成長をするのだと思う。

 ここでモック爺さんと暮らしながらでも僕は育つだろう。だが、それは、僕の望んだかたちじゃあない。


 しばらく黙っていた二人だったが、やがて大きなため息を一つ吐いて、モック爺さんが口を開いた。


「明日の朝一番、庭に来い」


 それだけを告げると、モックは重い腰を上げて自分の寝室へと向かった。


 別れの時は明日だ。なんとなくだけど、そう確信した。


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