かつての師弟
モックは一人、家の中でいつものように木を削って伝統のお守りを造っていた。国の紋章でもある大鷲を象ったものだ。羽の造形が難しいが、作り甲斐がある。
もうすぐ夏も終わる。秋が来ればあっという間に収穫祭である。その時までにはある程度の数を用意しておきたい。
街の商店に卸した分は何故かすぐに売れてしまったらしく、追加の製造もせっつかれている。やることは多い。
かわいい孫はあの洞窟での事件がひと段落を迎え、いつも通りの日常に戻った。どうやら、ある程度自分の満足する結果を掴み取れたらしい。ただ、冒険者としての仕事は少し休んでいるようだ。
今日は朝から騒がしかった。仕事と日課を終えたと思ったら、やたら大騒ぎをして家を飛び出していった。何かが無い無いと叫んでいたが、何を無くしたのだろうか。
まあ、大方の予想はつく。
あいつが無くしものをするとは珍しいので、あとでからかってやるか。
そんなことを考えていたら、家の外に気配を感じた。もう帰ってきたのだろうかと思ったが、少し様子が違う。
律儀に扉が叩かれて、声が掛けられた。
玄関の扉を開くと、そこには見上げるほど大きな痩身の男が立っていた。
「やあ、先生、ご無沙汰しております」
「お、おお、お前、グィネルか!」
懐かしい男が訪ねて来た。その昔、冒険者を引退するか悩んでいた時に面倒を見てやった青年だ。
もう青年という齢でもないが、あの頃の面影が確かに残っている。手紙では何度かやり取りをしていたが、会いに来るとは思わなんだ。
「上級冒険者様が急に押しかけてくるとはなぁ。手紙くらい寄こさんかい」
「ははは、上級どころか特級への誘いを蹴った人に“様”付けされるのも変な気分ですね。いやね、実はそこの街に仕事で来てましてねぇ」
「まあ上がれ」
「失礼しますよ」
グィネルはかがむようにして玄関をくぐり、勧めらた椅子にその身を預けた。
モックは村人からもらった香草茶を二人分入れると、同じように椅子に腰かけた。
「仕事ってのはなんだい、まだギルド中央会のお偉いさんをやってんのか」
香草茶を口に含むと、独特の苦みと爽やかな香りが口内を楽しませてくれる。
「お偉いさんじゃあ無いですよ。私ってば人が良いから雑用ばっかり押し付けられちゃって……あ、このお茶美味しいですねぇ」
「はん。まあ飛び切り優秀なお前さんなら何でも出来るだろ。そろそろ特級の話も上がっとるんじゃないのか」
「いやぁ、興味ないですね。だって、これ以上忙しくなったら困ります」
それから、お互いの近況をいろいろ話し合った。ギルドの内事情、冒険者の質について、木材の相場の話から、秋の収穫祭のことまで、とりとめのない話だった。
そんな中で、さも思い出したかのようにグィネルが話題を振った。
「ああ、そうそう、ここんところカオカタで仕事しているんですけどね。面白い子を見つけましてねぇ」
「おう、お前さんの目にとまるたぁ、なかなかだな」
「はは、そんなんじゃないですよ。ただね、服の上からでもよくわかる鍛えられた身体、歩き方にも滲む技術の高さ、これまでの努力のほどが見えるんです。でも、その子ってば、人と目を合わせられないみたいなんですよ。あれは戦いのときに難儀するんじゃないかなぁ」
モックは表情になるべく出さないようにしていたが、内心とても驚いた。それを見抜いたかのように、グィネルはイタズラっぽく笑った。
「やっぱり、先生の教え子なんですね。なんとなくそうじゃないかと思ったんです」
「……教え子というか、孫だな。血は繋がって無いが、赤ん坊の頃から育てとる」
「ははぁ。手塩にかけて育てられたんですね」
「はん、そりゃそうじゃ。もう腕前だけなら中級の良いところまで行けるわい。ただな、お前さんの言う通り心がまだ弱い。一人前には程遠いの」
グィネルの笑顔を見ながら、モックは静かに考えていた。出来る事なら、グィネルには知られたくなかった。
別にこの男は危険人物だとかそういうわけではない。むしろ、とても人間が出来ていて、優秀かつ人望も厚い。大都市に行けば知らぬものはいないほどの人気ぶりだと聞く。
ただ、この男のある側面が少し心配なのだ。
それは、“教え魔”だということ。
優秀な子供を見つけると、自分の手元に置いてひたすらに教育をしたがるのだ。
貴賤も過去も種族も問わず、ただその人物の素養を見抜き、自分の正しいと思う道を共に歩ませる。
そうやって選ばれた子供たちは、グィネルの所属する「王立ゲパイア大学校」へと招かれる。グィネルと約十人程度の生徒たちは、彼の本名グィネル・バーグズマンになぞらえた「バーグズマン教室」で互いに研鑽を高めあうのだ。
バーグズマン教室にはギルドでは解決できないとされた様々な無理難題が持ち込まれ、いまだかつて解決されない依頼は無いとの噂である。
ダリオンも十分優秀な部類ではあるが、同時に弱さもある。まだ村の外に送り出すのは早いというのがモックの判断であった。
グィネルもその考えを読み取ったらしく、手を振って否定した。
「先生、ご安心を。彼を連れて行くような真似はしません。強引に連れて行くのは私の信条に反します。でもね」
グィネルはずぃっと身を乗り出した。その顔が、モックに迫る。
「彼は近いうちに、あなたのもとを去りますよ。もしかしたら、明日かもしれませんね?」
「……どうしてわかる?」
「勘、ですかね。でも、外れることは無いかと」
グィネルは乗り出した身を戻す。
「彼のように優秀な人材がいつまでも片隅で収まるわけがない、というのは先生もわかっているでしょう。特に、今は世界がそれを望んでいる。それこそ、神々が運命をいじってでも彼のような人間を表舞台に引きずり出そうとするでしょうね」
「……何が起こっとんだ?」
グィネルの言葉には隠しもしない含みがある。モックも少し予想がつくが、それでも聞かずにはいられなかった。
「あの帝国に動きがあります。同時に、各地のダンジョンで異変があります。それこそ、アポリ―洞窟で起きた様な事件が、ね」
たったそれだけの情報は、モックに理解をさせるには十分であった。思わず、眉根をしかめる。
グィネルは香草茶を飲み干すと、すくっと立ち上がった。
「先生、引き留めては駄目ですよ。彼に選ばせるのです。その選択こそが、彼を一人前にする……そう教えてくださったのは先生でしたね」
モックは何も言わない。ただ、自分の目の前の茶をじぃっと見つめるのみだ。
つかつかと玄関に近づき、扉を開け放ったグィネルは、最後にもう一度だけモックを振り返った。
「先生、お会いできてよかった。お茶美味しかったです。次に来るときは、手紙を出しますね」
グィネルが去った後も、モックは渋い顔で黙ったままだった。




