表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
仮面セイバー  作者: おちぇ。
かくして少年は旅立つ
17/65

嘘つき

あのゴブリンジェネラルを一掃した時、僕は全く気付かなかったが、背後にあの三人がいたらしい。あと少しで命を落とすことになる時に、僕に救われたと言ったところか。


 何はともあれ、冒険者が四人、ギルド関係者が四人そろい、聞き取りが始まった。

最初に自己紹介があり、全員の素性がわかる。あの名も知らぬ男はギルド中央会に所属する上級冒険者で、たまたまこのギルド支所への監査に来ていたらしい。

 支所長が必要以上に緊張していることから、よほどの大物なのだろう。


「えー、では、聞き取りを始めさせてもらおう。最初に、カイゼル君」


「……はい」


「昨日は一日ゆっくり休めたかね。大変な目に遭ってしまった直後に申し訳ないが、早期解決の為に協力をしてほしい。まず、君がダンジョンから出てきたときに言ったという、ゴブリンジェネラル出現の情報は、本当かね」


「……はい、間違いないです。図鑑で見たゴブリンジェネラルそのものでした」


 ギルドの職員たちが、一斉にため息をついた。


「では、次の質問だ。君たちは四人でこのダンジョンに入ったことが確認されている。その経路を教えて欲しい」


 そういうと、迷路のように入り組むダンジョンの内部の地図が卓上に広げられた。これは相当貴重な資料だ、それを惜しげもなく僕らに見せているということが、ギルド側の本気度を示している。

 カイゼルはデフラムに確認を取りながら、経路を指し示していく。僕は地図が読めないので、素直に感心した。

 だが、その指し示す場所が奥になるにつれ、僕の鼓動はどんどん早くなっていく。

 あの時、カイゼルに転ばされ、ゴブリンの波に呑まれた時の、そしてゴブリンの巣で受けた恐怖が蘇ってきたのだ。

 僕の体も心も、決して忘れたわけではなかったのだ。ただ、それより喜ばしいことで上塗りされ、本人も気付かぬうちに隠されていただけの感情が、じわじわと滲み出してきた。


「そして、ここ、この辺りで、モンスターパニックに襲われました」


 僕の鼓動がピークに達した。

 地図上ではとても狭くなって入り組んでいる箇所のように見え、支所長が再びため息をついた。


「こんな奥深くにまでゴブリンが……それに、よくこんなところで襲われて逃げられたものだな」


 カイゼルが何と答えるのか、僕は耳を澄ませていた。

 願わくば自らの罪を告白し、僕に謝罪をしてくれるんじゃないか。

 そんな淡い期待を寄せてしまったのだ。


「はい、必死でした……逃げ遅れたノービスが犠牲になった隙を見て逃げ切りましたが」


 だが、その期待は、再びの裏切りで踏みにじられた。


「嘘だっ!!」


 僕は、その大声が自分から発せられたのだということに最初気付かなかった。一斉に向けられた視線により、顔に血が上り、パニックになってしまう。


「ち、ちがっ、ぼっぼっ、ぼくは、にげお」


「黙れよ! 脚のおせぇお前が勝手にゴブリンに捕まったんだろうが!」


 カイゼルに怒鳴られ、喉の奥がきゅうっと締まる。

 確かに、僕はあの時みんなの足を引っ張っていた。それでも、みんなの見ていないところできちんと役割も果たしていたはずだ。

別にそれでチャラになるとは思っていない。


だが、それで僕が囮にされて殺されそうになったことが有耶無耶になって良いとは、とても思えなかった。


悔しくて、涙が溢れた。涙で濡れた先に、カイゼルの顔がちらっと映る。涙越しに見たカイゼルの顔は、真っ赤に血が上り、だが目にはありありと不安がちらついていた。

それを見て、僕は確信した。

 こいつは、僕を脅し上げて、自分の罪をなかったことにしようとしているのだと。僕が人とうまく話せないことを理解した上で、僕をハメようとしているのだと。


 悔しさと、憎さと、そして話せない事への情けなさがないまぜになった感情が、再び爆発した。


「あ、あ、あやま、あやまれぇ! あやまれよぉ! お、おま、お前のっ、お前のせいでっ、僕は……僕はなぁ! 死にかけたんだぞ!」


「でっ、でたらめ言ってんじゃねぇ! おめぇがどんくせぇから死にかけただけだろ!」


「ちっ、ちがぁ!」


「そこまでだ、いい加減にしたまえ!」


 思わず取っ組み合いになりそうになった僕たちを、支所長が体を張って止めてくる。


「今はこの街の危急の事態の為の時間だ! 君たちの諍いについてはまた別途時間を取らせてもらう!」


 しばらく僕とカイゼルは睨みあったが、再び所長に促され、その場は収まらざるを得なかった。


「ふぅ、先にダリオン君に聞こう。このモンスターパニックに襲われた後、君はどうしたのかね」


 僕はその後のことをかいつまんで話をした。ただ、仮面のことと、ゴブリンキングのことは話さなかった。

 仮面のことは、単純に聖遺物を取り上げられる可能性が嫌だったからだし、ゴブリンキングについてはとても信じてもらえないだろうと判断したからだった。


「そうか、ゴブリンの巣に連れ込まれて、子ゴブリンの訓練相手にね……それで命からがら逃げだしてきたと」


「はい」


「そのまま歩いてダンジョンを出たのかね。入り口近くの広場で何か見なかったかね?」


 正直、初めての“転身”をした後の記憶が少し曖昧だ。だけど、僕があの大量のゴブリンを一掃したことはなんとなく覚えてはいる。

 しかし、僕がやったと正直に言ったところで信じてもらえないだろう。なにしろ、その証拠となる“転身”があれっきり発動しないのだ。

 よしんば、聖遺物の可能性のある仮面で証明が出来たとしても、そんな奇跡のような力を授けてくれる仮面を周囲が放っておかないだろう。この仮面は僕の人生にフッと湧いて来た希望なのだ、手元から無くなっては困る。


「わ、わかりません……」


 嘘も方便、時にずる賢くなれ、というモック爺さんの教えを極力前向きに解釈することにした。


「ふぅむ、そうか……ん?」


 支所長は何かに気付いたように、視線を蒼星の三人に移した。三人の顔は真っ青で、アイリンに至っては震える体を必死に抑え込んでいる。


「ど、どうしたのかね」


 その問いに、カイゼルが絞り出すように言葉を紡ぐ。


「入り口近くの広場……あれは、じ、地獄でした……何十匹ものゴブリンが、ジェネラルに率いられて、冒険者を犯して、食って、切り刻んで……あれは、この世の光景じゃねぇ」


 アイリンが耳を塞いで頭を振る。すでにぼろぼろと泣いていた。


「それで、どうやってそこを切り抜けたんだね? 我々が入った時には、ゴブリンジェネラルどころか、ゴブリンすらいなかった」


「……光の、剣士」


「……なに?」


 唐突なデフラムの呟きに、支所長がぽかんとする。

 デフラムはぼそぼそと語りだす。


「信じて、貰えるか分からないですけど、俺たちは不思議な剣士に助けられたんです」


「なに、まだ生存者がいるのか?」


「あれは……あれは冒険者なんでしょうか。光り輝く鎧を身に纏って、ただその場にいるだけでゴブリンどもを消し去って……そして、剣の一振りでゴブリンジェネラルを斬り飛ばした」


「馬鹿な、ゴブリンジェネラルを一薙ぎで殺すだと?! どんな上級冒険者だ!」


「信じられないのはこっちですよ! なんなんですかあれは! 俺たちだって知りたい!」


 デフラムは顔を覆う。


「あれは、神が遣わした戦士だ。そうに違いねぇ……でなけりゃ、バケモンだ」


 しばらくの沈黙が続いた。皆、この情報をどうやって呑み込めばいいのか分からないのだ。

 やがて、支所長が口を開いた。


「で、では、纏めよう。ゴブリンジェネラルに率いられたゴブリンたちがダンジョンを占拠、入り口に集結し今まさに外へと進撃しようというときに、謎の光の剣士がこれを殲滅。光の剣士の詳細は分からない、ということか。グィネル殿、この剣士に心当たりはありますかな?」


 グィネルと呼ばれた上級冒険者はただ首を横に振る。


「上級冒険者もピンキリですが、そんな腕前の剣士がいれば国中の噂になっていてもおかしくはないですなぁ。それこそ本当に、神様が遣わした奇跡かもしれませんぞ?」


 支所長はその軽口にむすっとして黙る。どうやってそんなものを報告書に書けと言うのか、という不満がにじみ出ている。


「何か、その剣士に特徴はあるかね?」


「いえ、光を纏っていたことくらいしか……あとは、頭をすっぽりと覆う兜を被っていたように思います」


「兜、それもフルフェイスか。それを元に剣士の特定をするしかあるまいか」


 支所長は勢いよくペンを走らせ終ると、聞き取り会の閉幕を宣言した。


「もう一度、洞窟内の調査が必要だな。ゴブリンの残党が残っているかどうか調べねばならん。だが、一先ず聞き取りは以上だ。皆の協力に感謝する! また後日詳細を聞くこともあるだろうが、引き続きの協力に期待する。では解散!」


 えっ、と僕は思ってしまった。

 まだ僕の用事は終わっていない。むしろ、僕にとってはそちらの方が重要だ。

 カイゼルに、謝罪をしてもらわなければ、僕の気持ちが収まらない。

 だけれども、僕の喉はヒキガエルのように小さい音を出すだけで、声が出てこなかった。先ほどの感情の爆発の反動だろうか。

 まずい、みんな言ってしまう。このままじゃ、曖昧なままに終わらされてしまう。


 焦る僕に、一人の救世主が現れた。


「いやいや、支所長殿。もう一つ重要な案件があるでしょう。ねえ、ダリオン君?」


 その救世主は、似合わないウィンクを僕に投げて来た。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ