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仮面セイバー  作者: おちぇ。
かくして少年は旅立つ
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村の神殿

 一晩経ったというのにずきずきと痛む頭をさすりながら、僕は山道を下っていた。

 これは仕事場への道ではない。ダカオ村の中心地へと向かう道だ。

 モック爺さんと僕の住む家は、ダカオ村から少し離れた小高い山の上にある。とはいっても、歩けば半時くらいで辿り着く。


 あの後、散々説教を食らった僕は、モック爺さんに言われて冒険者ギルドの支所へ向かっている。冒険者ギルドはダカオ村にあるわけではなく、村からさらに一時ほど離れたカオカタという街の中にある。

 僕が冒険者として活動するのは週に二日から三日ほど。山仕事の合間をぬって、朝早くに家を出て夜遅くに帰るのがここ一か月の流れだ。

 依頼受注やパーティ探し以外で冒険者ギルドに向かうのは、冒険者に登録した時以来か。


 ほどなくしてダカオ村に付いた。このままギルドへ向かう前に、村の中での用事を先に済ませることにした。

 中心部を通って、神殿へと向かう。

 その道すがら、何人かの顔見知りが挨拶をしてくれた。相変わらず、顔を見ることは出来ないのだけど。


「おう、ダリー、おはようさん」


「あ、お、おは、おはようごじゃ、ます」


 こうやって、噛んでしまうことも日常茶飯事なので、もはや村人もそれを受け入れている。

 話しかけてきてくれたのは、木工職人の男だった。僕たちのお得意様でもある。


「一昨日、えっらい遅くに帰ってきてたじゃねぇか、どうしたんだい」


「い、い、いや、その、ダンジョン、行ってて」


「ダンジョン? っていうと、アポリー洞窟かい? あそこ、なんかすげぇ騒ぎがあったみたいじゃねぇか。冒険者がたーっくさん死んじまったって、街中大騒ぎさ。お前さん、なんもなかったんかい?」


「あ、い、いや、その、だ、だいじょう」


「ははは、そうか、大丈夫じゃなかったら、お前さん幽霊ってことになっちまうわな」


 そう言って笑う男と別れて、神殿へと再び向かう。

 そうか、やっぱりあのゴブリンが大量発生したモンスターパニックで犠牲になった冒険者がたくさんいたのだ。

 一歩間違えれば僕もその名簿の一つになっていたところだ。

 そう思うと、何となく忘れていた怒りやもやもやが湧き上がってきた。あのカイゼルってやつ、次に会ったら絶対謝らせてやる。いや、生きてればの話だけれど、僕を囮にしたんだから、生きててくれなきゃ困る。


 ぶつぶつと呪詛を呟いていると、やがて神殿に辿り着いた。

 とはいえ、こんな小さな村に立派なものがあるわけでもなく、他より少し大きめの木造建屋に神様の印が掲げられているだけだ。

 戸口に掛けられた木札を叩き、中に入る。


 神殿の中は二十人程度がお祈りを出来るくらいの空間があり、その先に祭壇がある。祭壇には神様を祀る木造のご神体が置かれていた。この村では山と森の神であるドロネギル様をお祀りしている。


 僕の入室に合わせて、右手側の住居スペースに繋がる扉が開かれ、中から綺麗な神官服に身を包む細身の老婆が現れる。


「あら、ダリオン、おはよう。朝からお祈りかしら、感心ね」


 カーネリーはこの村唯一の神官である。昔からとても綺麗な人だと近隣の村や街でも有名で、事実老婆とは思えぬ肌つやがある。

 だが、その厳格さは子供たちの中では恐れられていた。というのも、あんまりにも悪さをする子供をカーネリーのもとに預けると、しばらくして良い子になって帰ってくるということが続いたのだ。そのため、どの問題児の親もカーネリーのもとへ子供を預けたがった。

カーネリーの恐ろしさを知った子供たちの間では、喧嘩が始まると「調子に乗ってると親に告げ口してカーネリー送りにするぞ」という脅し文句が流行ったという。

かく言う僕も、少しだけ苦手としている。


「お、お、おひゃ、おはようございます、カーネリー、さん」


 カーネリーは二コリと唇だけ笑うと、祭壇の正面に立ち、跪いてお祈りを始めた。

 僕も慌ててそれに続く。

 日々の糧を得られることへの感謝。

 明日も変わらぬ日々をもたらして出さるように願い。

 そして何より、ここ数日僕の身に降りかかった奇跡へのお礼。


 これらをたっぷりと時間をかけてお祈りした。

 カーネリーの立ち上がった気配に続いて、僕も立ち上がる。


「ずいぶんと久しぶりですね。冒険者をしていると忙しいのかしら?」


「え、あ、ええ、まあ」


「そうなのでしょうね、あの子も、ちっとも便りを寄こさないし」


 そういうカーネリーの顔に、少しさびしさが浮かんだ。

 あの子、というのは、リスファルのことだろう。リスファルは僕より一つ年上で、去年すでに冒険者として村を旅立っている。今はどこにいるのかわからない。

 リスファルも僕も、両親がいない。代わりに、祖父や祖母が育ての親だ。とはいえ、僕の場合は血のつながりが無いが、リスファルは実の祖母が育てたという点に違いがある。

 そりゃぁ、たった一人の孫が危険な職業について便りもないんじゃあ、心配にもなるだろう。


「あなたも、無理はしてはいけませんよ。モックの奴がどれだけあなたを心配しているか、知らないでしょうけれど」


 モック爺さんが僕のことを心配している?

 それはなんだか少し意外だった。だって、心配しているなら、あんな危険な仕事のさせ方をしないだろうに。


「ふふ、信じられないって? 顔に出ていますよ。相変わらず目を合わせるのが苦手なのね」


「す、す、すいま、せん」


 カーネリーは広場に置かれた椅子に座ると、僕にも座るように促した。


「久しぶりに、この年寄りのお相手をして? 少しくらい話す時間はあるでしょう」


 僕は無言のまま椅子に座った。

 人と話すのは苦手だ。僕はどうにも言いたいことが伝えられないし、僕が話すと会話のタイミングがずれる。

 だが、そのことを知っている人が僕に話しかける時は、大概聞いてほしいことがあるからだ。だから、そういう時に僕は黙って人の話を聞くようにしている。


 リスファルがいなくなってからここ一年くらい、僕はこうやってカーネリーの話を聞くことがある。

カーネリーはこう見えて、寂しがり屋だ。でも、神官として他人にそういう姿を見せられず、いつも気丈にふるまっている。

だからこそ、他人より弱い僕だけにそういう弱いところを見せているのかもしれない。

その日は、リスファルについての愚痴だった。

便りが無いこと。

噂を聞いて生きていることはわかっていること。

とても危険な依頼を受けているらしいこと。

本当は帰ってきて欲しいこと。


「……駄目ね、自分の孫の望んだことだっていうのに、心から応援がしてあげられないの。こんなだから、あの子も私に連絡も寄こさないのだわ」


 いや、そんなことは無い。

 昔からの付き合いで、リスファルのことはよく知っている。そして、彼女がそんなことで家族の縁を蔑ろにするような者でもないことを、知っている。


 だけれども、それを伝える手段が無い。今の僕の言葉で、上手く伝えられる気がしない。

 ああ、もう少しだけ、上手に話せたなら。


 ――いや、話せるじゃないか。

 そうだ、今の僕には仮面がある。


 僕は急いで、担いでいた仮面を袋から取り出した。カーネリーがその仮面を見てギョッとした顔をする。


「ダリオン? 一体何をして」


「あ、あ、あの、見てて」


 仮面を被る。

 あれから何度試しても、相変わらず不思議な力は発現しなかった。だが、僕の症状を抑える方はまだ試していない。

 視界に困惑したカーネリーの顔がうつる。こうやって、まじまじと顔を見たことは無かったが、確かに老婆にしては美しい顔だと思った。


「カーネリーさん、安心してください、リスファルはそんな子じゃないっていうのは、あなたがよくわかっているはずです」


「あ、あなた、普通に喋れるの?!」


「この仮面のおかげなんです。って、今はそうじゃなくて。リスファルは、きっと何か成し遂げたいことがあるんじゃないでしょうか。あの子は昔から一つ目標を決めると、それに向かって邁進する子でした。冒険者になるときだってそうです。だから、今はきっと一つの何かに打ち込みたいだけなんです」


 カーネリーは何も言わない。


「きっと、大きな事を成し遂げて、大人になった自分をあなたに認めてほしいから、今はあえて距離を置いているんだと思います。あなたと繋がると、きっと寂しくなって気持ちがぶれるから。あの子も、あなたによく似て寂しがり屋ですよ」


 さみしがり屋、と言われてカーネリーは少し赤面した。

 そして、目を閉じてダリオンの言葉を噛みしめるように祈ると、ダリオンに感謝した。


「ええ、そうね、その通りよ。あの子を信じてあげられるのは私だけだものね」


「僕だって信じてますよ」


「ふふ、そう、そうだったわ。ごめんなさい」


 ひとしきり笑いあうと、話題が仮面の話へと移った。


「それ、不思議なものね。何か神聖なものすら感じるわ」


「そうなんですか?! 実は、うちのじいちゃんが聖遺物じゃないかって言いだして、実は今日来たのもそれをカーネリーさんに見てもらおうと思ったんです」


 そういうと、僕は仮面を脱いでカーネリーに渡した。

 カーネリーは懐から眼鏡を取り出して、細部にいたるまで仮面を凝視した。


「ど、ど、どう、です?」


 仮面を脱いだことでまたも恥ずかしがりの症状が出てしまった僕は、どもりながらも訪ねる。


「そう、そうね、おそらくだけど、聖遺物アーティファクトで間違いないと思います」


「ほ、ほひょ、本当!」


「でも、何の聖遺物かまでは分からないわ。ここに、文字が書いてあるのが見えるかしら」


 カーネリーの指さす場所をよく見ると、眉間の部分に確かに文字らしきものが彫り込まれている。


「古代聖文字だわ。多分、“神”とか“兵”とかそういう意味だと思うのだけれど、ごめんなさいね、あまり詳しくないの」


「と、と、とんでも、ないです」


「他の個所にもたくさん文字や紋章が彫り込まれているわ。こういうのはきっと大都市にいる学者さんやなんかならわかると思う」


「じゅ、じゅぶ、充分です! ありがとござます!」


 聖遺物、そう分かっただけでも儲けものだ。

 僕はカーネリーに深く感謝した。


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