爺ちゃんと孫
僕が目を覚ますと、目に映ったのは見慣れた天井だった。
日差しが入り込んでいるから、夜ではない。
家だ。自分の部屋だ。でも、なんで?
見慣れているはずなのに、最初なぜ自分がここにいるのか理解できなかった。
野良パーティを組んだ人たちとアポリー迷宮に入って、ゴブリンの大群に襲われて、裏切られて、子供ゴブリンの訓練相手兼エサにされて、それで――
途中から記憶があいまいだ。どうやって家まで帰ってきたのかも覚えていない。
がばっと毛布を吹き飛ばして、跳び起きた。部屋の中をぐるりと見渡して、目的のものを探す。
それは、すぐに見つかった。
昔からいつも宝物を置く出窓のところに、その“仮面”は収まっていた。
「ゆ、夢じゃなかったんだ……」
実は夢なんじゃないか、起きたらいつものベッドの上で、またいつもの日常が待っているんじゃないか、洞窟の道中でそんなことを考えていた記憶もある。
出窓に近づき、仮面を取り上げる。
真っ黒な仮面は相変わらず傷一つない。
ここに仮面はある。理想の僕になれる仮面は確かにあるのだ。
夢なんかじゃ、ないんだ。
「い…………」
僕は仮面を思いきり抱き締めた。
「いやったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
喜びが爆発した。
小躍りをしながら、部屋の中を駆け回る。
「いやった! すごいぞ、僕はすごいものを手に入れた! やった、やったぞぉぉぉぉ!!!!」
そうやって、どたばたと暴れまわる僕にむかって階下から大声が飛んできた。
「こらぁ、ダリオン! なーにをあそんどんじゃぁ! 起きたんならさっさと降りてこんかぁ!」
「いけね。はぁーい! いまいくー!!」
階下に向かって返事をしたとき、僕は喜びのあまりいたずら心に火が付いた。
この仮面の力を見せたら、きっと驚くぞ。
仮面を持ったまま二階の住居から階段を駆け下りる。一階の仕事場には、僕に背を向けた老人が一人、床に座り込み木材をナイフで加工しているところだった。
「おはよう、モックじいちゃん」
「おはよう、ダリオン。お前、丸一日帰ってこんと思ったら、昨日真夜中に帰ってきよったな。どこいっとったかしらんが、冒険者になってから不良になっちまったのぅ」
こちらを振り返らず、木のゆがみに目を凝らしながら、モックと呼ばれるその老人はあきれた声を上げた。
「ち、違うよ、ちょっとダンジョン探索でトラブルがあって……それよりも見て欲しいものがあるんだ。ね、こっち向いて!」
僕は手で持っていた黒い仮面をおもむろに被った。
モック爺さんがこちらを振り向くのに合わせて、叫ぶ。
「転身!!」
そうすると、まばゆい光が体を――包まない。
微妙な沈黙が部屋を満たす。
「あ、あれ? 転身! てーん、しん! てぇぇぇんしぃぃぃぃん!」
何度も叫んでみる。ポーズもきめてみる。力を溜めてから叫んでみる。
だが、何も起きない。
モック爺さんが、さらに呆れた様子で溜息を吐いた。
「やれやれ、不良になったと思ったら、いい年こいて仮面遊びか」
「ちがーう! ほんとにすごいことが起きるはずなんだって!」
「はぁ、わかったわかった……ん?」
一度向こうを振り向きかけたモック爺さんが、慌てたようにこちらを二度見をしてきた。
「お、おまえ、その仮面……ちょっと見せてみろ」
仮面に興味を持ってくれたことがうれしくて、手渡してから昨日会ったことを怒涛のように話し始める。
でも、モック爺さんは時折相槌は打つものの、仮面をじぃっと凝視したまま上の空だ。
「でね、その時洞窟の奥からゴブリンの群れが……って、聞いてる?」
「……ん、ああ、悪い悪い。それでお前、これをどこで手に入れた?」
「え、どこって、アポリー洞窟のゴブリンの巣の中だけど」
「そうか……ゴブリンの巣に……」
そういってまた仮面を凝視したまま黙り込んでしまう。どうにもさっきから様子がおかしい
「ねえ、その仮面のこと、何か知ってるの?」
「ん? いや、どうだろうな、昔見たものに似ている気はするが……まあそれは良い。それよりお前、今日の仕事も日課もまだだろう。もう昼だ、早くやっちまわないと日が暮れるぞ」
驚いて窓から外を見ると、もうすっかり高く上がった太陽が輝いている。
モック爺さんと、今回のダンジョン探索から帰ってきたらやると約束した、やらなければいけないことがたくさんあるのを思い出す。
「やばい、行かなきゃ!」
そういうと、慌てて服を脱ぎ捨てて作業着に着替えて、道具の入った袋を担いで靴を履く。玄関の扉を開いたところで、ふと大事なことを思い出した。
「じいちゃん、その仮面捨てちゃだめだからね! 絶対だよ!」
「ああ、わかったわかった。気を付けていってこい」
「いってきまーす!」
そういうと、僕は家を飛び出した。
〇 ● 〇 ● 〇 ●
一人、家の中に残されたモックは、再び手の中の仮面に視線を落とす。
それはかつて自分が冒険者だったころに、よく見た兜と全く同じものだった。
これを着けていたものは、この村を襲うモンスターの大群を食い止めるために命を落とした。遺留品を探してこの辺りを方々さ迷ったが、ついぞ見つからなかったものだ。
どこぞのダンジョンの最奥で見つけた逸品だと、豪快に笑って自慢をしてきた男の顔が目に浮かぶ。
「奇妙な縁があったもんだの。まさか、ダリオンがこれを見つけるとは」
いつか、いつか前の持ち主の話をしてやらねばなるまい。
今は未熟だが、いずれ一人前になったときにだ。
モックは、自分の孫のように可愛い教え子を思い、少しだけ微笑んだ。




