初めてのパーティ
平成の作品、平成の内に。拙作ですが、どうかよろしくお願いします。
僕は生まれてこの方、極度の恥ずかしがり屋である。
それは自他ともに認めるところだ。
まともに顔を合わせられるのは、育ての親であるモック爺さんと、幼馴染のリスファルだけ。
他の人間相手だと、目も合わせられず、話もろくにできないので、昔から友達はいない。リスファルはもう家族のようなものだから、友人とはちょっと違う。
そんな僕だが、人並みに夢があった。
それは、冒険者になること。
冒険者とは、この世に溢れる未知を探求すべく命と誇りを掛けて冒険をする者たちのことだ。
魔物が蔓延り財宝の眠るダンジョン、誰も到達したことのない未開の地、古代文明の残した途方もない遺産、一口食べただけで昇天する神の食材――
冒険者によってもたらされた“秘”と“益”に、人々は多くの名声と称賛を送った。
モック爺さんはよく昔話を聞かせてくれたが、その中でもとびっきり大好きだったのは「冒険者ゼルバインの英雄譚」である。
その剣の閃きは闇を裂き、危険を顧みない勇敢さ、誰でも助ける慈悲深さ、まさしく僕にとって理想の英雄であった。
それに、顔も知らない両親も冒険者であった、らしい。
このことは、モック爺さんは何も教えてくれない。街の人が噂話をしていたのを偶然聞いただけだ。
そこそこに腕の立ち名の知れた冒険者夫婦であったが、突然村に現れた強力なモンスターと相打ちになり、命を落としたと。
村の為に命を投げ出してまで戦った両親もまた、僕の誇りであり、僕の目標でもあった。
そんな僕も今年でもう16歳。すっかり大人の仲間入りだ。
一足先に冒険者となった幼馴染のリスファルを追うように、冒険者となったのはつい一か月ほど前。
苦労はあったものの、何とか冒険者ギルドへの登録も完了し、さあ冒険者デビューと相成ったとき、早速壁に直面した。
そう、生来の「恥ずかしがり屋」が大きな壁となったのである。
そもそもギルドへの登録の際も、受付嬢や試験官と目を合わせられず、まともに会話も出来ず、訝し気な目を向けられた。戦闘試験では試験官と戦うことになるのだが、目を合わせられないので攻撃がよけれない、当たらない。
モック爺さんと訓練していた時には分からなかった弊害があったのだ。それでも何とか剣の腕を認めてもらって最低ランクの下級冒険者として登録はしてもらった。
しかし壁は続く。臨時パーティを組もうと思っても、今度は誰にも話しかけることが出来ない。運よく話しかけられたとしても会話が続かずみんな離れて行ってしまう。
いっつも顔を真っ赤にして俯いているものだから「初夜の生娘」なんていう不名誉な渾名を付けられて、それでまた恥ずかしさから顔を赤くして俯くばかり。
いや、そこまでは言い。パーティが組めないのならソロで頑張ればいいのだ。
初心者冒険者が向かう近所の森へ入っては、動物を狩ったり薬草採取したりで小銭を稼いでいた。
その森は、極まれにだが近くのダンジョンから出てきてしまった低級のゴブリンが沸き、ダンジョンに初挑戦する前の冒険者が腕試しをする場でもあった。
一匹程度のゴブリンは弱い。僕は勝てる自信があった。
—―何の試練か、そこに最大の悲劇があった。
モンスターとも、目を合わせられなかったのだ。
奇声を上げて襲い来るゴブリンと目を合わせた瞬間、他の獣には感じなかった顔のほてり、動悸、呼吸の乱れ、そして手の震えが一挙に押し寄せた。
(ああ、ああ、そんな、そんな馬鹿なことがあるものか)
無我夢中で剣を振り回した。自分の中の恥ずかしいという感情が消えるように、必死に足掻いた。ゴブリンがいくつもの細切れになっていたが、結局目を合わせることが出来なかったという事実は消えず、僕はとぼとぼと帰路についたのだった。
モンスターとすら、まともに戦えない。
その事実を僕は受け止めきれずにいた。きっと場数が足りないのだ、経験不足だ、慣れればモンスターどころか他人とも普通に話せるようになるはずだ。
そう考えた僕は時間があれば気力を振り絞って野良パーティに応募したが、誰も「初夜の生娘」を拾ってくれるモノ好きなどおらず、ソロ活動を続ける毎日だった。
ところが、一か月ほどたったころ、転機が訪れた。
たまたまその日は野良パーティを探す冒険者が少なく、僕はぽつんとギルド支所の片隅で誰かが来るのを待っていた。しかし、誰も来ないので諦めて今日もソロをするかと立ち上がりかけたその時だ。
扉を勢いよく開けて、三人の冒険者がやってきた。ほとんど毎日パーティ募集卓にいる僕だが、その三人の顔は全く見覚えが無かった。
三人はつかつかと受付に向かう。
「野良を一人探している。近接職が良いんだが、誰かいるか」
「あいにく今日は人がいなくて」
受付嬢は、たった一人いる僕を見もせずに、申し訳なさそうに断る。ああ、連日断られる僕を見て、もはや紹介すらしなくなったか。
リーダーと思しき男が僕の方をちらりと見た。慌てて視線を外す。
「あそこに剣士みたいなのがいるみてぇだが?」
「あ、いやー、あの子は、そのぅ」
気まずそうにもごもごとする受付嬢は、バツの悪そうな顔でカウンターの下から一枚の紙を取り出す。あれは僕の情報が書かれた紹介用紙だ。その内容を見て気に入れば声をかけ、成立すればパーティとなる。
「なんだ、成り立てか。」
リーダー格の男は鼻を鳴らす。
三人は何かを相談し始めた。
「なに、あんなノービス連れてくの? マジ?」
「しょうがねぇだろ、ダーナーが怪我してお前の直衛がいねぇんだから」
「だからって、あんな陰気くさくて鈍くさそうなの、私嫌よ」
「そういうなって、いないよりはマシだろ、きっと」
話し合いは終わったらしい。そのままリーダー格の男が僕の方に無造作に近づいてきた。緊張で体が強張る。
「おい」
「は、ははは、はい」
チャンスであるはずなのに、知らない人に話しかけられた恥ずかしさの方が上回っていた。
「アポリー洞窟に潜りたいんだが、後衛の守りが欲しい。お前、やれるか」
「ひゃ、は、はい、あの、がんばります」
初めて他の冒険者とパーティを組んでのダンジョン探索が決定した。