奥編 moglie 29:お茶会 L'ora del tè
「今日は休みにしよう」
サヤが言う。
同居している部屋のリビングでの朝食が終わる所だ。
「ボクは賛成。最近バタバタしていたからたまには休みたいね」
「俺もそうだな。ゲーム開始してから突っ走って来たからな。落ち着くことも必要だな」
「ボクの場合、身体というより精神的に疲労が来てるみたい」
「引き籠っているよりはいいだろう。一応、他人との会話してるしな」
「ボクたちと違って、ゲームではお喋り中心って人も居る」
「今日は、みんなの状況報告を兼ねて、お喋りと行くか」
「それじゃ、お茶を淹れますね」
サヤ、ゲッツ、コーリとボク――のんびりお茶会を始める。
「旨い茶だ。現実より美味しいと感じるのは、どういう訳だ」
「ゲッツもだんだんゲームに毒されて来たね」
「そういうな。俺は何でも真面目に取り組んで来たつもりだが、ゲームは真面目過ぎてもいかんな」
「ゲッツの言う通りかもしれんな。元々、遊ぶことを目的とするものだし、異なる世界で違う自分を試すのが面白いのだから、没頭し過ぎるのは社会生活にとっても問題だ」
「まぁ、こっちが本体みたいな人も居るしねぇ」
「そこは大丈夫だろう。このゲームは、あちこちに企業CMがあるからな、俺など、嫌でも現実に引き戻されているぞ」
「気にしなければいいんですよ。あたしなんかマイ・ペースでしかやりませんから」
乾燥果実の甘味を楽しみながら紅茶を飲む。
「それじゃ、現状報告と行こうか。愚痴でも構わんが」
「それでは、俺から行こう。槍のスキル獲得自体は順調だ。元々、スキル自体が少ないからな。槍を投げつけるスキルがあるのだが、いちいち拾う必要がある。自動で戻って来るスキルを身に着けないと実戦では使えそうもない。しばらくは封印だな」
「へぇ、投槍ってあるんですかぁ?」
「物事を放り出す。だったりして」
「おぃアルフィ、投遣りはいかん。俺はそんなことはしないぞ」
「ははは、ゲッツは最善を尽くすが身上だからな」
「水属性の盾の件だが、この町には売ってないようだ。次の街にはあるそうだが――いずれにしろ、例の依頼には間に合わないだろう。それで、武器に水属性を付ける魔法があったな。それの習得を急いで欲しい」
「水纏いですね。習得急ぎます。盾にも属性付けられると思うので、そちらも確認しますぅ」
「コーリ、よろしく頼む。さて次はアルフィか?」
「じゃ、ボクから」
そうちょっと悩んでる
「特別なことはないんだけど――最近、どうも迷いがあるというか、自分のスキルについて限界感じてる」
「ほぅ、俺はアルフィは器用で何でもできるという印象だが」
「それなんだよね。少し手を拡げ過ぎたというか、何が専門なのか分からなくなって来ている。ゲッツは槍、サヤは弓、コーリは魔法中心でしょ。自分がどのタイプのスキルを伸ばして行こうか考えがまとまらないんだよね」
「確かにアルフィは器用だからな。武器もダガーとスリング・ショットを持ち替えて、近接も遠距離も可能、その上魔法もまぁまぁ、薬剤投げも出来る。器用貧乏かもしれないな」
「それなら、アルフィは何でシーフを選んだんですか? 原点に戻ったらどうでしょう」
コーリの言葉は確かに心に響く。
「そうかぁ、シーフのスキルって多くないと思っていたけど、プレイヤー・スキルはすごく必要だよね。罠も罠外しも偵察なんかも魔法のスキルとは別モノだよね。シーフをやりながら魔法スキルを伸ばせばいいのか。コーリありがとう」
「いえいえ、次はわたしですね」
「そういえば、コーリの話をゆっくり聞いたことがなかったな。ゲームを始めた理由などを聞かせて貰えればありがたい」
「えっとですね。まだみなさんには話してなかったですけど、あたしって、一回退場してます」
「えぇっ!」
みんな吃驚だ。
「あたしがこのゲームを始めたとき、最初は “朝焼けの村„ でした。そこは割合簡単にクリアして、次の町 “夢を求める町„ でしたね。油断していたのか慢心していたのか、あっさりやられてしまいました」
「少し慣れた時が危ないという典型的な例だな」
「はぃ、凄くショックだったですけど、何だか悔しくて再挑戦しました」
「キャラクタ・クリエイトで前のキャラとは変わった?」
「いえ、あまり変わりませんでした。このシステムの分析能力は凄いと思います。それで、今度はミスしないようにチュートリアルから確りやりました。やっぱり一度経験していると早いですね」
「二度目の人生は経験が生きるということだな。俺には身に染みる」
ゲッツは現実で何かあったらしい。
「この町に来て、失敗しないようにと、色々考えていたら、サヤさんに誘われました。とても嬉しかったです。その後はみなさんと一緒に行動していたら、凄いペースで強くなった気がします。とても楽しいので、これからも一緒に行きたいと思います」
「なるほど、わたしから見ても、コーリは十分実力を付けてると思う。これからは一緒に強くなろう」
「はぃ、よろしくお願いします」
「それでは私からだ。“火の山の魔女„ は普通の依頼ではないようだ。掲示されることはないらしい。何かのきっかけというかフラグがあるのかもしれない。とりあえずは実力を蓄えるしかないだろう」
「なるほどな。俺たちが力を付ければ向こうから声がかかると思った方が良いのか。実力を付けることを優先しよう」
「弓の水属性については、水属性の矢というのがある。これをたくさん仕入れるようにしている。水属性の弓というのは存在するらしいが、この町では売っていないようだ。この辺はゲッツと同じだな」
…………
みんなとのお喋りは続く。
情報は思った以上に重要だ。こういう場も大いに必要と思う。戦うだけがゲームじゃない。
やり直しのきかない依頼だ。慎重を期さなければ。
さて、次は何が起きるだろうか、見通しの付かない未来は現実と同じだ。
次回 「奥編 30:杏の里(その1)Villaggio di albicocca:primo」