旦那編 marito 17:竪琴の響き Suono di arpa
元の所に戻ったと思ったら、ジョルジョくんが居た。
「わたしの居なかった時間ってどれくらい?」
「小半刻もありません」
「そっかぁ」
ゆっくり待っててくれたらしい。座るに手頃な石が傍にあったからかもしれないけど
“マスター・スライム討伐„ の時とはだいぶ違っていた。
インスタンスってこんなものなのか? もっと単純だと思っていたけど、色々なパターンがあるようだ。
「おぉ、略綬が増えておりますな」
言われて左の胸を見ると、確かに略綬が増えている。
草色の諧調となった縞模様、中央に蛇と鼓のシルエット
「珍しい略綬ですな。フュルベール師匠やルノー殿も多数の略綬持ちですが、見たことがありません」
「なんだかレアを引いたみたいだな」
次はもう少し楽しいインスタンスならいいな。
季節が変わったせいか、乾月の頃より肌寒く感じる。
町から少し離れた砂漠の中の丘陵、ここには割合まとまった緑がある。
タマリンドみたいな木が茶色の実を付けている。
タイムみたいなハーブ、クミンみたいな小さな種を集める。両方とも良い香がする
本物を参考にしているのか色々な植物がある。
「ね、ジョルジュ。人がいないんだけど、こんな依頼あまりやらないのかな?」
ポロロン♪
「こういう収集クエストは、他のクエストと一緒にやるか、何かのついでに収集していく。くらいでしょうか」
「まだ時間もあるし、天気も良いし、お茶にしようか?」
手早く竃を造って、お湯を沸かし、茶葉を入れる。
「器用なものですな。最前線の冒険者たちは、こういうことを常にやっているわけですな」
出来立てのお茶を渡しながら応える。
「うん、フレにこういうことが得意な人が居て、教えて貰った」
久しぶりに時がゆっくり流れるような気がする。
「ことね殿は、何故このクエストを?」
「何だかね。このゲーム始めてからずっとハイテンションで来てたから、少し落ち着いて出来ることをひとつひとつやってみようかな? と」
ポロロン♪
「良いですな。叙事詩“ミリィとミル„ は一大長編でしかも時系列になっているのですが、ミリィは最初の頃、何をしていいか分からず一日中座っていた。また、収集依頼でモンスターに出会って泣いて逃げ出した。などという話があります」
「何だか面白いね」
「こういう地味な部分はほとんど謡われることがないのですが、勇者にも弱々しい時期があったと、とても感じ入ったことがあります」
「実話なのかな?」
「脚色はあると思いますが、根幹部分は実話だと思います。英雄の業績を称賛するのでしたら、華々しい戦いを謡えば良いのです。英雄は最初から英雄ではなく英雄に成って行く。それが真実なのでしょう。この叙事詩はそのことを語っています」
「ね、聞いていい?」
「何なりと」
「ジョルジュは何で吟遊詩人を選んだの?」
「これは……少々現実に関係します」
「あ、無理して言わなくてもいいのに」
「いえいえ、大丈夫です。小拙、現実ではビオラ弾きなのです」
「え、プロの音楽家?」
「まぁそんなに大袈裟なものではありません。ビオラというのは擦弦楽器といって、弓で弦を擦って音を出すものです。一方竪琴は撥弦楽器といって、弦を弾いて音を出します。違う系統の楽器を試してみたくなったのです」
「現実は聞かないようにしますね」
「お互いそれがマナーですな」
楽しいお喋りもゲームの一部だよね。
「吟遊詩人って竪琴を使うのが普通なの?」
「吟遊ですので、携帯しやすいものが良いのです。リウトという日本の琵琶に似た楽器もあるのですが、あまり使われていないようです。一人ですと謡わなければならないので管楽器は使いませんね」
楽器の世界も奥が深いなぁ
「現実での竪琴を言い出すと、非常に複雑で歴史も古いものです。最初は弓弦を弾いたのではないかと言われるほどです。管楽器の原型が葦笛と言われるのと同じレベルです」
「“竪琴„ ってライアーとかリラとか言われるんじゃない?」
「語源を言い出すと、また難しくなりますが、古代ギリシアではルゥラ(λύρα)といいます。しかし、この世界ではリラがお金の単位なので、混同しないように竪琴と呼ぶのだと思います」
「いや、面白い話を有難うございます」
「いえいえ、茶菓子代わりになればと思います」ポロロン♪
「ジョルジュは冒険とかしないの?」
「吟遊詩人の歌は強力な支援バフが掛かります。機会があれば最前線を厭うことはありません。しかし叙事詩を謡うときが一番楽しいとは思います」ポロロン♪
「ジョルジュ、竪琴をゆっくり聞かせてくれない?」
「冒険者に請われるのは、吟遊詩人の誉。喜んで」
町を遠くに眺めながら竪琴の旋律を聞く。
自分一人のためだけの演奏会、こんな贅沢なことはない。
次回 「旦那編 18:復活!生命の腕輪 Risurrezione di braccialetto」